第105話 女性の味方!
ぶすりとしていたメルティア王女が、その言葉に目を丸くする。
「な……! なんで知っているの?」
――それは、クラウスが酔っぱらったジャキヤ侍医からあの手この手で聞き出した情報だった。
侍医いわく、
『確かに王女殿下は多少体が弱かったが、それ以上に当時の悪徳侍医のせいじゃ! 奴は「王女は大人になるまで生きられません。長生きしたければこの薬を飲んでください」とか言うて陛下たちをだましておった不届きものじゃ! だから今の体調不良は、ほぼ全部不摂生から来る『貧血』だと何度も言っているのに……! 国王陛下も王妃陛下も甘やかすせいで、あれじゃよくなる病も悪化する一方じゃわい! そもそも長年見てきましたが、王女殿下は病気ではないのですじゃーーーー!!!』
と叫んでいたらしい。
ジャキヤ侍医の話を聞いた時、ジネットはやっぱり、と思った。
そもそもジネットがメルティア王女の〝病弱〟に疑問を持ったのも、本人のはつらつとした声が原因だ。
王女は確かに立ち眩みを起こしてこそはいたものの、その声にも瞳にも確かな輝きがあり、生気が宿っていた。
クラウスの手紙から伝わってくる王女の様子も病弱とは言い難く、むしろ生命力にあふれてさえいる。
だからジネットは疑問に思ったのだ。
王女殿下の病とは、一体何? と。
(見た目だけではわからない病気もたくさんあるから決めつけるのはよくないことだけれど、ジャキヤ侍医が『ただの貧血じゃ!』と断言したことで確信を持ったの)
ちなみにジャキヤ侍医も貧血改善のために滋養強壮剤を作ったものの、その中身は豚レバーとほうれん草をすりつぶしていただけのものだっため、致命的に味がまずかった。
効能としては正しいものの、とてもじゃないが飲めたものではないだろう。
「なので今日は、マセウス商会の新商品として『貧血一日これ一本!』をご用意してきました!」
言いながら王宮の侍女服の下に仕込んだ、多機能エプロンの中から一本の瓶を取り出す。
「は、はぁ??? 貧血……何?」
ついていけていないメルティア王女が怪訝な顔をする。
それに対して、ジネットはバァン! と瓶を掲げながら生き生きと説明した。
「はい! こちらの『貧血一日これ一本』はですね、おいしく貧血改善をしていただくための滋養強壮剤でございまして! ただしそのお味は豚レバーではございません。なんと、甘くておいしいプルーン味なのです!!!」
「ぷ、ぷるーん……?」
「あっ、まずはそこからご説明しないとですね!」
言いながら、また多機能エプロンからごそごそと取り出す。
ジネットが手に持っていたのは、紫色の丸っこい果物と、瓶に入った大きなレーズンのようなものだ。
「私が左手に持っているのがプラム、そしてそれを乾燥させたものが、こちらの瓶に入ったプルーンでございます!」
まるで宝石を掲げるように、プルーンの入った瓶を天高く突き上げる。
「このプルーンという食べ物は不思議でして、なぜか乾燥させて水分を減らすとぎゅぎゅっと栄養が凝縮されるのです。その濃縮されたプルーンをさらにたくさん集めてすりおろし、水飴で味を調えたのがこの『貧血一日これ一本』なのですよ‼ 一日一本、毎日飲めばなんと貧血知らずになれるんです!」
「キャー素敵! 女性の味方だわ!」
すかさずわざとらしい合いの手を入れたのはサラだ。メルティア王女にじろりと睨まれて、サラはごほんと咳払いした。
「ちなみにこの飲み物は我が国ではまだ浸透していないだけで、他国では立派に貧血予防の品として流通しているのでご安心を! さぁメルティア王女殿下、騙されたと思ってぜひこちらをお飲みになってください!」
ずずいと迫るジネットに、それまで黙っていた侍女頭が怒り心頭といった様子で叫んだ。
「姫様がそんな怪しげなもの、口にするわけないでしょう!」
(ですよね!)
