肉食系彼女。 お肉大好き彼女への接し方(恋愛グルメ)
俺の名前は、田中エイタ。二十七歳。ごく普通の会社員だ。
ある日のお昼過ぎ。
取引先から会社に戻る途中の出来事。
某高級焼き肉店の前を歩いていると、長い行列ができていた。
普段は、高級過ぎて入れないが、ランチタイムだけの焼き肉セットは八百円と格安で有名だった。
何気なく行列を眺めていると、同じ職場の女性が並んでいた。
あまり話をしたことは無かったが、名前は大上リョウコ。確か二十三歳。
社内でも一二を争う美人社員である。
スレンダーなのに、おっぱいが大きい。
EまたはFカップはありそうだ。
顔立ちはクールな美人顔で、近寄り難いミステリアスな美しさがある。
腰まである黒髪はさらさらのストレートで、近くを通るときはいつも良い香りがした。
そして、スレンダーなのに、おっぱいが大きい。
偶然、目が合った。
嬉しそうに手を振られた。
「田中さん。お昼まだですよね?一緒に焼き肉ランチはどうですか?」
意外と人懐っこい笑顔で誘われた。
ランチ時に『誰かが先に来て並ぶ』という行為はよくあることなので、彼女の後ろに並んでいた男性にすみませんと言って入れてもらった。
「おひとり様は寂しかったの。田中さんが来てくれてよかった」
美人にそう言われては、悪い気はしない。
「田中さんは、お肉好き?私、ランチの焼き肉セットも良いけど普通のお肉も食べたいなぁ……」
「あっ、はい。良いですね」
俺に奢れ。と言う事か?
若干、警戒をしつつ頷いた。
「よかった。一緒にお肉食べましょう。割り勘、で良いですよね?」
「割り勘!?もちろん大丈夫だよ」
この店のお肉はちょっと高いが、たまには贅沢をしても良いだろう。
こんな美人と仲良くなれるチャンスなのだ。
むしろ、奢れと言わないだけ、良識のある女性だと、その時はそう思った。
「店員さん。黒毛和牛の厚切り牛タン五人前下さい」
彼女は、席に座るなりそう言った。
一皿三千円の牛タンである。
現在、某中国に買い占められて価格上昇中の希少部位、牛タン。
それも、黒毛和牛が良心的なこのお値段。
「大上さん、牛タンを五皿も頼むの?」
「あっ、私ばっかりごめんなさい。田中さんも、牛タン五人前頼む?」
一人で五人前食べる気か!?
俺は戦慄した。
「いや俺は……ランチの焼き肉セット価格八百円の気分だったんだ。遠慮しないで大上さんは好きなものを頼んでよ」
「田中さんは意外と小食なのね。店員さん、私も焼き肉セットをお願いします」
「ライスの量はいかかがしますか?大盛り無料ですよ」
「大盛りでお願いします」
俺は、店員さんに即答した。
「私は、ライス半分でお願いしますね」
ライス大盛り無料なのに半分なのか。
やはり、大上さんは女性らしいところがあるんだなぁ。
ほっこりと、そう思ったのは束の間――。
「それから、プレミアム和牛ロース肉を五人前」
「ちょっと待って!なぜ、ライスを半分にしたの!?」
プレミアム和牛ロース肉。一皿二千円である。
「私、お米を食べるとお肉が入らなくなるの」
スレンダーなお腹に手を当てて、大上さんは頬を赤らめた。
「これ、割り勘なんだよね……」
小市民の俺は、注文したお肉が届く前に胃が痛くなってきた。
牛タンとロース肉が山盛りで届けられた。
薔薇色の牛肉を熱々の鉄板の上に置くと、肉表面の水分が蒸発する音が聞こえた。
すぐに牛肉の油脂が焦げる香ばしいかおりが漂ってきて食欲を誘った。
現在、目の前の鉄板は、ほぼすべてが牛肉で覆われている。
野菜は無い。
なお、鉄板の専有面積比率は、大上さんの注文したお肉が約九割を占めている。
大上さんは、ほんのりと赤色の残る厚切り牛タンを金属製のトングで掴むと、自分の小皿に素早く置いた。
