第101話 〝できないこと〟
「ならば、何か偉大なことをやってのけるのはどう? うちの主人のように、褒賞としてクラウス様をもらい受けるのよ」
パブロ公爵は、当初パキラ皇国に嫁ぐ予定だったクリスティーヌ夫人(当時は王女)をもらいうけるため、自身でパキラ皇国に出立した。
そして長年皇帝を困らせていた南の部族を制圧することで、褒賞としてクリスティーヌ夫人を妻に迎える権利を得たのだ。
「偉大なこと……つまり国王陛下、あるいはメルティア王女殿下の悩みを解決すればよいのですね?」
「そういうことね」
言って、ふたりはうーんと頭を捻らせた。
……だが残念ながら、五分たっても十分たっても、名案は浮かんできそうになかった。
力尽きたように、クリスティーヌ夫人がハァとため息をつく。
「だめ。わたくしが言い出しておいてなんだけれど、全然だめだわ。お兄様の悩みもティアの悩みも、全然思い浮かばない」
「この国も本当に平和ですしね……! しいて言うなら、メルティア王女殿下の婚姻そのものが悩みと言えば悩みな気がします」
「結局そこに戻ってきてしまうのよね!」
クリスティーヌ夫人がもどかしそうに言った。
「だとしたら、やっぱりティアの気を変えるしかないのかしら? クラウス様よりもっと素敵な男性を送り込んで、その方に心変わりしてもらう作戦とかはどう?」
夫人の提案に、ジネットがくっと唇を噛む。
「残念ながら、クラウス様より素敵な男性を知りません!」
「…………その発言、クラウス様が聞いていたらきっと大喜びだったでしょうね」
くすくすと笑われて、ジネットはきょとんとした。
「そうなのですか?」
「彼がこの場にいないのが本当に残念だわ」
帰ってきたら、あとで教えてあげなくつまりね、とクリスティーヌ夫人は笑った。
「そういえば、素敵な人と言ったらあの人はどう? クラウス様やあなたと仲のいい、パキラの彼」
すぐに誰か思い至ってジネットは言った。
「キュリアクリス様のことですか?」
実は、付き合いの深いクリスティーヌ夫人やパブロ公爵には、キュリアクリスの素性を明かしてある。夫妻は驚いていたが、それでも広い心でキュリアクリスのことを受け入れてくれていた。
「そう。だって彼なら見た目はもちろんのこと、生い立ちも完璧でしょう? なんていったってパキラ皇国の皇子だもの。ティアと身分の釣り合いもとれるわ」
「確かに一理あると思いますが……」
そこでジネットは言葉に詰まった。
気づいたクリスティーヌ夫人がこちらを見る。
「あまり気が進まない?」
「あの………………はい」
ジネットはためらいつつも白状した。
「普通の紹介であれば気にしないのですが、クラウス様を取り戻すためにキュリアクリス様に引き合わせるのは、その……まるで代わりとしてあてがっているみたいで……。メルティア王女殿下にもキュリアクリス様にも失礼な気がして」
それから急いで謝る。
「申し訳ありません! せっかくご提案いただいたのに、ケチをつけるようなこと!」
「いいのよ、ジネット」
クリスティーヌ夫人が優しく微笑む。
「むしろ、わたくしの方こそ無神経なことを言ってしまって悪かったわ。そうよね、人の心は駒のようにポンポンと利用していいものではないもの。わたくしも反省しなければいけないわ。お兄様たちと同じ過ちを犯すところだった」
それから夫人は続けた。
「それに、言っているうちに自分で気づいたのだけれど、どのみちキュリアクリス様ではだめだわ」
「そうなのですか?」
「ええ。だって彼はパキラ皇国の皇子。ということはもしティアが彼を気に入って結婚までいったとしても、ティアは後宮に入ることになるのよ? そんなのお兄様もお義姉様も絶対に許さないわ。あのふたりはきっと、ティアを手元に置いておきたいもの」
「そう考えると、やはりクラウス様は国王陛下たちにとって都合のいい人物なのですね」
クラウスはこの国の貴族。
ということはクラウスの元に嫁げば、メルティア王女は引き続きこの国に残ることができるのだ。
「そういう意味でも、お兄様たちはなにがなんでもクラウス様に心変わりしてほしいのでしょうね……」
「むむむ……!」
考えれば考えるほど、道はないように思える。
散々悩んだ末に、ジネットは言葉をしぼりだした。
「人がだめなら、物はどうでしょう?」
「物?」
「はい。恋愛よりも夢中になれるような心躍る物があれば、クラウス様のことを忘れてくれたりはしないでしょうか?」
「残念ながら、それは難しいわね」
眉間に皺を寄せたクリスティーヌ夫人がばっさりと切る。
「あの子は王女として散々甘やかされてきたのよ。食べたいものがあればどんなに高価なものでも取り寄せられてきたし、欲しいものがあればそれが海の果てにしかないものでもとりに行かせるでしょう。詩人も踊り子も大道芸人も、あの子が望めば全員王宮に召されるはずよ」
「確かにそうでした……」
ジネットたちもつい先日、劇団ごと王宮に召されたばかりだ。
「ならば逆に、メルティア王女殿下の〝できないこと〟を提案するのはどうでしょう!?」
「ティアにできないこと?」
「はい。たとえば……」
ジネットの言った言葉に、クリスティーヌ夫人は考え込んだ。