死のラジオ放送
ベッドの側に置いてあるラジオからは10年ぐらい前の
バラードが流れている。アーティスト名も曲名も聞いたことはないが、ゆったりとした曲調にだんだん眠くなってくる。
その時、深夜1時を知らせるアラームが鳴って、少しだけ
覚醒した。自室に時計を置いていないので、スマホが時計
代わりになっている。
「やっぱこの時間サイコー」
時間帯も遅いし睡眠時間を削ってしまってはいるが、
誰にも邪魔されないこの時間が至福の時だった。
翌日の何気ない昼休み、クラスメートであり幼馴染の薫が
遠慮がちに尋ねてくる。
「ねぇ、真莉、確かラジオ聞くの好きだよね?」
「うん!どうしたの?」
「いや、最近噂になってるんだけどさ、
『死のラジオ放送』っていう……」
「あー」
聞いたことはある。
午前2時5分に80MHzのラジオ放送を聞いていると
突然雑音が流れ始めるらしい。それは10秒ほどで止まるが、
今度は怪しげなロボットのような声がし始めるという、
ここ2週間ぐらい前から急速に広まっている噂話だ。
「でも噂でしょ?どうせ誰かがイタズラで広めた
だけだって!」
「そう思いたいんだけどさ、ちょうど1週間ぐらい前かな、隣の高校にラジオ好きの男子がいたらしいんだけど、
ある日突然亡くなったんだって。
詳しいことはわからないけど、ラジオがつけっぱなし
だったらしいよ」
「え」
(最近じゃん……)
しかも隣の高校は私が通っている高校から2km以内にある。
まさかそんなに近くだとは思っていなかったので、
顔がひきつる。
「大丈夫だとは思うけど、真莉、気をつけてね?」
「う、うん……」
(時間とかしっかり見ておけば大丈夫だよね)
怖いとは思ったし返事もしたが、私はそこまで気に
止めなかった。
薫に忠告をされてから3日目の深夜。いつものようにラジオを聞いていると好きな曲がかかり始めた。
テンションが上がって熱中していた私はアラームが聞こえず、「その時間」が迫っていることに気がつかなかった。
いきなりラジオから雑音が流れて、気分が一気に冷める。
「いいところだったのに……。故障?」
顔を近づけて様子を確認してみるが、電源ランプは点灯しているし、特別おかしなところはない。
「電波の入りが悪い――」
『ミサナン、コンバンハ。
『デスチャンネル』ノ、ジカンデス』
雑音が止まったかと思うと、今度は変声機を使ったような不気味な声が流れ始める。
(『デスチャンネル』⁉絶対にヤバいヤツだ!
って今何時⁉)
急いで時計を見ると2時5分を指していた。
噂で聞いていた時間ピッタリで愕然とする。
「もうこんな時間に……」
『キョウハ、キイテクダサッテルカタガ、イルカハ、
ワカリマセンガ、タノシイ、ジカンヲ、オスゴシクダサイ』
「ヤバいヤバい!どうにかしなきゃ!」
慌てて選局ダイヤルを回したりFMからAMに切り替えたり
アンテナを動かしたりしても、声は雑音が入ることなく
流れ続ける。
『ラジオがつけっぱなしだったらしいよ』
薫の声が頭の中でよみがえった。
「このままじゃ私……」
ここからどう進むのかはわからないが、隣の高校の男子と同じ運命を辿ることになってしまう。
最終手段で電源プラグをコンセントから引き抜いた。
プツリと短い音がして室内が静かになる。
「こ、これで……」
『イッシュン、オトガ、ミダレマシタガ、マダマダ、
ホウソウハ、ツヅキマス』
「ど、どうなってるの⁉それに……」
一瞬音が乱れた、と言った。まるで私の行動に合わせたかのような発言だ。
戸惑っている間にもロボットのような声は続く。
