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第103話 〝お姫様〟救出作戦

 数日後。


「――サラ、ついにこの時が来たわ」


 クラウスからの手紙を読みながら、ジネットが真剣な表情で言った。そばで控えていたサラも、真剣な表情で答える。


「ついに、ですか」

「ええ。クラウス様が、王女殿下の侍医から聞き出したそうよ」

「ならば、すぐに準備を始めますね!」

「うん! お願い」


 ジネットの言葉に、サラがすぐさま駆け出していく。


 ――この数日、ジネットはサラやキュリアクリスとともに、〝クラウス救出作戦〟を立てていた。そのために情報収集をし、クラウスと連絡を取り合い、準備をしてきた。

 そしてついに、クラウスが侍医の情報を手に入れたのだ。

 そこに書いてあることは、ジネットがかねてより予想していたこととほぼ一致していた。


(ならば用意したアレは、きっと役に立つはず……!)


 こんもりと小さな山を作っている品々を見ながら、ジネットはうなずく。


(私も、キュリアクリス様に連絡しなければ! 今こそ救出作戦の第一歩だもの!)


 小さくうなずくと、ジネットはキュリアクリス宛ての手紙をしたため始めた。



◆(クラウス視点)



「ティア様は、今日の歓迎パーティーには参加しなくてもよろしいのですか?」


 広々としたティーサロンのソファカウチ。いつも通り、そこにくったりともたれかかっているメルティア王女を見ながらクラウスは言った。


「先ほど入場した一団をちらりと見かけましたよ。聞けば、まもなくパーティーが始まる時間だとか」


 白の薄絹のドレスを纏った王女が、興味なさそうに答える。


「行かないわ。体がだるいもの。それに、わたくしはそういう催しには行かないこと、クラウス様も知っているでしょう?」

「念のため聞いてみただけです」


 そう言いながらも、クラウスはさらに続けた。


「でも、今日国王陛下に会いにいらっしゃるのはパキラ皇国の皇子だそうですよ。それはそれは麗しい美丈夫で、女性からの人気も高いのだとか。また、着ている緑のお召し物は伝統織で、大変見事だとか」


 その言葉に、メルティア王女がフッと鼻で笑う。


「あなたの魂胆はお見通しよクラウス様。その皇子とやらに会わせて、わたくしの気が変わらないか期待しているのでしょう? でも残念。わたくしは一度好きになったらとても一途なの。どんな美丈夫が現れても、興味ないわ」


 王女の言葉にクラウスは傾げた。


「以前から気になっていたのですが、そもそもどうしてそんなに僕のことを気に入ってくれたのです? 何も思い当たることがないのですが」

「何を言うの!」


 心外、と言わんばかりに、メルティア王女ががばりと体を起こした。


「銀糸の髪に、神秘的な菫色の瞳。憂いを帯びた表情は絵画に出てくる大天使のようで、それだけでも恋に落ちてしまうわ!」


 褒められて、クラウスは困ったように軽く微笑んだ。


「それに外見だけじゃないわ。あなたの優雅なたたずまいも、婚約者に対して誠実なところも、知れば知るほど全部素敵よ。あとわたくしのことを色目で見ないところもすばらしいわ。それに時々出てくる辛辣な言葉も、普段紳士的なあなたの本当の一面を見れた気がしてますます好きになったの!」

「なるほど……」


 クラウスは苦笑いした。

 どうやらきっぱりと突き放したのは、メルティア王女にとって逆効果だったらしい。


(まぁ、僕も見た目だけで寄ってくる人間にはうんざりしているからな……。特別扱いしない部分を気に入るのも、十分にわかる)


 考えながら思い出すのは、やっぱり婚約者のジネットのことだ。


(ジネットもそうだった。彼女ももちろん僕を褒めてくれたが、そこに他の人たちのような下心や、邪心が一切なくて新鮮だった)


 クラウスを前に、明らかにねばついた視線を送る者。そこまで行かなくとも、ふとした拍子に下心を覗かせる者は腐るほどいた。既婚者ですら秋波を送ってくるほどだ。

 その中で子供のように純粋な賞賛を送ってくれたのは、婚約者のジネットひとりだけ。


(ある意味、メルティア王女も僕と同じところに喜びを見出しているのかもしれないな……。とは言え、僕にとってはありがた迷惑でしかないが)


「話は戻りますが、パーティーに参加されないのはとても残念ですね。家庭教師として言わせてもらうならば、そのような社交の場はぜひとも勉強のため、ティア様に参加していただきたいのですが……。僕からのお願いでも駄目でしょうか?」


 クラウスが微笑みかけると、王女は一瞬ためらったようだった。

 だがすぐに、ジャキヤ侍医の滋養強壮剤を拒否した時のようにぷいと顔を背ける。


「い、嫌なものは嫌。クラウス様のお願いでも、それは聞けないわ。第一パパたちだってきっと反対するわ。パーティーなんかに出て、わたくしが倒れたら大変だもの」

「そうですか……。なら代わりと言ってはなんですが、パーティーの話を聞いて僕も久しぶりに気晴らしがしたくなりました。あとでピアノを貸していただいても?」

「ピアノ?」


 クラウスの言葉に、王女がぴくりと反応する。


「クラウス様がピアノを弾くということ?」

「ええ」

「いいわ! わたくしが許可する! その代わり、あとでじゃなくて今よ! わたくしも聞きたいから、この部屋で弾いて!」

「承知いたしました」

「誰か、すぐにピアノをこの部屋に運んできてちょうだい!」


 メルティア王女の声に、そばに控えていた侍女たちがあわてて部屋を飛び出していく。


(自分が部屋を移動するのではなく、ピアノの方に来てもらう発想になるのはさすがメルティア王女だな……予想通りだ)


 その後しばらくしてから、先ほどの侍女たちとともに、新たに増えた数人の侍女たちがピアノを運んできた。

 グランドピアノは大変重いため、人手が足りなかったのだろう。

 その中に混じっている赤毛を見つけて、クラウスはフッと微笑んだ。


「さぁ、来たわ! クラウス様は何を弾いてくださるの? とっても楽しみだわ」


 弾んだ声のメルティア王女にうながされて、クラウスがゆっくりとピアノに近づいて行く。

 気づいた侍女たちがススス……と後退する中、ひとりの侍女だけはうつむいてその場に立ったままだった。


「? あなた邪魔よ。お下がりなさい」


 メルティア王女にそう叱られても、その侍女は動こうとしない。


「ねぇ、聞こえているの?」


 イライラしはじめた王女が、もう一度言った時だった。


 クラウスがつかつかとその侍女に歩み寄ると、満面の笑みを浮かべてこう言ったのだ。


「ああ。本当に会いたかったよ、ジネット」

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