第25話 夢のような舞踏会
そのまま流れるように、ふたりはダンスホールに滑り出た。
すばやくワルツの型を取り、音楽に合わせて軽やかに踊り始めると、ジネットの動きに合わせてドレスが揺れる。そのたびにキラキラ、キラキラと、ドレスに広がる夜空がきらめく。
見る人を惹きつけずにはいられないその美しさに、周囲からまたわぁっという声が上がった。
「見てあのドレス。すごく綺麗だわ!」
「どこのドレスかしら? さっき公爵夫人もものすごく褒めていらしたわよね?」
「あんな生地も見たことがないわ。星が輝いているみたいで綺麗ねえ」
ひそひそと聞こえてくる声に、ジネットは嬉しくなった。
「クラウス様……! 早くもクリスティーヌ様効果が出ている気がしますよ!」
『もちろんクリスティーヌ様もだけれど、その前にジネット、君の美しさも忘れてはいけないよ』
クラウスの口から突然聞こえて来たヤフルスカ語に、ジネットはきょとんとした。すぐさま自分もヤフルスカ語で聞き返す。
『クラウス様? なぜヤフルスカ語を?』
『こうすることで、周りに何を話しているか盗み聞きされないだろう?』
くるりとターンをしながら、今度はヴォルテール帝国の公用語であるノーヴァ語でクラウスが言った。ジネットも転ばないようにステップを踏みながらノーヴァ語で返す。
『ですが、ヤフルスカ語もノーヴァ語も、習得されている方は多いですよ?』
ジネットの冷静な切り替えしに、クラウスがふふっと笑う。
『そうだね。なら今話しているトレン語はどうだい?』
『トレン語なら、なじみのある方は少ないかもしれません。……って、そんなに秘密にしておきたいお話なのですか?』
『いいや。ただ君に囁く愛の言葉を、ほかの人に聞かせたくないんだ』
『あ、愛の言葉ですか……!?』
その後も、クラウスが違う言語を駆使してジネットに語りかける。
『今夜の君は本当に綺麗だよ、ジネット。僕の女神』
ダンスに合わせてぐい、とジネットの腰を抱き寄せながら、クラウスが耳元で甘く囁く。ただしその言語はディガヤ語だ。
ジネットは耳を真っ赤にしながら、なんとかディガヤ語で返した。
『クラウス様、今夜は本当にどうされたのですか!? 大胆すぎます! やっぱりお熱が!』
『何度も言うけれど熱はないよ。それに、これくらいで大胆なんて言ってたら僕の友人に笑われてしまう』
『今度はパキラ語……!? そ、そのお友達は、ずいぶん情熱的な方なのですね!?』
『そうだね、ヤフルスカの留学中に知り合ったんだけれど、いかにもパキラらしい情熱的な人だ。彼には君を紹介しろとうるさくせっつかれているが……本当は会わせたくない』
『そうなのですか?』
『だって君はこんなに美しいんだ。みすみすライバルをひとり増やすような真似、したくないだろう?』
『美しいだなんて、そんなことは……!』
『……ジネット、君は美しいよ』
説いて聞かせるように、クラウスが優しく囁く。
『義母君のせいで間違った価値観が根づいてしまったようだけれど、君の誤解が溶けるまで、何回でも、何千回でも僕が伝えよう。ジネット、君は美しい』
『クラウス様……!』
クラウスの真剣な瞳に、ジネットはどきどきした。
まわりと使っている言語が違うせいだろうか。この広いダンスホールの中で、まるでふたりだけの世界にいるような、そんな錯覚を覚える。
(今日はずっと大胆なクラウス様に困惑させられっぱなしだけれど、なんだかとっても楽しい……)
ジネットはいつも笑われていたから、舞踏会ではクラウスの恥にならないよう、なるべく存在感を消していた。
けれど、今夜は苦手だった舞踏会とは思えないほど、周りの景色が輝いて見える。
(きっと、クリスティーヌ様がかばってくださったおかげだわ……! あれから誰にも笑われていないし、おかげで人目を気にすることなく、思い切りクラウス様とダンスができたもの!)
クラウスはいつも優しいが、今夜の彼は輪をかけて優しい。
その上とんでもなく甘い言葉を囁いてくるものだから、ジネットはその甘さに頭がくらくらしそうだった。
(まるで、物語に出てくるようなお姫様のような扱いだわ……!)
やがて曲が終わると、クラウスがジネットの飲み物を取りに行く。その間にジネットは、急いで自分の頬を軽くはたいた。
(いけないいけない、顔がにやけそうになってしまうわ! 気を引き締めないと!)
そんなジネットに、声をかける人がいた。
「――お姉様。何をはしゃいでいるの? とてもみっともないわ」
視線を上げた先にいたのは、ピンクのドレスを着た義妹アリエルと、真っ赤なドレスを着た義母だった。




