第39話 わたくしを舐めていると痛い目を見るわよ(義母視点)
「奥様……もう間もなく競売が始まってしまいますが、本当によろしいのですか?」
恨みがましそうな目でこちらを見る家令のギルバートを、レイラはうっとうしそうに振り返った。
「ええい、もう何度もいいと言っているでしょう! 私が決めたことなのよ!」
今日は、ルセル家での特別競売が行われる日だ。
会場となるルセル家には既にたくさんの招待客が集まり、いつになく剣呑な雰囲気になっている。皆ルセル商会の権利書を手に入れようと、鋭く眼をぎらつかせていた。
アリエルが、どこか怯えた様子でそっと歩み寄ってくる。
「ね、ねぇお母様。なんだか今日の人たち、みんな顔が怖いわ……」
アリエルが言っているのは、今日の招待客たちのこと。
競売を前にした商人たちはみんなピリピリしているだろうが、それにしたってどこか雰囲気が物々しい。
レイラがうんざりしたように言う。
「しょうがないじゃない。あの娘と繋がりのある人はみんな断っちゃったから、ちょっと怪しくても入れないと人数が揃わなかったのよ」
「ねぇ、別にお姉様とつながりがある人でもよかったんじゃない? その方がもっとたくさんお金を出してくれそうなんでしょう?」
「あーもう、うるさいわね。大人の決めたことに、子どもは口出ししないでちょうだい!」
言いすがるアリエルに、レイラはわずらわしそうに返事した。それでいながら、抜け目なく招待客を検分するのも忘れない。
いかにも悪徳商人といった風貌の目つきの悪い商人に、どう見ても裏社会の住人であるごろつきまがいの男。――それから、ある人物に気付いてぱっと目を輝かせる。
「ふふっ。見なさいアリエル。私だって、招待客はちゃんと選んでいたのよ?」
レイラが指し示した先に立っていたのは、浅黒い肌を持つ、誰よりも背の高い青年だった。
彼は皆と同じ形のコートを着ているにも関わらず、なでつけられた漆黒の髪と切れ長の目から、周りを圧倒するような気品を放っている。
すぐさま美男子に目のないアリエルが、レイラに耳打ちした。
「お母様! あの人は誰!? エキゾチックな顔立ちで、とっても素敵だわ……!」
そんなアリエルに、レイラも上機嫌で囁き返す。
「聞いて驚きなさい。あの人はね……お忍びで留学中の皇子様なのよ! ちょうどこの国で商売を始めたいと思っていて、そのとっかかりにルセル商会に目をつけてくださったのですって!」
「皇子様!? すごいわお母様! あの人……花嫁募集中だったりしないかしら?」
ごくりと唾を呑むアリエルに、レイラはうなずいてみせた。
「もちろんそこは抜かりなく調べてあるわ。彼は今日の大本命だから、落札した暁にはあなたのことも紹介してあげましょうね。その時はしっかり売り込んでくるのよ!」
「わ、わかった! 私、お化粧直ししてくるわ!」
興奮した顔で化粧室に走って行くアリエルを見ながら、レイラはふふんと笑った。
それから部屋の隅にいる、ジネットが送り込んできたふたりの商人を見る。
(アイ……なんとかとバレエ……なんとかだったわね。ふん。ジネットったら甘いのよ。わたくしにバレないとでも思ったのかしら? まあ今は素知らぬ顔をして受け入れてあげるけれど、この後が楽しみね!)
彼らの正体がバレているとも知らず、入札を無効にされ、『権利書を落札できなかった』と聞いた時のジネットは、どんな顔をするだろう。
それを想像すると、まだ始まってもいないのに、くつくつと笑いが漏れてしまう。
そんなレイラに、まだ恨みがましそうな眼をしているギルバートが話しかける。
「奥様……一体なぜ、お嬢様のことをそこまで目の敵にするのです? お嬢様は反抗ひとつせず、あなたの言うことを聞いてきたではありませんか」
「だからこそよ、ギルバート」
レイラは鼻で笑った。
「私はあの子の継母なのよ? ならば普通、もっと敬い恐れるべきでしょう。なのにあの子はいつもへらへらして……何を言っても目を輝かせて! きっと私が商売のことを知らないからって見下しているのよ! そういうところが気に障るったら!」
レイラのいらついた声に、ギルバートが小さくため息をついた。
「お嬢様はいつも、真心を持って奥様に接しておられましたが……どう言っても私の言葉は届かないのでしょうね」
「ふん。家令であるあなたの言葉を聞く必要があって? ……それより、そろそろ始めるわよ。私のとっておきの、楽しいショーをね……!」
レイラは髪を整えると、颯爽と集まった商人たちの前に出て行った。
そこには、いかにも女主人らしい堂々とした振る舞いのレイラが立っていた。