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第114話 〝妖精姫メルティア〟 

 ――久々となる王室主催の舞踏会では、人々は〝妖精姫メルティア〟の話で持ち切りだった。


「ねぇ、あの噂は本当ですの? 今日の舞踏会にはメルティア王女殿下がいらっしゃるって」

「どうも本当らしいわ。だって叔母であるクリスティーヌ夫人が言っていたことですもの。ほら、今日もあそこで国王夫妻とともにお話ししていらっしゃるから、信憑性は高いと思うわ」


 そう言った令嬢の指さした先では、言葉通りクリスティーヌ夫人が国王夫妻とともに話をしている。

 同時にそわそわとして落ち着かない様子でダンスホールを見まわしており、まるで誰かを待っているようにも見えた。


「それにしてもどうして急に? 王女殿下は大変病弱な方とお聞きしておりましたが、もしかしてよくなったのかしら?」

「あら。もしかしたら、王女殿下もお相手を探しに来たのかもしれませんわ。なんていったって、花も恥じらう十六歳ですもの。十分結婚適齢期よ!」


 きゃあきゃあとざわめく令嬢たちの横では、鼻息荒い紳士たちも目を血走らせている。


「ああ、早くあの美しいお姿を拝みたい! 王女殿下はまだ結婚も婚約もしておられないのだろう? 私にもチャンスはあるだろうか」

「よしておけ。噂では、国王夫妻が猫かわいがりしているという話だ。そんな大事な王女に傷でもつけてみろ。爵位没収ぐらいじゃすまないぞ。一族郎党、まとめて監獄にぶち込まれるかもしれない」

「その前に、王女はお前など相手にしないだろう。鏡を見てからものを言え」

「なんだとっ! この! お前よりはましだろう!」

「どの口が」


 なんて会話とともに、笑い声も聞こえてくる。

 浮かれている、としか言いようのない社交界の人々の様子を、ジネットはキュリアクリスとともに見ていた。

 けだるそうに立ったキュリアクリスが、これまためんどくさそうに言う。


「まったく、誰もかれもが浮かれているな。そんなに王女というものがいいものかね」

「キュリアクリス様。浮かれている方の中には、キュリアクリス様が原因の方もいらっしゃる気がしますよ!」


 ジネットは正直に言った。

 後ろになでつけ、整髪料でぱりっと髪を固めたキュリアクリスは今日、パキラ皇国の正装を着ている。


 繊細な模様を織りこまれたガウンに、体のラインにぴたりと沿った紫の衣。

 それはゆったりとした余裕がありながらも、引き締まるところはきりりと引き締まり、彼のエキゾチックな美しさと妖しさを存分に引き立てていた。


 その証拠に、そばにいた令嬢たちが赤くなった顔を必死にぱたぱたと扇であえぎながら、絶え間なくキュリアクリスの方を盗み見している。


「ふん。やはり正体なんて明かすものではないな。わーわーきゃーきゃー、うっとうしい」


 彼がこんなに熱い視線を集めているのもすべて、前回ジネットを王宮に忍ばせるために、ついに自分がパキラ皇国の皇子だと明かしてしまったからだ。

 以前のように給仕係としてもぐりこむことはできなくなったため、代わりに皇子として堂々と参加しているのだった。


「そうですか?」


 ニコニコとしているのはジネットだ。


「私はキュリアクリス様の正装が見れて大変うれしいです! 知識として王族たちの正装がどんなものかというのは知っていましたが、やはり実物を見ると全然違いますね! この見事な紫の衣は、キュリアクリス様が着るからこそこんなに輝くのだろうなと思います。というかどうやってこの色を出しているのでしょう? 緑の衣もそうでしたが、見たことのない製法です!」


 純度百パーセント。まじりっけなしの正直な気持ちで褒めるジネットに、キュリアクリスはまんざらでもなさそうにふんと鼻を鳴らした。


「ほう? ようやく私の魅力がわかったようだな。それに衣にも気が付くとはさすがだ。どうだ、わが国秘伝の製造方法を知りに、今からでも舞踏会に出るのはやめて私の家に――」

「あっ!!! 来ましたよキュリアクリス様!!! メルティア王女殿下とクラウス様です!!!」


 目当ての人物を見つけたジネットが、興奮したようにささやく。


「……」


 一方、話の腰を折られたキュリアクリスは不満そうだった。

 すぐにほかの人々も気づき、進み出てきたふたりに一斉に視線が集まった。

 国王夫妻も王女の登場に気づいたようで、瞳が期待と不安で揺れている。静まり返った場の中で、クリスティーヌ夫人だけがらんらんと瞳を輝かせていた。


「うわぁっ……! もともとお美しい方でしたが、今夜は本当に輝かんばかりの美しさですね!!!」


 髪を高く結い上げ、髪や胸元にパールを散らした今夜のメルティア王女は、まるで内側から白く光っているようだった。


 楚々としたたたずまいに、白でありながら虹色に輝く不思議なドレスを着ているせいかもしれない。

 そのドレスは一見すると白の絹に見えるものの、ドレス生地が動くたびにオーロラのような不思議なゆらめきを持った光を放つのだ。


「……あの生地、オーロンド絹布の光り方と似ているな」


 キュリアクリスの言葉に、ジネットがパッと顔を輝かせる。


「よく気づきましたね!? さすがキュリアクリス様です! 実はオーロンド絹布にはいろいろな色があるものの、意外なことに白の生地だけは存在しなかったのです。基本となる白色を保ったまま、動いた時だけ変色というのが難しくて。ですが今回、ついにその課題をクリアしましたので、ぜひともメルティア王女殿下のお召し物としてルセル商会がご用意させてもらい――」