八つ切りカットされたレモンを軽く絞って振りかけて、牛タンの熱が逃げる前に小さく女性らしい口で頬張った。
大上さんは、幸せそうに目を細めつつ、空いた鉄板に牛肉を追加し、返す手で食べ頃に焼けたロース肉を小皿に取った。
「田中さん、お肉美味しいですね」
そう言って、空いた鉄板に牛肉を置いた。
「実は、私お肉大好きなんです」
そんな事、俺はもうとっくに気が付いている。
むしろ、今さらそんな告白をされて戸惑っている俺がいる。
「田中さん、お肉焼けましたよ」
俺の小皿にも厚切り牛タンを置いてくれた。
「大上さんは、いつもこの量を?」
「いえ、今日はランチの焼き肉セットにしようと思っていたのですが、田中さんと一緒だと思うとつい嬉しくなってしまって……私、食べ過ぎかな?」
そう言って、頬を赤らめた。
俺の胸がちょっとだけ、きゅんと苦しくなった。
良く考えると、社内で一二を争う美女が俺と一緒に、美味しそうにお食事をしてくれるのだ。
多少の出費くらい我慢できる……ような気がしてきた。
「そんなに美味しそうに食べてくれたら俺も楽しいよ」
「本当ですか?あの、田中さん……」
「なんですか?」
「和牛ハラミ肉五人前、追加しても良いかしら」
「すみません。マジ勘弁してください」
俺は、全力で頭を下げた。
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リザルト
黒毛和牛の厚切り牛タン 三千円x五
ランチ焼き肉セット 八百円x二
プレミアム和牛ロース肉 二千円x五
和牛ハラミ肉 一千円x二
合 計 二万八千六百円+税
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会計後、二人揃って会社に戻った。
「田中さん、また今度一緒にお食事に行きませんか?私、良いお店を知っているんですよ」
俺より背の低い大上さんは、そう言って俺を見上げた。
「いや、ちょっと急に予定が入ってしまうような気がして、先の事はわからないですね」
「一人だと心細くて、一緒に来てくれるだけでいいのです」
「いや無理ですって。なぜか急に今月の生活が厳しくなりましてですね」
「ふふっ、今度は私が奢りますよ」
「マジで!?……本当に一緒に行くだけ、ですよ。今月、もう俺お金無いですよ」
大上さんは、ほっと安心したように微笑んだ。
「良かった。私、田中さんに嫌われたらどうしようと思って。でも、会社の皆さんには内緒ですからね。しゃべったらダメですよ。約束ですよ」
数日後の金曜日の夜。
俺は、大上さんと一緒に夜の街を歩いていた。
電機店の店頭に展示されたテレビでは、ある事件が報道されていた。
「――殺人事件が発生しました。被害者は成人男性。『野犬に齧られたような痕跡が複数認められ、遺体の損傷が非常に激しい』という特徴から、先日から話題の連続猟奇殺人事件として現在警察では身元の特定を急いでいます。次のニュースです――」
「この殺人事件って、うちの会社の近所だよな」
この連続殺人事件の被害者達は全身の肉を食われている。
それは、SNSに匿名であげられた写真によって、公然の事実だった。
「本当に怖い事件だわ」
「大上さん、そう言えば昨夜は連絡が繋がらなかったけど、どこにいたんだい?」
「あら、私の心配をしてくれるの?」
「あぁ、女性の一人歩きは危ないよ」
「私、昨日は疲れたので早めに寝ましたの」
そう言って、大上さんは笑った。
だが俺は、昨夜会社近くの公園で大上さんのうしろ姿を目撃している。
大上さんには、何か秘密がある。
今夜、俺は彼女の秘密を知ることができるだろうか?
