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第20話 偽物が、混じっております……!

「……ジネット、一体どうしたんだい?」


 クラウスは囁き声だったため、パブロ公爵はまだ気づいていない。上機嫌でクラウスの論文を見ながら何やら話している。


 ジネットは気まずそうにクラウスに身を寄せ、それからひそひそと囁いた。


「あのう……クラウス様、どうしましょう。どうやら、宝石の中に偽物がひとつ、混じっているようなのです……」


 クラウスの目が一瞬見開かれる。

 だが彼は、すぐに何事もなかったかのような表情に戻った。

 パブロ公爵がいるから、なるべく動揺を見せないようにしているのだろう。


 ジネットに負けないくらい小さな声で、クラウスが囁き返す。


「……君がそういうのなら、そうなのだろう。ところでそれを証明する方法はあるのかい?」

「はい、ひとつだけ、あります……」


 言って、ジネットはひそひそとクラウスに耳打ちした。


「……わかった、なら僕から話そう。偽物はどれ?」

「一番右端のこれが、偽物です……」


 ジネットの答えに、クラウスはうなずいた。

 それからネックレスの入っている箱ごとそっと持ち上げ、まじまじと観察する。


「……おや? クラウス君も、ネックレスが気になるのかね?」


 まだ異変に気付いていないパブロ公爵は上機嫌のままだ。そこに、クラウスがためらいがちに口を開く。


「閣下……大変恐れながら、この宝石はどこで購入したものでしょうか? なじみの宝石商でいらっしゃいますか?」


 その聞き方に、何かただならないものを感じたのだろう。パブロ公爵の眉がぴくりと動き、いぶかしげな表情になる。


「……いつもの宝石商に頼んだのだが、何か問題があるのかね?」


 その言葉に、クラウスが目を細める。それから意を決したように公爵をまっすぐ見る。


「……実は大変言いにくいのですが、この中にひとつ、バライパ・トルマリンじゃないものが混じっているようです」

「何だとっ!?」


 途端に、パブロ公爵がガタタッと立ち上がった。その顔は、怒りと動揺で赤くなっている。


「これは何度も世話になった宝石商が持ってきたものだぞ! それに、きちんと鑑定士にだって見せている! だというのに、偽物が混じっているだと!?」


(ああっ! 閣下が怒ってしまわれるのも無理はないわ! だって偽物を掴まされたと聞いて喜ぶ人はいないもの!)


「一体どういうことか、説明してもらおうか! いくら君と言えど、ただの言いがかりで私の名誉を傷つけられては困る!」

「それは――」


 怒鳴る公爵に、クラウスが口を開きかけたその時だった。隣に座っていたジネットが、スッと背筋を伸ばしたのは。


 それから、凛とした声で言う。


「――私が、説明いたします!」


 すぐさま驚いた顔のクラウスが囁いてくる。


「ジネット、無理しなくていい。代わりに僕が説明するよ」


 きっと彼は、パブロ公爵様がすごい剣幕をしているから心配してくれたのだろう。

 ジネットがその優しさに目を潤ませる。


「あいかわらずなんてお優しい……! でも大丈夫ですクラウス様。だって私――」


 心配するクラウスに向かって、ジネットはにっこりと微笑んで見せた


「お義母様たちが()()()で散々鍛えてくださいましたから、これくらい全然平気なんです!」


 言って、くるりとパブロ公爵の方を向く。

 そう、いつも義母たちに対面する時のように、背筋をしゃんと伸ばして。


「閣下、このネックレスのトルマリンはどれも本当に見事です。バイラパ・トルマリン特有の鮮やかなブルーに、濃さもテリも申し分ありません。まさに最上級の輝き。……その上で言わせていただきますと」


 ジネットはトレイに載せられたネックレスの一番右端をすっと指し示した。


「この一点だけ、あまりにも()()()()()のです」

「綺麗すぎる? どういうことだ? 最高級だから当然だろう?」


 イライラと指で机をたたくパブロ公爵に、ジネットはゆっくりと首を振った。


「実はバイラパ・トルマリンは、美しい色合いと同時に、内包物と呼ばれる不純物が混じるのが宿命だと言われています。もちろん最高級のバイラパ・トルマリンであれば、内包物もかなり少なくなるのですが……右端のこの一粒だけ、内包物がまったく見られないのです」


 それから、パブロ公爵の目をまっすぐに見つめる。


「仮に、内包物のまったくない完璧なバイラパ・トルマリンがあったとしたら。……このように端っこに配置せず、真ん中の最もいい位置に持ってくるはずです。でもこのネックレスでは、一番目立ちにくい端に、まるで隠すように配置されている。それはなぜでしょう?」


 ジネットの言葉に、パブロ公爵がはっとしたように目を見開いた。


「“偽物”だからか……!?」

「はい。これは恐らくバイラパ・トルマリンに色味がよく似た偽物――石自体は、アパタイトだと思われます」


 “アパタイト”。古代キーリア語で“騙す”という意味を持つこの宝石は、含有する成分によって様々な色味を持つ、実に多彩な宝石だ。そして同時に、数多くの宝石と混同されてきた歴史を持つ宝石でもあった。


(もちろんアパタイトも美しい宝石ではあるけれど……バイラパ・トルマリンと比べると、その価値は十分の一以下になってしまうの……!)


「アパタイト!? だ、だが、鑑定した人は確かにバイラパ・トルマリンだと!」

「……残念ながら、アパタイトとトルマリンの見分けは鑑定士でも騙されることがあるんです。閣下も、この虫眼鏡でご覧になってみてください」


 言って、ジネットは使っていた虫眼鏡を差し出した。

 受け取ったパブロ公爵がすぐさま検分しはじめるが、その眉間には深いしわが刻まれている。


「……だめだ、私にはさっぱりわからん。どれも同じに見える」

「仕方ありません。このふたつは本当によく似ていますから」

「だとしたら、どうやって見分ければいいんだ! 目で見てもわからない、鑑定士の言葉も間違っている。なら、これが偽物であるという証拠はあるのかね?」


 イライラしたパブロ公爵に、ジネットがうなずいた。緑がかった灰色の目がきらりと光る。


「少し乱暴ですが、ひとつだけあります。……ナイフを持ってきていただけますか」

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― 新着の感想 ―
[一言] 金は柔らかいから噛むとわかるって言って金貨に噛み付いて傷をつけた友人を思い出しました( ˙-˙ )
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