祈りの乙女は祈らない
少女がベッドに寝そべりながら本を読んでいる。
14歳の少女にしては整然とした部屋に、ページを捲る音だけが響く。
「おめでとうございます!あなたが祈りの乙女に選ばれました!」
何の前触れもなく、目を開けていられない程の眩い光が辺りに充満し、場違いな声が響き渡るまでは。
少女の目の前には、人型の物体が浮かんでいる。
「私、疲れているのかしら」
少女は訝しげに浮遊物体を観察した。
「初めまして。創造主があなたを祈りの乙女に選んだので、挨拶に伺いました」
浮遊物体はキラキラした目でこちらを窺っている。
「祈りの乙女?」
少女は体を起こし、何の感情も映さない瞳で、創造主の使いの観察を続ける。
「そうです。能力適正は勿論、性格も考慮された結果、あなたが祈りの乙女に選ばれました」
何故か創造主の使いが得意気に胸を張った。
「適正?は分からないけど性格はありえないわ。他人のために尽くせるような性格では無いもの」
少女は驚いたように少し目を見開いた。
「他人に尽くせる性格では無いからこそ、選ばれたのです」
「話がみえないわね。他人に尽くせないのに出来るとは思えないけど」
少女は少し考えるように黙り込む。
「それを説明するには、祈りの乙女の役割を説明する必要がありますね。
この世界の人間は、権力者に都合のいいように洗脳されているのです。
自力で洗脳に気付ける人間は極僅か。気付くきっかけを作り出すのが祈りなのです」
創造主の使いはこちらを見通すような目を向けた。
「洗脳...どうしても外出したくなくて。一生ひきこもって本を読んで生活するのが夢なのだけど」
少女は思い当たることがあったのか、考え込む。
「それが普通なのです。自分を削り、他人を救うのが美しい、
皆と違うことが恐ろしい、
自分を卑下することが美しい、努力を続けなければ価値が無い、
挙げればキリが無いですが、
無意識にそう思っている人は多いですね」
創造主の使いは少女をみつめた。
「教育施設で皆同じ服装で同じ行動を強いられるのは洗脳だったのね」
少女は納得したように呟いた。
「そのとおりです。私の見込み通りあなたはあなた自身を失っていない」
創造主の使いはとても嬉しそうに笑みを浮かべた。
「自分を失う?それってどういう...っ!!」
少女は不思議そうにしていたが、何かに気付いたように顔を強張らせた。
「貴方の思った通り、子供時代は学校、
大人になれば、労働力にならなければ生きられない環境を作り、
皆と同じであることが正しい、という価値観を植え付け、
人間に思考させる暇を与えず、
自分の意見を持つことを悪いことだと思わせて労働力として使っているのです」
「私、祈りの乙女にはなれないわ」
少女は毅然とした態度で創造主の使いをみた。
「あなたならそう言うだろうと思っていました」
創造主の使いは大して驚いた様子もなく平然と言い放った。
「どういうつもりかしら?」
少女は張り付けたような笑みを浮かべた。
「警戒しないでください。無理強いなんてしませんよ。
私はあなたを気に入っているんです」
創造主の使いは我が子をみるような優しい笑顔で言った。
「祈りの乙女になったら、危険もありますよね?
家族を悲しませることはしたくないし、この世界に救う価値がありますか?」
少女は不安げに瞳を揺らして創造主の使いをみた。
「創造主は世界を救いたかったわけでは無い。
全てが愛しい我が子だから成り行きを見守っているだけなんだ。
私の使命も選択肢を与えて見届けることだから、あなたが不安になることはない」
「私は頑張りたくないんです。何もしたくない、もう疲れました」
少女は全てを諦めたような、虚ろな瞳でそう言った。
「何もしなくていいんだ。我が子がいるだけでこんなにも満ち足りるのだから」
この世の全てが愛しいような、慈愛に満ちた笑みで少女を抱きしめた。