第100話 これは気になる話だわ!
思いがけず褒められて、ジネットが照れる。
そんなジネットの前で、クリスティーヌ夫人またティーカップを手に取った。
「といっても、わたくしも実は最近のティアは本当によく知らないのよ。小さい頃はとにかく病弱ですぐ熱を出していて、お兄様たちがずっとハラハラしていた記憶があるわ」
「噂では今もお体が弱いのだとか。何かはっきりした病名はついていらっしゃるのでしょうか?」
「さぁ、病名はついていたのかしら……。少なくともわたくしは、はっきりした病名を聞いたことはないわね」
「そうなんですね……」
聞きながら、ジネットは持ってきた手帳にメモをした。
「ただ、幼い頃は何歳まで生きられるかわからない、とまで言われていたそうよ。それでお兄様もお義姉様もずいぶん意気消沈していたのを覚えているわ。何せ年を経てから授かった、待望の女の子だったから」
(『何歳まで生きられるかわからない』というのは相当重い病気な気がするわ! この間お会いした時はそれほどまでには見えなかったけれど、目に見える病がすべてではないものね)
先日会ったメルティア王女は驚くほど華奢だったし顔色も少し悪かったけれど、反面、その声は生命力にあふれて力強く、はきはきとしていた。
声だけ聴けば、彼女が病弱だとは思わないほどだろう。
「その状態は、今も続いていらっしゃるのですよね?」
尋ねると、クリスティーヌ夫人が「うーん」と考え込む。
「前よりはよくなったとお兄様が話していた気がするわね。もう、何歳まで生きられるかわからないと気にする必要もないとも。……そういえば、ちょうどそのあたりの時期に、宮廷医師が変わっていたような覚えがあるわ」
(医師が変わった……? ということは、診断が変わった可能性も? これは気になる話だわ!)
ジネットはぐっと身を乗り出した。
「そのお医者様の名前は? その方は今も宮廷医師を?」
「さぁ……わたくしも嫁いでからずいぶん経っていたから、そこまではわからないわ。お役に立てなくてごめんなさい」
「いえ! むしろそのお話を聞けただけでも大収穫です!」
ジネットは急いで手帳に書き込んだ。
(医師に関しては盲点でした! 現在の宮廷医師が誰か気にしたことはありませんでしたが、国王夫妻や侍女の他にメルティア王女とよく会っている人物の中に、医師もきっと含まれるはず! どうにかして接近できないかしら……!)
ジネットがあれこれと手立てを考えていると、クリスティーヌ夫人が口を開いた。
「けれどジネット。ティアのことを知ったところで具体的にどうする気なの? 彼女はこの国の王女。それも国王夫妻に溺愛されている王女よ。あなたの敵はティア自身と、その後ろにいる国王夫妻ということになるんだもの。普通の恋のライバルとはわけが違うわ」
「確かに普通の手段は、通じない気がします。相手は王族ですから」
そもそもクラウスが再三「ジネットと結婚します」と伝えているにもかかわらず、それでも彼を軟禁するような相手なのだ。
クリスティーヌ夫人が言う。
「相手はこの国最高の権力者だものね。武力に訴える……ようなことはないにしても、その次となると、財力に訴えることになるのかしら?」
クリスティーヌ夫人が言っているのは、いわゆる買収だ。
過去にジネットの父・ルセル男爵がクラウスに対して婚約を打診した件もこれにあたる。
ギヴァルシュ伯爵家の借金を肩代わりするかわりに、クラウスはジネットの婚約者の座に収まったのだ。
そしてそれは、社交界では決して珍しいことではない。
持参金目当ての婚約や結婚のほか、莫大なお金を積むことで、元々あった婚約や結婚を白紙に戻すこともある。
考えていた夫人が、ふと思いついたように言った。
「そういえばあなた、ダイヤモンドの鉱山を持っていたわね? あれを国王に献上してはダメなのかしら? さすがのお兄様も、鉱山は無下にはできないと思うのだけれど」
「実は私もちらっと考えたのですが……難しいと思います」
「どうして?」
聞かれてジネットは説明した。
「あのダイヤモンド鉱山は、もともと私のお父様がヴォルテール帝国の皇帝より友情の証として賜ったものなんです。百歩譲って娘である私に譲ったのはいいとしても――もしかしたら許されないかもしれませんが――、この国の国王陛下に権利が移ったとなると……お父様と皇帝の友情に、ヒビが入ってしまうかもしれません」
そんなジネットの父は、今も帝国旅行の真っ最中だ。というより、皇帝にいたく気に入られてしまい、強制召喚されたという方が正しかった。
クリスティーヌ夫人が唸る。
「確かにそうね……。人から善意でもらったものを、また別の人にあげるのは色んな意味で危険だわ」
ジネットはうなずく。
「代わりにマセウス商会の目玉商品や、ルセル商会の目玉商品も権利を献上するからどうか、と国王陛下に打診してみたのですが……すべてお断りされました」
「そうなの?」
「国王陛下からの返事には、『お金でクラウスをあきらめたことが露呈したら、メルティアの信頼を失ってしまう』と書いてありました」
「まあ! そうなの? お兄様ったら、本当にティアに甘いのね……」
顎に手を当てて、クリスティーヌ夫人が再度考える。