「おや? クラウスが付き添いだとは聞いていたが、どうやら小物類まであの王女とお揃いのようだぞ?」


 ぺらぺらと仕事のことを語り始めるジネットに、キュリアクリスが容赦なく言葉をかぶせる。

 彼が言っているのは、クラウスがタイにつけているパールのピンだ。


「あ、はい! 王女殿下がお揃いにしたいとおっしゃっておられましたので、お揃いをつけておられるはずです!」

「ああなるほど。駄々をこねられたのか……」


 何かを察したキュリアクリスが遠い瞳をする。


「しかしジネットはよかったのか? パートナーとお揃いにするというのは、親密な関係の証であるのでは?」


 実際、クラウスがやたらジネットにお揃いの品をつけさせようとしていたのも、ジネットは自分の婚約者であることを周囲に知らせるためだと言っていた。

 ある意味、マーキングのようなものだ。


 尋ねられてジネットはきょとんとした。


「? 私は特に……何か問題がありますか?」

「いや……なんでもない。そろそろジネットにもそういう感情が芽生えてもいいのかと思ったが、私の思い違いだったようだ」

(思い違い? ……なんでしょう?)


 不思議に思いながらも、ジネットの視線はメルティア王女とクラウスに引き寄せられていた。


「ねぇ見て素敵……本当に絵になるおふたりだわ」


 そんな声が、ため息とともに近くから聞こえてくる。ジネットは同意した。


(わかります……! おふたりは本当に、絶世の美男美女ですから!!!)


 口を開くと印象が変わってしまうものの、静かにしている時のメルティア王女の美しさは文句のつけようがなかった。

 伏せがちな瞳に、けぶるような長いまつげ。ツンと尖った鼻先は作り物のように繊細で、こんな美しい人間がいること自体が奇跡のように思える。


 そしてその隣に並ぶクラウスも、まったく負けてはいない。

 メルティア王女のものよりやや硬質さを感じさせる銀色の髪は神々しくたなびき、菫色の瞳が甘さと色気の両方をたたえて微笑んでいる。


 ふたりの姿は指の一本、髪の毛の一本に至るまですべてが完璧な調和を描き、人々にまるで歴史的名画を見ている時のような感動を与えるのだ。

 やがて流れ始めた音楽に合わせてふたりは踊り始め、その優雅な動きに人々はさらに感嘆の吐息をもらした。


「本当にお似合いねぇ……。見て、先ほどまでメルティア王女殿下を狙っていた男性たちまで、あまりの美しさに黙り込んでしまったわ」

「あら、本当。自分たちの身の程を知ったのかしら」


 くすくすと笑いながら、令嬢たちはなおも話す。


「それにしてもお似合いのおふたりだわ。見ているだけでこちらまで幸せになれるなんて」

「わかるわ。わたくし、このままおふたりには結婚してほしいもの」

「ああ、それ素敵ね! 文句のつけようのない、完璧な美男美女の夫婦だわ!」

「いるだけで社交界が華やいでしまうわね! 王女殿下が伯爵夫人になったら、わたくしたちもお近づきになれるのではなくて?」


 きゃっきゃっと盛り上がる令嬢たちの中、ひとりだけぽつりと言った人がいた。


「でも……クラウス様って確か、婚約者がいるのではなかった?」

「あっ」


 その言葉に、ジネットは令嬢たちの視線がいっせいに自分に集まるのを感じた。


(……見られています!)


 動揺を表に出さないよう、気づかないふりをする。

 ジネットの反応に安心したらしい令嬢たちが、また体を寄せ合い、リスのようにこそこそと囁きあった。


「いるはいる……わね……」

「そうね……ジネット・ルセル令嬢がいるわね……」


 その後にジネットの悪口が続かなくなってきたあたりを見るに、ジネットはきっちりと社交界での地位を得たらしい。――何せジネットを馬鹿にした人たちは、もれなく流行りの品を手に入れられなくなった過去があるため、皆も学習したようだった。


「まぁ、ただ、クラウス様と王女殿下も、お似合いであるといえばお似合いよね?」

「うん、そうね。お似合いと言えば、お似合いよ」

「別に少しダンスを踊るだけだものね? お似合い……って言っても差し支えはないのではなくて?」


 なんとも歯に物が挟まったような、微妙な言い方だ。きっとこれもジネットに気を遣ってくれた結果なのだろう。


(とは言え、皆様の気持ちもわかります……)


 ジネットは目の前で踊っているふたりをじっと見た。




***

本日、隠れ才女コミカライズ3巻発売です~!

菜なり先生の描くクラジネ、とってもかわいいのでぜひ♡

(シリーズ累計10万部もありがとうございます!)

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