第21話 これは……“ご褒美”!
「ナイフ? ……おい、誰かナイフを持ってこい」
パブロ公爵の呼びかけに、すぐさま使用人たちが走ってゆく。
それから用意された細身の美しいナイフを見ながら、ジネットは言った。
「ご存じの通り、宝石は石ごとに硬さが違います。トルマリンは比較的硬い石であるため、ナイフで傷がつくことはありません。けれどアパタイトはガラスと同じ硬さのため、ナイフよりも柔らかいのです」
「つまり……ナイフで傷がつくかどうかで、これが本当にバイラパ・トルマリンかどうかわかるということか?」
ジネットはうなずいた。
かなり乱暴な方法ではあるが、今この場で結論を出すにはこの方法しかない。
そのことはパブロ公爵も理解しているのだろう。
彼はふぅ、とため息をつくと、ナイフとネックレスをそれぞれ手に取った。
それから、並ぶ本物のトルマリンのひとつに、思い切ってツ……とナイフを滑らせる。
「……こちらは傷がつかない。間違いなくトルマリンであるということか」
言いながら、今度はネックレスの右端に視線をやる。ジネットが偽物だと言った宝石だ。
皆が息を呑んで見つめる中、公爵がゆっくりとした動作で、問題の石にナイフを滑らせた。――それから、大きく息をつく。
「……どうやらこれは、君の言う通りトルマリンではなかったようだな……」
そう言って差し出された宝石には、確かに一筋、ナイフの痕である白い線が浮かび上がっていた。
(やっぱり……!)
ジネットはクラウスと顔を見合わせた。彼も、ジネットを見てうなずいている。
そんなふたりを前に、パブロ公爵ががっくりとうなだれた。
「なんということだ……! ただ偽物を掴まされただけでも腹立たしいのに、妻との結婚記念日はもう間近なのだぞ!? 気高い彼女に偽物の宝石など贈れるわけがない! かと言って今から彼女にふさわしい物を作る時間も……!」
(ああ、せっかくの心のこもったプレゼントが……! でもこの状況、なんだか身に覚えがあるような……)
ジネットはじっと目の前の宝石を見つめた。
(……そういえば、ついこの間も、お義母様たちに似たようなご褒美を言い渡された気がするわ。夜会に必要だから『今話題の“奇跡の鉱物”を使ったブローチを持ってきてちょうだい!』と……あの時は確か三日で用意していたから……あれっ? これってもしかして……ご褒美では!?)
思い出して、ジネットは思い切って尋ねてみた。
「閣下、ちなみに奥様との結婚記念日は、いつでございますか?」
「一週間後だ……。記念として舞踏会も開くつもりで、招待状も送ったばかりだというのに……!」
“一週間後”
その言葉にジネットは顔を上げた。
「……それなら、なんとかなるかもしれません」
「本当か!? 用意してくれるのなら、金に糸目は付けぬ!」
ガタッと身を乗り出すパブロ公爵に、ジネットはにっこりと微笑んだ。
「お任せください、閣下。一週間後までに必ず、クリスティーヌ様にふさわしい完璧なお品を用意させていただきます!」
◆
――それから一週間。
その夜、ジネットはギヴァルシュ伯爵家にある自分の部屋で、サラとともに身支度をしていた。
「……あのう、サラ? 本当に、このお化粧で大丈夫かしら……? 変じゃない? なんだかとっても薄いような……。私、顔が地味だから笑われてしまうかもしれないわ……!」
ジネットはハラハラしながら鏡の中の自分を見ていた。
そこに映っているのは、赤毛を今流行りのやわらかなアップスタイルに結い上げ、目元にうっすらとブルーのラインを引いたジネットの顔。
いつもの強く濃い化粧と違って、ごくごく最低限だけ乗せられた色は控えめで、信じられないほど薄い。
『ジネットあなた……本当に顔が地味でかわいそうだわ。せめてわたくしが、美しい化粧を選んであげるわね』
そう言われて以来、長年ずっと義母がすすめた通りの濃い化粧をしていた。だから今の薄い化粧は、まるで下着で人前に出ているような恥ずかしさを感じる。
おろおろするジネットに、サラが拳を握って熱弁した。
「変だなんてとんでもない! 私はずっと、お嬢様にちゃんとお化粧をできる日を心待ちにしていたんですよ! このお化粧こそ、お嬢様の素晴らしさ愛らしさ美しさを引き出す最高の出来だと自負しております! ああ、今のお嬢様はまさに社交界に舞い降りたる女神……! 皆様の反応を想像しただけでよだれが出そうです!」
「そ、そう……!? 変じゃないのならいいのだけれど……」
「きっと、クラウス様も褒めてくださるはずですよ。さっ、準備は終わりました! 舞踏会に行きましょう!」
にこにこと微笑みながら、サラが機嫌よく請け負う。
まだ気恥ずかしく思いながらも、ジネットはうながされるまま立ち上がった。
――ジネットはこれから、クラウスと一緒にパブロ公爵家で行われる、二十回目の結婚記念舞踏会に参加しようとしていた。




