第31話 クリスティーヌ夫人との面会
「まあ、偽物の絹布が出回っているのですか?」
王都にあるパブロ公爵のタウンハウスで、話を聞いたクリスティーヌ夫人が眉をひそめた。
「はい。一見すると本当にそっくりで、専門の知識を持った人でなければなかなか見分けるのは難しいかもしれません」
うなずくジネットに、クラウスも続く。
「偽物はひと月も経たないうちに露呈するはずですが、それまで、うっかり偽物を買ってしまわないようお気を付けください」
「わかったわ。今度、サロンでも共有しておくわね」
「ありがとうございます! きっと皆様も助かります」
夫人の言葉に、ジネットはほっとしたように微笑んだ。
それからいそいそと、紋章の入った小さな三角旗を取り出す。
「正規品を卸した店にのみ、このマセウス商会の紋章入りの旗を渡しています。そのため、オーロンド絹布製品をお求めの際は、この旗が飾ってあるかどうかを判断の材料にしてください」
「この旗ね? わかったわ。皆様に見せたいから、お借りしてもよろしくて?」
「もちろんです!」
ジネットから受け取った三角旗をしげしげと見ながら、夫人は感心したように言った。
「それにしても、あなたは本当に有能ね。こんな綺麗な布を入手して売るのもすごいし、偽物も見分けてしまうし、対策までばっちりだなんて」
「小さい頃から、父にくっついて商売をしていましたので……!」
「あなたの噂は時々聞いたことがあったけれど、どれもひどいものばかり。でも実際に会ってみたら、芯の通った素敵なご令嬢で本当に驚いたわ。しかも賢くて有能。まさかこんな才能を隠していたなんて」
「か、隠していたわけではないのです。むしろ、私が商売のことを話せば話すほど、皆様変な顔をされるので……」
ジネットの言葉に、クリスティーヌ夫人が眉をひそめる。
「出たわね、貴族女性が働くのは卑しいという風習!」
横で聞いていたクラウスが、外向けのにこやかな顔で言う。
「皆、貧乏を経験したことがないからそんな悠長なことが言えるのですよ」
(クラウス様が言うと、謎の重みがあるわ……!)
彼の顔が穏やかであればあるほど、発言が重く感じる。
実際、目の奥は全然笑っていなかった。
「わたくしは王女として育ったからか、ときどき貴族たちの価値観が理解できない時があるのよね。主人だって、これでもずいぶん頭が柔らかくなった方なのよ? 結婚当初なんて本当にカチンコチンで、あの人の頭で釘が打てるくらいだったんだから」
夫人の物言いに、ジネットとクラウスは思わず笑った。
前回といい今回といい、クリスティーヌ夫人はとても気さくな人だった。ジネット相手であっても優しく、そして飾らずに接してくれる。そういうところもまた、彼女が社交界で慕われる理由なのだろう。
夫人が優しく微笑みながら言う。
「ね、ジネット様。今度ぜひわたくしのサロンにいらしてくださらない? もっとあなたのお話を聞かせて欲しいわ」
ジネットはハッと息を呑んだ。
クリスティーヌ夫人が主催するサロンは、社交界でも名だたる人たちが集まると評判。若い令嬢なら、一度は招待されることを夢見る憧れの場所だった。
「私が行ってもよいのでしょうか……!?」
恐れ多さにおののくジネットに、夫人はにこりと微笑んだ。
「もちろんよ。……みんな表立って言えないけれど、実は商売に興味津々な奥方は結構多いの。それに、あなたが次はどんな品を売ろうとしているのかも密かに注目されているのよ? みんな、流行には絶対乗り遅れたくないから」
その言葉に、ジネットは満面の笑みで答えた。
「わかりました! ではご招待いただいた時には、次の新商品もお持ちしますね!」
「ええ。ぜひこれからもよろしくね、ジネット様」
言って、クリスティーヌ夫人は手を差し出した。
「はい! こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。クリスティーヌ様」
ジネットはにっこりとその手を握った。