その夜。俺は大上さんと一緒に『焼き肉食べ放題』のお店を訪れていた。
「このお店はいつも予約がいっぱいで、今夜ようやく席が取れたの」
そう言って、大上さんは満面の笑みを浮かべた。
「約束どおり、私のおごりよ。時間内にいっぱい食べてね」
「まぁ、食い放題だしね。食べなきゃ勿体ないよな」
「ふふっ、田中さんが一緒に来てくれて良かった」
そう言って、大上さんは鉄板に牛肉を並べた。
すぐに牛肉の脂が焼ける香りが漂ってくる。
「俺、新しい牛肉持ってこようか?」
「そんな悪いわ。牛タンがあったらあるだけ持ってきてね」
「いや、そんな非道な事はできないよ」
とりあえず、一皿に牛タンを山盛りで取ってきた。
「大上さん、今夜はどうして俺を誘ったの?」
「えっ、田中さんお肉大好きでしょ」
「えっ?」
「このあいだ、某高級焼き肉店のランチタイムに来てたじゃないですか?」
あの日は、たまたま通りがかっただけなのだが。
「田中さんは、取引先の帰りには毎回焼き肉ランチしているんですよね。本当に羨ましいです」
「ちょっと待って。俺はいつもは寄ってないよ」
「そうなんですか?私なら毎日通っても良いのですが、ちょっと会社から遠くてお昼休み時間内に帰ってこられないじゃないですか」
「そうだな、ちょっと遠いな」
「あの日は、たまたま外出の用事があってようやく行列に並んだんですよ」
「なるほど、それで?」
「そしたら、田中さんが『今すぐに焼き肉を食べたい』って顔で私を見るから声をかけてあげたんですよ」
「うん、わかった」
この子、お肉が大好き過ぎて『自分の好きなものは他人も好き』と思い込んでいるやつだ。
「な、なんですか?その目は?」
「昨夜、会社近くの公園で何をしていた?」
大上さんの顔色がさっと青ざめた。
「み、見ました?」
「あぁ、見てた」
本当は、見ていないが自信満々に笑ってみた。
「会社には、あのアルバイトのことは内緒にしてください」
そう言って、大上さんは、お肉を食べる手を止めて頭を下げた。
アルバイト?なんのことだ?
「大上さんがあんな、いかがわしいお店で働いていたなんて」
「あのバーは、いかがわしくなんて無いですよ!」
「あのバー?」
「あのお店は、昔の知り合いがやっていて、どうしてもって言うから――」
「なんだ、そんな事か」
ついに堪えきれずに俺はふき出して笑った。
「あっ、田中さんひどい!見たって話は嘘ですね!」
「どうかな?でも、女性の一人歩きは危ないよ。俺は、大上さんの事が心配なんだ」
そう言って、大上さんの目をじっと見つめた。
「そ、そんな事ではごまかせませんよ。この焼き過ぎたお肉は全部田中さんが食べてくださいねっ!」
大上さんは、鉄板のお肉を俺の小皿に山盛りに盛った。
「このお肉は私のおごりです」
「いや、今日は食べ放題だろ」
そう言って、俺たちは笑った。
だんだん、大上さんの接し方がわかってきた。
「明日、二人で紅葉を見に行かないか?昼はキャンプサイトでBBQセットを借りてお肉を焼こう」
「はい、行きます!」
大上さんは、即答だった。
「本当に田中さんはお肉大好きですね」
大上さんはご機嫌だった。
おかげで俺もちょっと調子に乗ってしまった。
「そうだな。でも、最近はお肉よりも大上さんの方が好きになってきたかな?」
「えっ、えぇっ!?」
大上さんの顔が真っ赤になった。
「お肉より好きなんて、これはもうプロポーズも同然……」
「ちょっと待って。そこまで好きとは言ってないよ!?」
その後、なぜか俺たちは正式にお付き合いすることになった。
焼き肉食べたい