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第23話 パブロ公爵夫妻の結婚二十周年記念パーティーへ

「では、行こうか?」


 グランベロー城のダンスホール。

 その大きな扉の前で、限りなく黒に近い濃紺(のうこん)のテイルコートをまとい、ジネットとお揃いのパールのピンをつけたクラウスが手を差し出した。

 涼やかさと甘さが共存する麗しい目元に、筋の通った鼻。品のある薄い唇。

 その顔は絶世の美男子と呼ぶにふさわしい、完璧な美しさで形作られている。


(いよいよですね……!)


 ジネットは深呼吸して、高鳴る胸を落ち着かせた。それからクラウスの手を取ると、一歩踏み出す。

 案内人が、高々と名前を呼びあげた。


「クラウス・ギヴァルシュ伯爵、ならびに婚約者のジネット・ルセル令嬢のおなりです!」


 ジネットたちの目の前に広がるのは、見事な天井画が広がるグランベロー城の絢爛豪華(けんらんごうか)なダンスホールだ。

 パブロ公爵夫妻の結婚二十周年記念ということもあり、ホールはこれでもかと飾り立てられている。あちこちで輝くシャンデリアが、パブロ公爵の富と威光(いこう)を象徴するように輝いていた。

 招待客も皆、失礼にならないよう、自分にできる最高の装いで訪れている。


 ジネットは緊張した面持ちでクラウスと腕を組むと、ダンスホールに踏み入れる。

 現れたジネットの姿を見て、すぐさまあちこちから驚いた声が上がった。


「ジネット・ルセル……? あれが“成金ルセル”だって!?」

「嘘でしょう……!? だって顔が違うわよ! 前まであんな綺麗じゃなかったわよね!?」

「だが確かにルセルの名を聞いたぞ。それに隣にいるのは、婚約者のクラウスだ」

「化粧を変えたのか? なんて美しい……!」

「ちょっと! あなたの連れは私でしょう! よそ見なんかしないで!」

「ねえ、待って。あのドレスは何? すっごく綺麗……。もっと近くで見たいわ」


 ざわざわ、ざわざわ。

 囁き声というにはあまりにも大きい声に、ジネットは恥ずかしさにうつむかないよう、必死に前を向いていた。


(わ、笑われるのには慣れているけれど、今日のこの反応はよくわからないわ……! でも、ちらっとドレスが褒められているのが聞こえたような…!?)


 戸惑うジネットとは反対に、クラウスはなぜかものすごく嬉しそうな顔をしている。


「見てごらん。皆が君の美しさに見とれているよ」


 そう言って微笑んだ彼の顔はとろけそうなほど甘く、ジネットを見ていたはずの女性たちからもほぅ……とため息が漏れる。


(美しいのはどう見てもクラウス様の方ですが……!)


 まばゆすぎる笑顔にジネットがウッと顔をしかめた時だった。


「おお! クラウス君にジネット嬢! ふたりともよく来てくれた!」


 主賓であるパブロ夫妻が、ジネットたちの元にやってきたのだ。


 満面の笑みでニコニコしているパブロ公爵と、隣に立つ美しい女性はクリスティーヌ夫人だ。

 そのほっそりとした白い首には、大ぶりで鮮やかなバイラパ・トルマリンのネックレスが、完璧な姿で輝いている。


「今夜はお招きいただきありがとうございます、閣下」


 クラウスが挨拶すると、パブロ公爵が上機嫌にぽんと彼の腕を叩いた。


「いやあ、本当に君たちのおかげだよ。こうして妻にも無事ネックレスを贈れて……あの節は本当に助かった」

「まあ、何かありましたの?」


 事情を知らないらしい夫人が問いかけると、公爵は「まあな、ははは」とごまかすように笑った。

 どうやら、偽物を掴まされたことは言いたくないらしい。


 それから初対面の時とは打って変わって、(ほが)らかな声でジネットに微笑みかける。


「ジネット嬢も、私に手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれたまえ! 君も今まで大変だっただろう。私を第二の父だと思って、遠慮なくこき使ってほしい。君たちのためなら何でもしよう!」

「ありがとうございます、閣下。こうしてお招きいただけるだけでとても嬉しいです!」


 ――この一週間、ジネットはネックレスと同等のバイラパ・トルマリンを手に入れるため、知り合いでも知り合いでなくても、片っ端から宝石商人を当たっていた。


 あれほど上質で、なおかつ並んでも違和感がない石を探すのは至難の業。

 けれどジネットの危機を聞きつけ、ついでにジネットがルセル家から出たと知った商人のおじ様たちも協力してくれたおかげで、ジネットはなんとか“完璧なネックレス”をパブロ公爵に届けることができたのだ。


 パブロ公爵は大喜びして、それからというもの、ジネットをまるで実の娘のようにかわいがるようになっていた。


「まあ、あなたがこんなに女の子に優しくしているなんて、初めてですわね?」


 驚いた夫人が声をあげると、パブロ公爵があわてて夫人を見る。


「も、もちろん一番は君だクリスティーヌ! 誤解しないでくれ。ただ、娘がいたらこんな気持ちなのかと……!」

「ふふ、あなたの一番はわたくしなのはよく知っていますから、妬いたりはしません。それに、我が家は男の子ばかりですものね……。この際、ひとりくらい女の子を産んでみてもいいかもしれないですわね?」


 夫人の大胆な発言に、パブロ公爵の頬がポッと赤くなる。


「く、クリスティーヌ……!? それはまさか……!?」

「あらあら、まだ人前よ、あ・な・た。続きは舞踏会が終わってからにしましょうね……」


(な、何やら大人の会話が……!?)


 目の前で繰り広げられる夫妻のいちゃいちゃした雰囲気に、ジネットは顔を真っ赤にした。

 夫人がくすくす笑う。


「置いてけぼりにしてしまってごめんなさいね。ジネット様。ところで、あなたが着ているドレスは一体どこのかしら? 見たことがない、とっても素敵な輝きだわ」


 夫人にドレスを褒められて、ジネットはパッと顔を輝かせた。


「はい! これはオーロンド絹布でできているんです! 近々売り出そうと思っている新種の布地で……!」

「売り出す? ……あなたが?」


 途端に、夫人の眉がひそめられる。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで一息に読ませていただきました! 面白くて、ほどよくルビがふられているのもあってとても読みやすかったです。 こんな前向き娘を育てたお父さんはきっと生きているはず! そしてクラウス君には…
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