第14話 もしかしてもしかすると
ジネットは説明した。
「当初の予定では、おじ様たちのところでしばらく下積みをした後、自分の商会を立ち上げるつもりだったんです」
この国では、店を開いたり商売を行うためには一定の年齢に到達しなければいけない。
男子なら十五歳、女子は二十歳を過ぎないと、国からの許可が下りないのだ。
実際はかなりの者が年齢をごまかしたり無許可で開いているが、ジネットは下級であっても貴族。法律は守らなければいけなかった。
「そして自分の商会を作ったらお金を貯めて、いつか正々堂々ルセル商会を買収するつもりです!」
ジネットはきらきらと瞳を輝かせながら言った。
それに対して、クラウスが冷静に尋ねる。
「ルセル商会は、ものすごく勢いがある。今もだが、これからも価値はどんどん上がっていくだろう。その金額は、君が一生分働いても稼げない額かもしれない。それでも君は、正面から買い戻す気かい?」
言って、クラウスの瞳がすぅと細められる。
「それに……向こうが君の権利を不当に握りつぶしているのなら、こちらだって多少強引な手を使って権利書を取り戻すこともできるんだよ」
「多少強引な手とは……?」
「……それは色々、だよ」
そう言ってクラウスは微笑んだが、瞳は凍てつく氷のように冷たく、全然笑っていない。
(わっ! なにやらこれ以上深く聞いてはいけない気がする……!)
今までの彼らしくない発言に震えながら、ジネットはきっぱりと言った。
「大丈夫です。何年かかろうと気にしません。むしろこれはお義母様から与えられた最高のご褒美……じゃなかった、試練だと思いましたので!」
(譲り受けるなんてなまぬるいことを言わずに、自分でさっさと稼いで丸ごと買収する。これこそお父様から教わった、成金教育の集大成だわ! そういうことですよねお義母様!?)
これからのことを考えると、ジネットは本当にワクワクした。
できれば二年など待たずに今すぐ動き始めたいのだが、残念ながら法律は守らなければいけない。
ならば、その中でできる最大限のことをするまで。
鼻息荒いジネットを見て、クラウスがくすくすと笑う。
「『試練はご褒美』。相変わらず君はその言葉がお気に入りだね。昔からよく呟いていたのを思い出すよ」
「えっ!? 声に出ていましたか!?」
「時々ね。例えば綿製品が突然台頭してきた時とか……あとは七色に光るモザイクランタンの時にも出ていた」
「よ、よく覚えていらっしゃいますね……!?」
前者は毛織物の価格が暴落して、大量に在庫を抱えてしまった時。後者は逆に売れすぎて、他から山ほど真似された時だ。
幸い、前者はさらに北の国々に輸出することでなんとか在庫をさばき、後者は独自の柄を作ったことでルセル商会製の価値を高めたのを覚えている。
そして確かにどちらも、「ご褒美だわ!」と興奮した記憶があった。
思い出して、ジネットは赤面する。どうやら自分は、無意識のうちに声に出していたらしい。
「そういう時の君は本当に楽しそうで、僕はいつも勇気をもらっていたよ」
(勇気……? アリエルにはいつも『商売のことを考えている時のお姉様の顔、百年の恋も冷めるくらい気持ち悪いですわ』と言われていたけれど、やっぱりクラウス様ってお優しいんだわ……!)
ジネットの奇行を気持ち悪がらずにいてくれる男性なんて、社交界を探してもクラウスぐらいのものだろう。そのありがたさに、ジネットはクラウスに向かって祈りたいくらいだった。
「だから、君がその気なら僕も手伝おうと思うんだ。――話は変わるが、君は“マセソン商会”を聞いたことがあるかい?」
「マセソン商会ですか? もちろんです!」
クラウスの口から出たのは、最近何かと話題の新進気鋭の商会だった。
“マセソン商会”はある日突然王都に現れたかと思うと、食器や家具、衣類、化粧品など、主に女性向けの品を幅広く取扱い、次々と人気商品を連発。
それでいながら商会の主が公の場に姿を見せなかったため、世間ではやれ高貴な貴婦人の戯れだとか、大商人の隠れ蓑だとか、散々騒がれたものだ。
ジネットが瞳をらんらんと輝かせ、ぎゅっと拳を握る。
「マセソン商会は、最近もミルクガラスを使ったシリーズで大きな流行りを巻き起こしていましたよね! 一番数の多い食器も人気すぎて、どこでも手に入らないと評判ですよ! その艶と言ったら、見ているだけでうっとりしてしまうほど美しくて……」
そこまで言ってジネットはふと言葉を止めた。
それから、机の上に乗っている白くてなめらかな乳白色のキャンドルスタンドを見る。
「あの……クラウス様?」
「なんだい?」
「そういえばクラウス様は……ミドルネームに“マセウス”が入っていましたよね……?」
ジネットの言葉に、クラウスは意味深な笑みを浮かべた。
「……よく覚えているね。僕の正式な名前は、クラウス・フォルトナ・デ・ロス・マセウス・ルイス・ギヴァルシュだ」
「あのう、もしかして……もしかしてですが……マセソン商会って、クラウス様の商会だったりされます……?」
その問いに、クラウスは輝くような笑顔を浮かべた。
「そうだよ。マセソン商会は、僕が立ち上げた商会なんだ」