『マズハ、イツモノヨウニ、ミナサマカラノ、
オタヨリヲ、ヨミアゲマス。
ラジオネーム「ジゴクノアクマ」サン。
「イツモ、コノホウソウヲ、タノシミニシテイマス」。
ヨク、オタヨリヲ、オクッテクレルカタ、デスネ。
アリガトウゴザイマス。
コレカラモ、ミナサマガ、タノシメルバングミヲ、
ツクッテイキマスノデ、オウエン、ヨロシク
オネガイシマス』
「なにこれ……」
状況についていけていないせいでうまく言葉が出てこない。機械のような声でなければ、ごく普通のラジオ放送だ。
『ツヅイテノ、オタヨリデス。ラジオネーム、
「キンダンノトビラ」サン。
「オトコノコガ、イノチゴイスル、ヨウスガ、
サイコウデシタ」。
ゼンカイノ、ホウソウデスネ。エエ、アレハ、
サイコウデシタ。ワタシモ、タノシカッタデス』
(男の子?前回の放送って……)
薫が言っていた隣校の男子。今、私が聞いてしまっている『デスチャンネル』が原因で命を落としたのは間違いない
ようだ。
「ヤバい……」
そうは言っても最終手段を使って効果がなかったため、
この放送を止めるスベがない。
しかし、少し考えて名案を思いついた。
「そっか!放送が止まらないなら私が部屋から出れば
いいんだ!」
私の部屋のドアに鍵はつけられていない。
以前、リラックスしている時にいきなり親から開けられることがあって、嫌で嫌で仕方がなかったのだが、こんな形で役に立つ日がくるとは思わなかった。
大急ぎでベッドから飛び降りてドアに向かい、レバーを
下げて押す。
ところが、外に重たい物でも置かれているかのように
ビクリとも動かない。
「な、なんでっ⁉」
ガチャガチャと留め金は動いているため、壊れているわけではなさそうだった。
『サテ、ソロソロ、ホンジツノ、ホウソウニ、
ウツリマショウ。
ラジオヲ、キイテクダサッテイル、ソコノ、アナタ!』
「え?」
(もしかして、私⁉)
ゆっくり振り返った。ベッドに置かれているラジオの
ボリュームがこころなしか大きくなっている気がする。
『ソウ。ソコノ、アナタデス。
サイショ二、キイテイルカタガ、イルカワカラナイ、
ト、イイマシタガ、ウソデス』
「は……?」
部屋から出ることも忘れてラジオに近づいた。
『トクシュナ、デンパデ、アナタノシュウヘンヲ
モニターニ、ウツシダシテイマス』
「い、今すぐ止めて!」
ラジオを掴みながら叫ぶと不気味な笑い声が流れる。
『ケッケッケッケッケッ。
デスチャンネル、ト、イッタデハ、アリマセンカ。
キイタジテンデ、アナタノ、シハ、カクテイ、シテイマス』
「そ、そんなことっ!」
『ドアヲ、アケテクダサイ』
今までとは違う少し力強い声だった。次の瞬間、私の体は操られたように再びドアに向かい、レバーに右手をかける。
「や、やだ……」
開けてはいけない。取り返しのつかないことになる。
頭や体は警告しているのに、右手だけは言うことをきいて
くれない。
そのまま体が前に傾く。あれほど開かなかったドアが
いとも簡単に開いた。
「あ……」
灯りもついていない真っ暗な廊下に、どこから侵入したのか身長2メートルは超えている細身の男が立っていた。ブキミな笑みを浮かべたピエロのお面を被っており、ヘッドマイクをつけている。
そして右手には白い光を放つ物。
(鉈⁉逃げなきゃ⁉)
しかし恐怖からなのか、まだ洗脳が解けていないから
なのか、私の体は動かなかった。
「フフフ、サヨウナラ」
固まっている私に向けて男は躊躇なく鉈を振り下ろした。
読んでくださってありがとうございました。