王族ともあろう人物が、こんな怪しげな飲み物に手を出すわけがない。
どうしたものか……と悩んでいると、クラウスがスッと進み出た。
「もし王女殿下が飲むというのなら、僕が手ずから飲ませてあげましょう」
「飲むわ」
「姫様!?」
即答した王女に、侍女頭が悲鳴を上げる。
「何を申し上げるのです!? そんな怪しい飲み物、決して口に入れてはいけません!」
「あら、心配ならあなたが毒見してちょうだいな。わたくしはクラウス様にあーんしてほしいんだもの。それに、もしこれで本当にわたくしの体が治るのなら、いいこと尽くめではなくって? きっとお父様とお母様も喜ぶわ」
「う……」
言われて、侍女頭は悩んでいるようだった。
「ね、お願い?」
メルティア王女が、とびきりの甘い声を出してねだる。
これには侍女頭も陥落したようだった。しぶしぶ、といった様子で認める。
「……わかりました! では初めに、私が毒見をさせていただきますよ! 遅延性の毒ということもありますからね、ここは最低三時間は様子を見てから――」
「大丈夫じゃよ、侍女頭殿」
そこに突然割って入ってきたのは、宮廷侍医ジャキヤだった。いつの間にか部屋にやってきていたらしい。
「わしが保証する。その飲み物はただの滋養強壮剤じゃ」
クラウスがジネットに小声で囁く。
「こんなこともあろうかと、ジャキヤ侍医を呼んでおいたんだ。彼に『貧血一日これ一本』のことを話したら、いたく興味を持ってね」
「そうだったのですね! さすがクラウス様、根回しが完璧です!」
ジネットが感心しているそばでは、侍女頭が『貧血一日これ一本』を少し手にとってぺろりと舐めていた。
そのままじっくりと舌の上で転がして、十分経った頃……。
「………………………………まぁ大丈夫そうです」
と渋い顔で許しを出したのだった。
「さぁクラウス様! 早く! 早くわたくしに飲ませて!」
「承知いたしました」
スッと進み出たクラウスが、侍女頭から瓶を受け取る。
彼はそれをメルティア王女のところまで持って行くと、そっと王女の顎に手を添えた。
「っ……」
妖精のように可憐な王女の頬が、かすかに朱に染まる。
並ぶふたりの姿はまるでおとぎ話に出てくる王子とお姫様のようで、見ている侍女たちからホゥ……と吐息が漏れた。
だというのに、なぜかジネットの胸はちくん、と痛んだ。
その不思議な痛みに、ジネットが首をひねる。
(? ……何かしら今の痛みは。もしかして仕込んでいたアレをきつく結びすぎた……?)
「クラウス様。これ、なんだか甘い匂いがするわ……」
「プルーンの匂いですよ。さぁ、ゆっくりと飲んでください」
言いながら、クラウスが瓶の口をメルティア王女の口に当て、ゆっくりと傾け始める。
「少しずつ、少しずつですよ」
クラウスの言葉に合わせて、こくこくと白く華奢な喉が動く。
初めは警戒のせいか眉間に皺が寄っていたメルティア王女だったが、飲み進めるうちに徐々に皺は消え失せ、気づけば誘導されるまま丸々一本を飲み切っていた。
「………………意外とおいしいのね?」
メルティア王女の言葉に、ジネットがパッと顔を輝かせる。
「そうでしょう!? この滋養強壮剤は貧血に効くだけではなく、弱った体そのものにも栄養を与える大変優秀な品なのです!」
「ふぅん。ジャキヤ侍医の滋養強壮剤は飲めたものじゃなかったけど、こっちは悪くないわね。……で、これを飲めばわたくしの体も治るってこと?」
聞かれて、ジネットはゆっくりと首を横に振った。
「その滋養強壮剤の効果は保証しますが……それだけでは足りません」
「何よ。じゃあ役立たずじゃない」
「違います!」
拳を握ったジネットがずずいと前に進み出た。
「そもそもですね! 病気かどうかとかの前に、メルティア王女殿下は圧倒的な、運動不足なのです!」
めっ…………ちゃくちゃにお久しぶりです……!!!(滝汗)
余裕がなさすぎてweb版の更新が鬼のように止まっていたのですが、さすがにまずすぎるのでお盆キャンペーンということで(?)完結まで一気に毎日投稿します!