第28話 マセウス商会へ
それから一通り返事を書き終えると、ジネットたちはマセウス商会の本店を訪れた。
クラウスが構えた店は一等地のすぐそばで、立地としては申し分ない。
店の中、集められた従業員を前に、クラウスはジネットを紹介した。
「今日から、僕の婚約者であるジネットがマセウス商会の副会長になる。皆、彼女の言葉を僕の言葉だと思って聞いて欲しい」
「皆様はじめまして! ジネット・ルセルと申します。若輩者ですが、精一杯がんばります。どうぞよろしくお願いいたします!」
緊張した面持ちで一歩踏み出したジネットを見て、おそろいのエプロンを付けた従業員たちがざわめいた。
(あれ……? このエプロン、なんだか見覚えがあるような……。気のせいかしら)
じぃっと見つめていると、従業員たちが興奮したように声をかけてくる。
「婚約者のジネット様ということは、あのジネット・ルセル様ですよね!?」
「超ロングセラー商品を連発している、あのルセル様でお間違いないですか!?」
「そんな方がこの店にだなんて……! 光栄です!」
キラキラと目を輝かせる従業員たちに、今度はジネットがぱちぱちと目をまばたかせた。
(何やら思いのほか歓迎されている……? というか名前を知られている?)
不思議に思っていると、クラウスが説明してくれた。
「彼らは皆、君が手掛けたあの“多機能エプロン”のファンなんだ」
“多機能エプロン”。
その言葉にジネットは「ああ」と納得がいった。
一番前にいる女性が進み出る。
「はい! 実はあのエプロンが好きすぎて、皆でエプロンを制服にしてもらえないかって、クラウス様にお願いしたんです!」
「まあ、よく似ていると思ったら、本当に私の手がけたエプロンだったのですね! 着てくださってありがとうございます!」
ジネットは嬉しくなって、女性の手をぎゅっと握った。
以前、ジネットは働く女性のために多機能エプロンを作ったのだ。
エプロンにはスリとひったくり防止機能が付いている上に、財布から木づちまで何でも入るというポケットを山ほど搭載。その便利さは着る道具箱とも言われ、ターゲット層である働く女性のみならず、男性にも飛ぶように売れたのだ。
当時は“ルセル家の令嬢ジネットがプロデュース!”を謳い文句にしていたから、きっと名前もそれで知ってくれたのだろう。
ジネットに手を握られた女性は、なおも頬を赤らめて言った。
「ずっとジネット様のファンだったんです。一緒に働けて、本当に嬉しいです!」
「僕もです! オーロンド絹布も、たくさん売りましょうね!」
「私たちが、全力でジネット様をお支えいたします!」
「まあ……! 嬉しい。皆さん本当にありがとうございます!」
社交界では成金やら下品やら、とにかく悪口しか言われてこなかった。
そんなジネットにとって、彼らの言葉は思わず涙ぐんでしまうほど嬉しい。
「どうだい? ジネット。ここの従業員たちは皆すばらしいだろう?」
感動するジネットを、クラウスが優しいまなざしで見つめている。
「はい! 皆様、本当になんてお優しいのでしょう……! さすが、クラウス様が選んだ方たちですね!」
ジネットが心の底から褒めると、クラウスはふふっと笑った。
「実は、採用試験の時にちょっとした課題をつけてね。何、『ジネット・ルセル令嬢について思うことを述べよ』という小論文を書いてもらったんだ」
「……え?」
(わ、私についての小論文……!? 一体どういうことでしょう!?)
突然話の成り行きが怪しくなってきた。
ジネットが戸惑う横では、クラウスがふふっと笑いながら頬を赤らめている。
「皆、採用されたくて君に対するおべっかを書き連ねていたけれど、心にもないことは文章を見ただけでわかる。……それに対して、彼らは本物だ。君のことはもちろん、君の手がけた商品のすばらしさもしっかり理解している。私も一緒に働いていて、本当に楽しいよ」
「ほ、ほんもの」
「もちろん“ジネットを囲む会”の会長は僕だけれどね」
「じねっとをかこむかい」
次々飛び出てくる不思議な単語を繰り返しながら、ジネットは目を白黒させた。