第119話 あなたの気持ちには(クラウス視点)
クラウスはサッとかがむと、落ちたガウンを拾い上げてメルティア王女にかけた。
「まだまだ寒いですからね。きちんと着ないと風邪を引きますよ」
あっさりとそう言うと、まるで何もなかったかのように引き返し、ベッドにもぐりこむ。
「僕は明日早いんです。ティア様も早く寝ないと、寝不足になってしまいますよ。もうお部屋に戻っていただけますか?」
「なっ……!」
振られた。
そのことがわかって、王女は顔を真っ赤にした。
「あ、あなたはこの体が欲しくないの!? ほら、よく見て! 胸だってこんなに大きくて柔らかいのよ!? ジネットはここまで大きくなかったじゃない!!!」
「やめてください!」
クラウスがぴしゃりと言った。
その強い語気に、メルティアがびくりと震える。
「それはあなたが知らないだけです。……あと、ジネットの名を出さないでください! 人が一生懸命考えないよう我慢しているのに、そんなことを言われたら想像してしまうではないですか! 明日ジネットに会った僕が暴走したら、ティア様に責任がとれるとでも!?」
なんて言いながら、クラウスが邪念を振り払うようにぱっぱっとひとりで手を振っている。
これにはメルティアもぽかんと口を開けた。
「は、はぁ……!? なんで目の前にいるわたくしじゃなくて、ジネットの方を想像しているの!?」
「しょうがないでしょう。僕だって男ですよ」
「そういう意味ではないわ! そうじゃなくて、目の前に裸で迫っている女がいるのに、どうしてそっちには反応しないのかと聞いているのよ!」
聞かれて、クラウスは「ああ」と言った。
ようやくそのことに思い至ったのだ。
「それは申し訳ありませんでした。慣れすぎて、つい……」
「慣れすぎてってどういうこと!?」
メルティアの問いに、クラウスがあいまいに微笑んで見せる。
――実は、クラウスがこうして裸の女性に迫られたのはこれが初めてではない。
初めてではないどころか、割としょっちゅう経験があった。
(特にお酒が入った女性陣は危ないですからね……)
舞踏会で袖に引きずり込まれそうになった数は、はもはや数えきれない。
ぶつかってワインをこぼされたことを口実に、別室に連れ込まれそうになった数も、数えきれない。
ジネットが引っ越してきてからはさすがにないが、突然ギヴァルシュ伯爵家に客人としてやってきたと思ったら、その場で女性が脱ぎだしたことも数回。
(あと、寄宿学校にいた頃に、男から迫られたこともあったな……)
思い出しながら、クラウスは苦笑いしてみせた。
「女性の裸も男性の裸も見慣れているんです。だからティア様の裸を見たぐらいでは、どうともなりませんよ」
「まっ、まさかクラウス様、そんなに爛れた生活をしてきて……⁉」
王女は何かを勘違いしているらしい。
クラウスはしばらく考えた後、乗っかることにした。
「ええ。似たようなものです」
(これで『不潔!』とか言って離れてくれれば手間が省けるのだが……)
だがメルティアはさんざん考えた末に、口からこんな言葉をひねり出した。
「……わたくし、そんなクラウス様でも好きよ!」
(これぐらいじゃダメか)
期待が外れたことに、内心苦笑して見せる。
「だからお願いですクラウス様! どうか行かないで! わたくしのそばに、ずっといてくださいませ!」
それは切実な想いが伝わってくる声だった。
メルティア王女は、かつてないぐらい、クラウスに本気で懇願しているのだ。
――だからこそ、クラウスは答えなければいけない。
「ティア様」
はっきりと、望みを持たせないために。
菫色の瞳が、まっすぐメルティアの水色の瞳をとらえた。
「何度も言いますが、僕はジネットにしか興味がありません。明日、僕はジネットのもとに帰ります。……あなたの気持ちには、応えられません」
その言葉に、メルティアの目から大きな涙がこぼれた。
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次回、最終話です!