第35話 あちこちからの連絡です
後日。ジネットはクラウスとともに、客間で人を迎えていた。
父の捜索に関する定期報告の日だったのだ。
落ち着いた風貌の調査員が、調査書をうやうやしく机に乗せる。
「ルセル卿の行方は依然としてつかめていません。けれど周囲を探してもやはり人骨らしきものはなく、また事故現場から少し行ったそばには川がありました。そのため、現在はそちらで何か手掛かりがないか探している状況です」
「そうか、ありがとう。これからも引き続きよろしく頼む」
報告を終えた男性が立ち去ると、クラウスはソファに座るジネットの手をぎゅっと握った。
「……ジネット、大丈夫かい? 次から報告は僕ひとりで聞こうか?」
そう聞かれて初めて、ジネットは自分が顔をこわばらせているのに気付いた。
「いっいえ! 大丈夫です! 私は、お父様の無事を信じていますから!」
(人骨という単語を聞いてどきどきしてしまったけれど……大丈夫よ。お父様はお酒と女の人には弱いけれど、悪運だけは強いっていつも豪語していらっしゃったもの! 私が信じないでどうするの!)
よし! と拳を握って自分を奮い立たせていると、クラウスの長い腕が伸びてくる。――それから。
「わわ……!?」
気づけば、ジネットはクラウスに抱きしめられていた。
あたたかい体温と、彼のくゆるような甘い香水の匂いに包み込まれ、一瞬頭が真っ白になる。
「クラウス様……!?」
「すまない、ジネット。君も不安だろう。一日でも早くルセル卿を見つけられればよいのだが」
「い、いえ! 働かせてもらっている上に、調査もしていただけているので十分です! それに、お父様はきっと生きておられますから! もしかしたら今頃、新天地で商売を始めているのかも……」
(あ、自分で言ってて本当にそんな気がしてきたわ……!)
父はジネットに成金教育を施した張本人だ。
仮に逆境の中にいたとしても、父ならきっとそれすらひっくるめて楽しんでいるはず。
クラウスも同じことを想像したのだろう。彼はくすくすと笑いながら言った。
「そうだね。ルセル卿ならそれくらいのことを軽々とやってみせそうだ。……それでももし不安になったら、いつでも呼んでくれ」
言いながら、クラウスがさらりとジネットの前髪をかき分ける。
「君がひとりでも生きていける女性だというのは知っている。……それでも、僕は君の涙を拭ける、ただひとりの男になりたいんだ」
至近距離から熱いまなざしで見つめられ、ジネットはあやうく心臓が爆発するところだった。
(さ、最近ずっとだったけれど、今日のクラウス様は特にすごい! ドキドキしすぎて言葉が出ないなんて初めてだわ……! えっと、えっと、何か、返事をしなくちゃ……!)
ぐるぐると頭の中で言葉を考えていると、コンコン、とドアをノックする音がしてトレイを持ったサラが顔をのぞかせる。
「お嬢様、クラウス様――あらっ! これは大変失礼いたしました! 私としたことがお邪魔をしてしまいましたね!?」
その声に、ジネットはあわててクラウスから離れた。
「だだだだ大丈夫よ!」
「お嬢様、声と顔が全然大丈夫じゃないです! 本当に、私としたことがお邪魔してしまって……! くっ、ここは死んでお詫びを!」
「わー!!! 待って! サラ待って!!!」
過激な謝罪方法に出ようとするサラを、ジネットは急いで止めた。
はぁはぁとふたりで荒く息をしながら、なんとか尋ねる。
「そ、それで……どうしたの? あなたが来たということは、何か用事があるんでしょう?」
「あっそうでした!」
言いながらサラがトレイを差し出す。そこには何通かの手紙が乗っていた。
「手紙……? 差出人は……先日オーロンド絹布をもういらないと言ってきた、服飾店の店主たちね……?」
「ほう? アイヤゴン服飾店とバリエ服飾店から? 僕にも見せてくれないか?」
言ってクラウスも覗き込んでくる。それから書いてあることにざっと目を通した。
「なるほど。『深く謝罪するのでオーロンド絹布を再度卸して欲しい』と」
「私は大丈夫ですが……クラウス様は構いませんか?」
まかされているとは言え、会長はあくまでクラウス。ジネットが尋ねると、彼はフッと口の端だけを釣り上げた、冷たい笑みを浮かべる。
「許さない、なんて心の狭いことは言わない。その代わり、貸しひとつとしてつけておこう」
(わわっ……! クラウス様がまた悪い笑みになっていらっしゃるわ……!)
ジネットがハラハラしながら見ていると、クラウスがトレイに乗せられたもうひとつの手紙に気付いた。
「この手紙は?」
「……あら? こちらは、ギルバートからだわ」
「ギルバート?」
「ルセル家の家令です。家で何かあった時は報告して欲しいとお願いしていたのですが、どうしたのでしょう?」
ジネットは急いで封を切り、手紙を読み始めた。それから、読んでいる途中で目を丸くする。
「クラウス様……大変です!」
「どうしたんだ?」
「どうやらお義母様が、私への嫌がらせとしてルセル商会の権利書を売り飛ばそうとしているみたいです!」
その単語に、クラウスが仰天した。
「なんだって!?」
さらにクラウスだけではなく、サラまで身を乗り出してくる。
「本当ですかお嬢様!?」
「売り飛ばすって、誰に? ルセル商会が他の人の手に渡ってしまうのか?」
「ギルバートの手紙にはそう書いてあります。どうやら、内々で権利書を競売にかけて売るようです……」
「ルセル商会の権利書を競売にかける!? まったく、あのご婦人は……! 自分が何をやっているのか、理解しているのか……!?」
だが額を押さえるクラウスとは反対に、ジネットはいきいきと目を輝かせた。
「クラウス様……これは、もしかして!」
それからぐっと拳を握って叫ぶ。
「久々に、お義母様からのご褒美ですね!?」
「いや違うと思う」
「違うと思いますお嬢様」
クラウスとサラ、ふたりの声が重なった。