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第99話 どうか教えていただけませんか

 ――クラウス奪還を決意してから数日後。


 ジネットは訪問したパブロ公爵のタウンハウスで、クリスティーヌ夫人と面会していた。


 夫人はゆったりとしたドレスを着てソファに腰かけ、その手には紅茶が入ったカップを持っている。紅茶からは甘い豊かな香りがただよっていた。


「いらっしゃいジネット。今日は折り入って相談があると言っていたけれど、一体どうしたの?」


 ジネットはぎゅっと眉間に皺を寄せると、真剣な瞳でクリスティーヌ夫人を見つめた。


「お話すれば長くなるのですが……クリスティーヌ様は姪御様でいらっしゃる、メルティア王女殿下とは最近お会いされていらっしゃいますか?」

「メルティアと?」


 予想外の名前だったのだろう。

 クリスティーヌ夫人が思い出すように天井を見た。


「そういえば、最後に会ったのはいつだったかしら……? あの子は親族の集まりにも滅多に来ないし、このタウンハウスに招待したこともあるのだけれど、断られてしまったのよね」 


 言って、夫人が不思議そうにジネットを見る。


「そのメルティア……ティアが一体どうしたの?」

「実は……メルティア王女殿下がクラウス様のことを気に入ってしまって、夫にしたいと言っているのです」

「えっ!?」


 クリスティーヌ夫人が珍しく大きな声を上げた。

 手に持っていたカップが揺れて中身がこぼれそうになったため、夫人があわててソーサーに置いている。


「一度はクラウス様がお断りしたのですが、国王陛下も乗り気なようで……。先日クラウス様が王命として王宮に呼ばれてから、家に帰してもらえなくなってしまい……」

「ええっ!?」


 目を丸くした夫人が、手で顔を抑える。


「ちょ、ちょっと待って。展開が急すぎてついていけないわ。そもそもなぜティアがクラウス様のことを知っていたの? あの子、社交界どころか自分の部屋からもほとんど出てこないのに」

「どうやら、先日のダイヤモンドの演劇でクラウス様のことを知ったようなのです」


 ジネットが説明すると、クリスティーヌ夫人は納得したようだった。


「ああ、なるほど……。ということはきっと、評判を聞きつけた侍女からメルティアの耳に入ったのね」


 言いながら、夫人が「うーん」と眉間に皺を寄せる。


「だからって、既に婚約者のいる男性に求婚するなんて、本当にあの子は……。小さい頃からわがままな子だったけれど、大人になってもちっとも変わらないのね」


 〝小さい頃〟。

 その単語に、ジネットは身を乗り出した。


「クリスティーヌ様。どうか教えていただけませんか。私はメルティア王女殿下がどんな方なのか、まったくといっていいほど知らないのです。クラウス様を取り戻すためにも、王女殿下のことをもっと知りたいのです!」


 そんなジネットを、クリスティーヌ夫人は驚いた様子で見ていた。


「それは別に構わないけれど……ジネット、あなた、クラウス様のことでそんなに必死になる子だったのね?」

「えっ」


 指摘されて、ジネットが目を丸くする。夫人はくすりと笑った。


「あなたが商売に対して情熱を燃やしているのは知っていたけれど、恋愛に対してはどこか疎いというか、ふわふわした感じだったでしょう?」

「ふ、ふわふわした感じ……」


 ジネットは体をすくめた。

 確かに、クリスティーヌ夫人の言っていることに思い当る節はある。

 ジネット自身、恋愛に対してどう反応していいかわからず、数年かけた末にようやくクラウスへの恋心を自覚できたほどなのだ。

 ふわふわ、と言われても仕方なかった。

 一方のクリスティーヌ夫人は、楽しそうに笑っている。


「ふふふ。クラウス様が一方的に追いかけている姿も楽しかったけれど、今の感じもとても素敵ね。わたくしも若い頃を思い出しちゃう。甘酸っぱくてきゅんきゅんするわ」

「きゅ、きゅんきゅん……?」


 ダラダラと汗を流しながら聞いていると、クリスティーヌ夫人が「いけない」と口を押さえた。


「今でも夫のことはとても愛しているのだけれど、付き合いが長くなってくるとそういうウブな感じというのかしら? が、どうしても薄れてきてしまうから、若者の恋バナを聞くのが楽しくなってきてしまうのよ。ウフフ」

「クリスティーヌ様が楽しいなら何よりです……?」

「ごめんなさい、話がそれちゃったわね。肝心のティアだけれど、あの子の何が知りたいの?」

「全部です!」


 ジネットはためらうことなく言った。


「生い立ちから、ご本人様の性格から、好みまで。何かひとつでもいいのです! そこからクラウス様を救出する術が思いつくかもしれませんので!」

「あらあら、クラウス様ったら、すっかり囚われの姫君じゃない。でもあなたが何もしなくとも、そのうち彼がひょいと帰ってくるような可能性はないの?」


 聞かれてジネットは眉を下げた。


「可能性はもちろんあります。おそらくクラウス様も、メルティア王女殿下に諦めてもらうために何か行動を起こしている気がします。でも……」

「でも?」


 ジネットはぎゅっと手を握って、力強く言った。


「ただじっと待つだけなんて、私にはできません!」


 ジネットの言葉に、クリスティーヌ夫人がふふと笑う。

 まるで、ジネットが最初からそう言うのをわかっていたようだった。


「そうよね。それでこそわたくしの知るジネットだわ。あなたは自らチャンスを掴みに行く女の子。そういうあなただからこそ、私も好きになったんだもの」

「あ、ありがとうございます……!」

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