第11話 どうやら彼は本気のようです
「す、好きって単語が! 二回も出ましたね!?」
目を白黒させながらジネットはあえぐように言った。
クラウスがにこりと微笑む。
「君が望むなら何千回でも言おう」
「いえっ! 大丈夫です!」
その言葉にくすくすと笑うクラウスを、ジネットは信じられない気持ちで見ていた。
「もしかして……からかっていらっしゃいますか!?」
「まさか。僕はいたって本気だよ。むしろ今まで僕の気持ちに全然気づいていなかった方が驚きだ」
「先ほどから話されている気持ちって、そういう……!?」
ジネットがあわててサラを見ると、彼女は鼻の穴を膨らませ、親指をぐっと立てて満足げな顔をしている。どうやら、サラは知っていたらしい。ジネットは困惑した。
「クラウス様はとてもお優しい方だから、婚約者の務めとして優しくしてくださっているとばかり……!」
本音を漏らすと、クラウスが笑う。
「もちろん、婚約者であれば最低限の優しさは見せていたと思う。けれどいくら婚約者だからと言って、好きでもない相手に二日に一回会いに来たりはしないよ。これでも抑えていた方だ。本当は毎日会いたかった」
「確かに少し回数が多いなあとは思っていたのですが、それだけまめまめしい方なのだと感心しておりました……」
「それに、直接的な言葉は言わなかったが、『今日もかわいいね』とか『きっと私たちは幸せな家庭を築けるよ』とか、会うたびに気持ちを伝えていたつもりだったのだが……。それも届いていなかったようだね」
「クラウス様はお優しいので、“りっぷさーびす”の一種なのかと……!」
「そうそう、毎回頭のてっぺんからつま先まで全部お揃いにしたり、僕の髪や瞳の色のドレスを着せているのは、他の男にアピールしたいからだよ。君は僕の婚約者なんだ、と」
「こ、婚約者として当たり前の身だしなみなのかと思っていました……」
そこまでやりとりをして、クラウスはにっこりと微笑んだ。
いつもの優しく穏やかな笑みではなく、よく見ると目だけが全然笑っていない。
「……本当に、全然伝わっていなかったんだね?」
「ご、ごめんなさい」
ジネットは小さな子供のように、がっくりと肩を落とした。
そんなジネットに、クラウスが首を振る。
「いや、はっきりと気持ちを言葉にしなかった僕が悪い。君を怖がらせないよう紳士に努めていたのがよくなかったみたいだ。これからは先ほども言った通り、全力で行こうと思う」
そう言うと、クラウスが今度は輝くような笑顔を浮かべた。そのまぶしさに、ジネットはまたもやウッと手で顔を覆う。
(全力で……!? 今までも十分優しくしてもらったはずなのだけれど、これ以上があるの!?)
ジネットは恐怖におののいた。
後ろでは侍女のサラが、両手の拳を思いっきり天に突き上げて喜んでいる。
「あの、どうぞお手柔らかに!? というか、この場合どうすればよいのでしょう……!?」
そもそもジネットは、クラウスに婚約破棄してもらおうと思ってやってきたのだ。
彼を解放してから生活基盤を整え、それから父を探そうと。
だが、早くも予定が狂ってしまった。なにせ当の本人が、婚約破棄どころか結婚して欲しいと言い出しているのだ。
ジネットの言葉にクラウスがにこりと微笑む。
「まず、君たちはこれからこの家に住むといい。異論は認めないよ。それから宿屋にある君たちの荷物も回収しよう。サラ、場所を教えてくれるね?」
「もちろんです! すぐにご案内いたしますね!」
嬉々としてサラが答えた。まるで、最初からこの展開を待ち望んでいたかのように。
「その後は結婚式……と言いたいところだけれど、まずはジネットの父君を見つけるのが先だ。ヴォルテール帝国なら、伝手をたどれば恐らく人探しのプロが見つかるだろう」
その言葉にジネットはパッと顔を輝かせた。
父の行方探しは、なるべく早く取り掛かりたいと思っていたこと。それに対して、クラウスにはどうやら既に頼れる伝手があるらしい。
「父を探してくれるのですか!」
「もちろんだ。ルセル卿は君の父親だが、僕にとっても大事な恩師。一刻も早く見つけたいと思っている。卿にはまだ全然恩返しもできていないんだ」
言いながら、クラウスがつらそうにぎゅっと眉間にしわを寄せる。――それは、彼が心から父の失踪を悲しんでいるのがわかる表情だった。
クラウスの姿に、思わずジネットの胸が熱くなる。
「そんな風に、父のことを考えていてくれたんですね……」
(お義母様やアリエルは、お父様が失踪しても全然悲しんではいなかったのに……)
父が行方不明になったと知った直後、ジネットは悲しみに涙をこぼした。
使用人たちも同じように父の失踪を悲しんでくれたものの、家族であるはずの義母とアリエルは、一粒の涙も見せなかった。
けれど婚約者であるクラウスは、心の底から父のことを悲しみ、同時に父の生存を信じて、一緒に歩き出そうとしてくれている。
じわ、と熱くなったのは目頭か、それとも胸だったか。
どちらにせよ、ジネットの胸に、父が行方不明になって初めてあたたかな感情が生まれた気がした。
そんなジネットを、クラウスがじっと見つめる。
「君は、このまま僕と婚約するのが嫌ではないんだね?」
「もちろん! クラウス様ほど素晴らしい方はおられませんから!」
「……僕の欲しい答えと少しずれているけれど、まあいい。これから僕のことを、本当の意味で好きにさせてみせるよ」
「本当の意味で好き……? 私は今も、クラウス様のことが好きですよ?」
ジネットがきょとんと答えると、クラウスはにっこり笑った。
「それは今後、意味がわかるようになるはずだよ。いや、わからせてみせる。悪いけれど、それまで何が何でも君のことを逃すつもりはないから、覚悟していて」
「は、はい……!?」
笑顔だが、その目は本気だ。
彼は普段とても紳士だが、一度やると決めたことは絶対にやり通すとも知っている。
後ろで大喜びするサラを見ながら、ジネットは「本当になぜこうなってしまったのかしら……?」とふたたび首をかしげた。