第15話 なんて魅力的すぎる申し出なのでしょう!?
「や、やっぱり……!?」
「それにしてもよく気付いたね。君が言った通り、僕は開店直後からずっと姿を隠していたし、シリーズを売り出したときも留学中だったから、結びつける人はいないかと思っていたんだけれど」
クラウスの言葉に、ジネットは机のキャンドルスタンドを指さした。
「だって、そこに置いてあるキャンドルスタンドの艶が、どう見てもマセソン商会のものと一致しているんです……! ムラがなくて均一。まさにミルクを固めたような、こんな美しいミルクガラスは、マセソン商会でしか見たことがありません!」
つるりとした手触りに加え、ミルクガラス特有の透き通るような優しい色合いは、見る人の心を和ませるともっぱらの評判だ。
ジネットは拳を握り、早口でまくし立てた。
「それにスタンドだけではなく、家に置いてある水差しやコンポート皿も同じシリーズを使われていますよね! 何より決め手となったのは、廊下に置いてあった花瓶です。花瓶は最初期に作られたもので、それこそマセソン商会の関係者ですら入手困難なお品。シリーズの販売開始時は留学中でこの国にいなかったにも関わらず、それを持っているということは……クラウス様が、何かしら深いところに関わっているのではないかと思ったのです!」
一気に言ってから、ジネットはハッとした。
(しまった。熱が入りすぎてしまったわ……!)
目の前では、クラウスが目を丸くしてジネットを見つめている。
「ご、ごめんなさい! 私ったら、また……! 今の、気持ち悪かった、ですよね……」
しおしおと、ジネットは肩をすくめた。
昔から、ジネットは周りのものをよく見すぎるという悪癖があった。
相手がどこの何という商品を身につけているのかすぐに言い当ててしまうものだから、アリエルにも散々気持ち悪がられたのだ。
最近は学習して極力言わないようにしていたのだが……。
(クラウス様は何でも聞いてくれるから、油断してしまったわ……!)
「あっあの、今のは忘れて——」
「ふ……ふふっ」
だがジネットが言葉を取り消す前に、前に座っているクラウスがくつくつと笑いだす。
「さすが僕のジネットだね。相変わらず情報が早くて正確だ。花瓶なんて、存在することすらほとんど知られていないのに」
「では……本当にクラウス様がマセソン商会の会長でいらっしゃるのですね……!?」
「君があまりにも楽しそうに話すものだから、僕も商売に挑戦したくなってね。それに、収入のあては多ければ多いほどいい。お金がないというのは、みじめなものだから」
その言葉に、ジネットの眉が下がる。
(クラウス様は、お金のせいで心無いことをたくさん言われてきましたから……!)
祖父の借金さえなければ、クラウスはその美貌と頭脳で、一点の曇りもない華々しい人生を送っていただろう。
だからこそ、自分の力でお金を稼げるようになりたいという彼の気持ちは、痛いほどにわかった。
「それで大成功してしまわれるあたり、さすがクラウス様です……!」
「僕が成功できたのも、実は全部君のおかげなんだ。君との会話の端々にヒントが散らばっていて、僕はそれを実行したに過ぎない。おかげで懐はとてつもなく潤っているんだよ。そのお礼と言ってはなんだが……」
そこで彼は一度言葉を切って、まっすぐジネットを見つめた。
「ジネット。今後は君が、マセソン商会の副会長になってくれないか?」
「えっ!?」
クラウスの申し出に、ジネットが目を丸くする。
「予定より早くなったけれど、僕は留学を切り上げて領主の仕事に集中しようと思う。だから僕の代わりに、君が商会を動かしてくれると嬉しいんだ。もちろん、好きにしてもらって構わない。たとえ潰したとしても、僕は一切怒らないと約束しよう」
「な……!」
ジネットはふるふると身を震わせた。
(……なんて魅力的すぎる申し出なのでしょう!? 二十歳にならないと商会を立ち上げられないと思っていたけれど、マセソン商会を任せてもらえるのならその必要もないわ!)
だが歓喜の震えを、クラウスは違う方にとったらしい。
美しい紫の瞳が、不安そうに細められる。
「……それとも、やはり自分でいちから立ち上げたいかい?」
「いえっ!」
ジネットはあわてて否定した。
「願ってもいないことすぎて、感動に震えておりました! クラウス様、ぜひ私にマセソン商会を任せてください!」
「よかった」
クラウスが、ほっとしたように微笑む。
「稼いだお金は、全部君の好きに使っていい。ルセル商会を買い戻すための資金にあててもいいし、君のお小遣いにしてもいい。何か足りないものがあれば、協力するよ」
「本当に何から何までありがとうございます……! 私、がっぽがぽ稼いで、ギヴァルシュ伯爵家にも還元いたしますね!」
ぐっと拳を握るジネットに、クラウスがくすくすと笑う。
「君の活躍ぶりを、楽しみにしているよ」
それから何かを思い出したように、クラウスは「ああ」と呟いた。
「そういえば話は変わるけれど、足りないと言えば荷物は宿屋にあるものですべてかい? 以前見せてくれた、君の作った資料は相当な量があった気がするのだが……」
クラウスの言っている資料とは、ジネットが長年流行やライバル商会たちの商品を事細かく分析したノートだ。
会うたびに見せていたため、すっかりその存在を覚えられているらしい。
(確かにあれは私の努力の結晶だから、本当は持ってきたかったのだけれど……とにかく量が多くって……)
小さなころからコツコツと記録していたこともあって、その量は大きな本棚をひとつまるまる埋めるほど。とてもじゃないが、宿屋暮らしには持っていけなかったのだ。
「以前君は言っていたよね。結婚する時にも、このノートは全部持っていきたいと。明日にでもルセル家に取りに行こうか?」
「でも……その、あの、改めて考えたら、ちょっと量が尋常じゃないなと思いまして……。以前話していた時よりさらに量が増えてしまいましたし、クラウス様のお家を圧迫してしまいます」
「"僕の家"ではないよジネット。"僕と君の家"だ」
そう言った彼の顔は、うっとりするほど甘く、きらきらと輝いていた。
(うっ! 気のせいかしら、以前お会いしたときよりさらに輝きが増しているような……!?)
まぶしさに、ジネットは目を細める。
「やはり、ノートは明日取りに行こう。僕も留学中は見れなかったから、あのノートの最新版を楽しみにしているんだ」
「ということはルセル家に行く……のですか?」
聞きながらジネットは考えた。
(荷物を取りにいくだけとは言え、お義母様たちがせっかく背中を押してくださったのに、家に帰ったら怒られてしまわないかしら……?)
「ではお義母様と、アリエルにもご挨拶しなければいけませんね?」
その言葉に、クラウスは不気味なほどにーっこりと微笑んだ。
「望むところだよ」




