第38話 いないのなら、作ればいいのです
「――えっ? エドモンドおじ様とゴーチエおじ様が、お義母様の競売から締め出された!?」
誓約書を交わしてから数日後。
浮かない顔でギヴァルシュ伯爵家にやってきたふたりの話を聞いて、ジネットは目を丸くした。
応接間には、苦い顔の商会長たちが座っている。
「ううむ……。実は先日、ルセル夫人に『競売に参加したい』という手紙を送ったら……『わたくしは知っていますよ。あなたたちはジネットと仲がいいでしょう! そんな人はお断りです!』と、付き返されてしまったのだ……」
がっくりとうなだれるエドモンドの横で、苦い顔をしたゴーチエが言う。
「私も同じだ。それどころか、聞くところによるとかなりの人が競売への参加を断られているらしい。どうやらジネットちゃんと仲のいい人や、繋がりのある人をかたっぱしから断っているらしいんだ」
「ルセル夫人がここまで調べてくるのは意外でしたね」
呟くクラウスに、ジネットが難しい顔で考え込む。
「困りましたね……。エドモンドおじ様やゴーチエおじ様だけではなく、ほかの方もすべてダメだとなると……」
「すまないね、ジネットちゃん。何とか手伝ってやりたいが、私たちの持っている伝手もどうやら全滅のようだ」
「いえ、おじ様たちのせいではありません。……それよりも、気になることが。お義母様が私とつながりのない人物にしか売らないと考えているのなら、それこそかなり人が限られてしまうのでは……?」
商売の世界は一見広いように見えるが、実際は横の繋がりが多く狭い世界だ。
義母はジネットを警戒して、まともなライバルですら締め出しているらしい。そうなると残るのは、詐欺まがいのうさんくさい商会や、裏社会と繋がりのある人物ばかりになってしまう。
同じことを危惧したらしいゴーチエの顔が曇る。
「誰かライバルの手に渡るのならいざ知らず――というかまあ我々もライバルではあるのだけれど――裏社会の人間の手に落ちるのは一番困る。我々も何か手がないか、考えてみるつもりだ」
「しかし夫人にも本当に困ったものだ……。ルセル商会にもしものことがあったら、業界全体にとって大打撃になるというのに。これだから働いたことのない貴族の女は――」
愚痴を言い始めたエドモンドの言葉を、クラウスがやんわりとさえぎった。
「おっと。エドモンド商会長、そこまでですよ。ルセル夫人はともかく、貴族女性全体をひとくくりにしてはいけません。彼女たちは働きたくても、働けないのかもしれないのですから」
「そ、そうだな。私としたことが、失礼した」
そんなやりとりを交わす男性陣をよそに、ジネットは何やらずっと考えていた。それからゆっくりと顔を上げる。
「……私と仲良しがダメというのなら、逆の方ならどうでしょう?」
「逆? ……君の敵ということかい?」
ジネットの言葉に、ゴーチエがうーんと考え込む。
「でも大手でジネットちゃんと仲が悪いところなんてあったかなあ……。商会のおじさんは僕ら同様、みんなジネットちゃんのことがお気に入りだから、ねえ?」
「そうそう。ジネットちゃんは商人の間ではアイドルだからな」
堂々と言われて、ジネットは顔を赤らめた。
「お、おじ様方には本当に、小さい頃より可愛がっていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです!」
そんなジネットを、ゴーチエとエドモンドがニコニコしながら褒める。
「そりゃあねえ、実の娘たちは商売なんて微塵も興味を持ってくれないけれど、ちっちゃい君がキラキラ瞳を輝かせながら僕たちの話を聞いてくれたら、ねぇ? 嬉しくなっちゃうよねぇ」
「しかも、ぽろっと出た意見が的を射ている上に、新発想に繋がることも多いんだから。ジネットちゃんの発想からアイデアを得た人は、ひとりやふたりじゃすまないはずだよ。皆、君には一目置いているんだ」
ふたりの言葉に、ジネットの顔がますます赤くなる。
「あ、あのう。決して褒め殺しを……されたかったわけではなく……!」
しどろもどろになるジネットに、なぜか満足げな顔をしたクラウスが助け船を出す。
「商会長たちの言葉には僕も心の底から同意だ。……それで、ジネット。君の考えた“逆”というのは?」
「えっと、逆というのはですね」
ようやく本題に入れそうなことを悟って、ジネットはきりりと眉をつり上げた。
「敵がいないのなら、作ればよいのです。最近、お義母様はオーロンド絹布の偽物でひどく怒っていたでしょう? それで思い出したのです。私の周りでも、オーロンド絹布の偽物に踊らされた方がいるのを……」
「ああ、アイヤゴン服飾店とバリエ服飾店か」
思い出したクラウスに、ジネットが「はい」とうなずく。
「その二店と取引再開したことを、お義母様を含め他の方々はまだ知らないはず。……そこで、彼らに演技をしてもらうのです。『自分たちは偽布を掴まされた被害者なのに、マセウス商会は何も助けてくれない! 腹が立つ!』と。お義母様も根っこはお優しい方なので、きっと彼らを助けてくれるはずです!」
「優しい……?」
「どこがだ……?」
ジネットの言葉に、あちこちから疑問の声が漏れた。
それから義母をよく知るクラウスが、苦笑いしながらぼそりと言う。
「その逆恨み精神、ルセル夫人がとても気に入りそうだね……」
もちろんそんなことは聞こえなかったジネットが、うきうきしながら言った。
「どうでしょう!? これならお義母様のところに、もぐりこめると思うのです!」
「そうだね。ちょうど彼らにはオーロンド絹布の件で貸しがある。……提案してみよう」
にこりと微笑んだクラウスに、ジネットはこくこくとうなずいてみせた。