第1話 私に家から出て行って欲しいようです
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その日、真っ赤な唇を歪ませながら、まだ年若く美しい義母は言った。
「ジネット、あなたこの家から出て行ってくれるかしら?」
ジネットの義母レイラは今日も高価なドレスに身を包み、美しく化粧をしている。
その顔は血色よくツヤツヤとしており、とてもじゃないが、彼女の夫が最近行方不明になったばかりだとは誰も思わないだろう。
それは隣に立つ義妹のアリエルも同じだった。彼女に至っては悲しむどころか、微笑みすら浮かべている。
ジネットは目を丸くした。
「……あの、お義母様。それは一体どういう意味でしょうか?」
ルセル男爵家の大黒柱である父が、事故で行方不明になって早一週間。
まだ生死の確認すら定かではないというのに、どうやら義母の中で父は既に死に、彼女がこの家の主になっているらしい。
ジネットの問いに、義母がはぁ、とわざとらしいため息をつく。
「あなたって本当に頭が悪いのね。意味も何も、少し考えればわかることでしょう? わたくしはまだ若くて将来有望なのに、あなたみたいな大きな娘がいたら困るのよ」
その言葉に、ジネットはチラ、と隣に立つアリエルを見た。
(アリエルは私とひとつしか違わないけれど、いいのかしら……?)
ジネットは今年十八。対してアリエルは今年十七。ほとんど違いはない。
けれど口には出さなかった。きっと義母は、わかった上で言っているのだ。
――すべてはジネットに嫌がらせするために。
昔から、ふたりに嫌われているのは知っていた。
義母はジネットが十歳の時にやってきた後妻で、アリエルはその連れ子。来た当初は仲良くなれるかと期待したのだが、残念ながら向こうは違ったらしい。
父がいる所では優しいものの、いなくなった途端態度が豹変。
父が不在がちなのをいいことに、ふたりはずっとジネットに嫌がらせをしてきた。
「あらぁ? ジネット、あなた少し太りすぎなのではなくって? このままじゃ豚って笑われてしまうわよ。今日は夕飯を抜きなさい」
と義母にけなされてジネットだけ食事が出ないことはしょっちゅう。
別の日にはアリエルから、
「まあ、お姉様! その格好、娼婦みたいね? 私たちの品性まで疑われてしまうから、今日は出席を控えてとお母様がおっしゃっていたわ」
とやっぱりけなされた挙句、ジネットだけお茶会に連れていってもらえないことしばしば。
さらに別の日には、義母が窓の縁を指でつつーと拭いながらこんなことを言った。
「まだほこりが残っているじゃない。ここはあなたの侍女の担当でしょう? 主人が無能だと侍女も無能なのねえ……代わりにあなたが責任もって掃除しなさいな」
手をあげられることはなかったものの、いじめと呼ぶには十分だったのだろう。
――だがジネットはめげなかった。全然めげなかった。
なぜなら、ジネットは幼い頃から父の口癖を聞いていたのだ。
『逆境こそ成長するチャンスだ』と。
その口癖はジネットにも移り、やがて義母たちに何か嫌がらせをされるたびに、ワクワクしながらこう思うようになった。
「これはお義母様たちが与えてくださった試練……つまり、ご褒美なのね!」
と。
そんなジネットの生き生きした態度が気に入らなかったのかもしれない。義母たちのいじめはさらに加速した。
気づくと使用人代わりにこき使われるのが当たり前になり、汚い言葉で脅されたり罵られるのも日常茶飯事。しまいには、ジネットの持ち物がつぎつぎと盗まれるように。
それでもジネットはめげなかった。
なのに。
(今になって私を追い出そうとするなんて……あっ! まさか!?)
そこまで考えて、ジネットはハッと手で口を押さえた。
(もしかして……これは新手のご褒美なのでは!?)
普通、父がいなくなった瞬間に継子を追い出すなどという血も涙もない行いはしない。
つまり、義母たちの行動には理由があるのだ。
(『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』ということわざがあるもの。きっと、お義母様もそれを狙っていらっしゃるのね! いえ、もしかして今まで嫌がらせだと思っていたものも、実は愛情の裏返しだったのかも……!? ああ、ふたりとも、気付かなかった私をお許しください!)
――ジネットはどこまでも鈍感だった。そして、恐ろしいほどに前向きだった。
口を押えて震えるジネットを、ふたりは悲しんでいると勘違いしたらしい。待っていましたとばかりに、アリエルが進み出る。
「大丈夫です、お姉様。心を入れ替えて誠心誠意尽くすと誓えば、お母様だってお姉様を放り出したりしませんわ」
輝く金髪に、美しい青い目。可憐な笑みを浮かべたアリエルが甘ったるい声で続ける。
「クラウス様との婚約は解消されますが、新しい婚約者をすぐ見つけてくれるはずです。ちょっとばかりお年を召した方になるかもしれないけれど、家を追い出されるよりはずっと、ね?」
その言葉に、義母が満足そうにうなずく。
クラウスとは、ジネットの長年の婚約者だ。
つまり彼女たちが言っているのは、『クラウスとの婚約は問答無用で解消するが、ジネットが忠誠を誓えば、年老いた貴族には嫁がせてくれる』ということらしい。
(なぜそんなまどろっこしいことを……ハッ! もしかしてこれも、私の背中を押すために!?)
新たな発見にジネットが震えていると、アリエルがぽっと頰を染めながら続けた。
「安心してください。今後はお姉様の代わりに、私が立派に社交界に咲いてみせますわ。内緒にしていたんですけれど、実は以前クラウス様にも、とても可愛いねと褒められたんです……」
(ああ、そういえばアリエルは、前からクラウス様がお好きだったものね!)
ジネットの婚約者であるクラウスは、社交界で名を知らぬものはいないほどの美男子。アリエルはそんな彼にひとめぼれし、ずっと彼の婚約者にしてほしいと父に訴えていたのだ。
ついでにジネットを蹴落とすため、社交界でせっせとジネットの悪口を吹聴していたのも知っている。
「さぁ、どうするジネット? どうしてもこの家に残りたいなら、まずは心を入れ替えてわたくしたちに忠誠を誓えるかしら?」
勝ち誇ったように義母が言う。アリエルもくすくすと笑っていた。
そんなふたりを見ながら、ジネットはしゃきっと背筋を伸ばして力強く答えた。
「いいえ、大丈夫です!」
「……え?」
思わぬ返答に、ふたりが目を丸くする。ジネットはにっこり微笑んだ。
「言われた通り、私はこの家を出ていこうと思います。お義母様たちもどうぞお元気で!」
(だって、それがお義母様たちのくれたご褒美だものね!)
はっきりきっぱりとジネットは答えた。元気が良すぎて、少しお行儀が悪かったかもしれないと思いながら。
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