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第112話 大人と子供の境目

『王女のことを信じてほしい』


 その言葉に、国王夫妻が一瞬動揺したように目を泳がせた。


「メルティア王女殿下は、もう小さな子供ではありません。自分の意思を持ち、自分の力で成長していける、立派なレディです」


 十六歳。大人と子供の境目。

 きっと、親から見たらまだまだ子供で、心配せずにはいられない年齢なのだろう。

 けれど同年代のジネットからすれば、メルティア王女はすでにジネットたち同様、大人への階段を登り始めている。


(あとは親が信じて、その手を離すだけだわ)


 ジネットの父も、必要な知識を与えた後はジネットの手を離し、見守ることにとどめてジネットを好きにさせてくれた。


 それが子供を信じるということだ。


(同時に、子供はそうして大人になっていくのだと思う)


 ジネットの輝く緑の瞳が、まっすぐ国王を見つめる。


 ――やがて根負けしたらしい国王が、額を抑えながらぼそりとつぶやいた。


「『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』か……。よかろう。マリーの舞踏会参加を認める」

「ですがあなた」


 身を乗り出す王妃に向かって、国王が首を振る。


「妹やあの令嬢の言う通りだ。結婚できる歳ということは、責任が伴う歳でもある。舞踏会の一曲や二曲で、私たちが信じてやらないで誰が信じると言うのだ」

 言葉に詰まった王妃は、やがて助けを求めるようにジャキヤ侍医を見た。

「ジャキヤ侍医、先ほどの言葉は本当ですか? マリーが絶対倒れないと、保証できますの?」

「王妃陛下。この世の中には絶対なんてものはありません。だが医師としての見立てでは、一曲踊るだけなら九割五分の確率で、大丈夫かと思いまするな」

「九割五分……」

「ほら、ジャキヤ侍医もそう言っている。あとはお前だけだぞ」


 国王に促されて、ようやく王妃も決心がついたらしい。


「……わかりました。ただし、万が一に備えて、マリーのそばにはジャキヤ侍医たちが控えてくれるというのなら……!」


 王妃の言葉に、クリスティーヌ夫人の瞳がきらりと輝く。

 夫人は後ろにいるジャキヤ侍医にすばやく尋ねた。


「頼めますか? ジャキヤ侍医」

「もちろんですとも」

「ならば」


 今日一番の美しい笑みを浮かべて、クリスティーヌ夫人がにっこりと笑う。


「決まりね」





「聞いてちょうだい! わたくしの舞踏会参加が決定したわ!!!」


 いつものようにやってきたジネットに対して、メルティア王女はこの上なく偉そうに言った。


「おめでとうございます! 王女殿下が参加すると知ったら、きっと社交界の皆様も喜びますね」


 メルティア王女の舞踏会参加決定に尽力したのはほかならぬジネットであったが、そのことをおくびにも出さずにジネットはニコニコと答えた。

 それよりも大事なことがあったのだ。


「あの……メルティア王女殿下? ひとつお願いがあるのですが!」

「な、何よ。急に目を輝かせちゃって」


 いつも以上に生き生きしだしたジネットを王女が警戒する。


「もし舞踏会に参加されるのでしたら、王女殿下のドレスをマセウス商会よりプレゼントさせていただけないでしょうか!?」


 ジネットは興奮した様子で言った。


「マセウス商会の?」

「はい!」

(ぜひ、ルセル商会の新作をメルティア王女殿下に着ていただきたいわ!!!)


 そこにはもちろん、商会としてのたくらみがある。

 かつてクリスティーヌ夫人にオーロンド絹布を贈り、話題にして広めてもらったように、登場するだけで社交界の注目間違いなしのメルティア王女に着てもらえれば、まちがいなくドレスが話題になるだろう。


 だがそれ以上に、ジネットの個人的な思惑があった。


(きっとメルティア王女殿下なら、何を着てもとびきり美しいわ! ぜひそれを見たい!!!)


 もしこの思惑がバレたら、きっと「わたくしは着せ替え人形ではないのよ!」と怒られるだろう。それでもジネットは言わずにはいられなかった。


「もちろん最高級の、そして最先端の、メルティア王女殿下のためのドレスをお持ちします! 仕立ても私が信頼する一番の職人を――」

「結構よ」


 だが、ジネットが言い切る前にメルティア王女は提案を一蹴した。

 ジネットの肩がしょんぼりと下がる。


「あ……ダメですか……。ちなみに理由をお聞きしても?」


 転んでもただでは起きないのがジネットだ。さりげなく理由を聞くと、王女がふふんと鼻を鳴らす。


「理由は簡単よ。だってわたくし、もうドレスは決めてあるんだもの」

「そうなのですね!? ちなみに見せていただくことは可能ですか!?」


 食いつくジネットに、王女が嫌そうな顔をする。


「えぇ? 嫌よ。こういうのって当日のお楽しみでしょう?」

「そこをどうかお願いです! 王女殿下が用意したドレスならきっと最高級のものに違いないはず! どんな素晴らしいものが出てくるのか、もう気になって気になって、私きっと夜も眠れません! さらにそのドレスを着た王女殿下がどれほど美しいのか、ぜひとも想像してみたいのです! もちろん実際に着ていただけたらさらに嬉しいです!」

「何それ。ちょっと気持ち悪いわよあなた……」


 だが、そうは言いつつも、メルティア王女もねだられてまんざらでもなかったらしい。


「そんなに見たいの?」

「はい!」

「じゃあ見せても絶対に真似しない? 色も形もよ」

「もちろん真似しません! そんなおこがましいこと、考えてすらいませんでした!」

「ふぅん……。じゃあ少しだけ、見せてあげてもいいわよ」

「やったー!!! ありがとうございます!!!」

(一体どんな素敵なものが出てくるのかしら! 楽しみだわ!)


 空手のことも忘れて、ジネットはぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「あなたたち! 今すぐドレスを持ってきてちょうだい!」


 王女が声をあげると、すぐさま侍女たちがパタパタと走っていく。

 ドレスがやってくるのを待ちながら、王女が自慢げに言った。


「ふふ、見たらきっと驚くわよ。とっても鮮やかなものを取り寄せたんだから」

「そうなのですね! とても楽しみです。どんな色なのでしょう!」

「この間、パキラ皇国の皇子が来たでしょう? あの方が着ていた緑の衣が素敵だったとクラウス様が褒めていたから、わたくしも緑のドレスにしてみたのよ」

「ああ、そういえばキュリアクリス様が着ておられましたね!」


 何を隠そう、ジネットはキュリアクリスの同行者として王宮に侵入したのだ。


(緑の衣は確か、パキラ皇国の伝統技術を駆使して織られた美しい緑でしたね。鮮やか……というよりは落ち着いた緑色だった気がするのですが……あれ?)


 ジネットが考えていると、侍女たちの足音が聞こえてきた。ドレスを運んできたらしい。


「見て! これが舞踏会で着るドレスよ!」


 メルティア王女が自信たっぷりに手を示した先にあったのは、トルソーに着せられた、世にも色鮮やかな緑のドレスだ。


「わぁあ……!!! なんて美しい緑……!」


 レースがふんだんに使われたドレスは、若草を思わせる鮮やかかつみずみずしい緑色で染め上げられていた。


 きっとメルティア王女の白い肌によく映えるだろう。



 ――だが。

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