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最終話 卒業――白鳥の舞い


 秋の合唱祭。

 (そう)くんと2人だけで披露した自由曲では、ピアノが舞台の中央に設置された。

 ピアノが真ん中なんて、初めてだった。


「合唱の伴奏は責任重大なのに、弾き手の顔がお客さんには見えにくいのよね。()(づき)さんには毎年伴奏を頑張ってもらったのだから、最後くらいは舞台の真ん中にきてもらいましょう」


 という、担任の先生の心遣いだった。


 わたしは初めて、伴奏しながら女声コーラスに挑戦。

 万全な練習で臨んだので、心ゆくまで楽しめた。

 

 颯くんはピアノの前で自信たっぷりに歌い上げ、


「スポットライト浴びちゃった」


 と嬉しそうだった。

 陸上の表彰台とは、また違った喜びだったのかも。


 ◇ ◆ ◇


 わたしの進学先は、決まった。

 父母に内緒で颯くんと同じ高校の音楽科を受験して、合格したのだ。


 受験科目にあったピアノの実技は音楽室で特訓した。

 音楽の基礎的な知識は、知らず知らずのうちに瑠璃に教えてもらっていたから、ネットを見たりしながら独学でなんとか努力できた。


 瑠璃には感謝してもしきれない。

 それを伝えたくても、瑠璃にはどうしても会えなかった。


 音楽室へ行くときは、いつも颯くんが付き添ってくれた。

 たぶんボディーガードか何かのつもりでいるんだろう。

 ありがたくはあるんだけど……。

 でも、瑠璃がわたしをあの世へ〝連れていく〟なんてことは、ありえないと思っている。


 だって、瑠璃がわたしに教えてくれたことっていうのは、同じなんだから。

 颯くんが陸上で、いろんな大人たちに教えてもらったことと。


 ピアノが大好きなわたしが、近い将来、必要になるであろう知識や技術。

 それらをまだ小さなうちから、自然と身に付けさせてくれたのだから。


 瑠璃はわたしの恩師であり、最高のピアノ仲間であり、ともに育った親友。

 だから、確信している。

 彼女はわたしの命を奪ったりしない。

 未来を、今後の人生をきっと、祝福してくれるって。


 ◇ ◆ ◇


 一方、それまで隣市の普通高校に進学すると思っていた父母は、仰天した。

 県外の高校なんて、親戚でもいなければ寮に入るしかない。


「そんな大変なことを、ひとりで勝手に決めて!」


 一人暮らしには大反対された。


「そりゃあ颯くんはいいさ。将来オリンピックに出るかもしれない、地元期待の星だもの。おまえみたいな子は普通に進学した方がいいんだよ」


 父母の言うことは、もっともだ。

 ぐうの音も出ない。


 でも村の世間は狭いもので、颯くんが沿道をランニング中に、買い物帰りのわたしの両親とバッタリ会うこともある。


 そんなとき、颯くんは必ず挨拶してくれて、


「ゆずちゃんは、とても頑張り屋なんです」


 とか、


「たったひとりで特殊な学科の試験を受けて合格したんです。これは、とても大変なことなんですよ。だから、ゆずちゃんを信じてあげてください」


 って、言ってくれたみたい。


 颯くんはいつも、わたしが頑張っているところを、ちゃんと見てくれている。

 陸上の個人競技で、いつもプレッシャーの中で努力している人だからだろうか。


 わたしは今まで、親に褒めてもらった記憶がない。

 だから人に認めてもらったりすると照れてしまう。


 颯くんが見てくれていると、これでいいんだ、もっと頑張ろうという気持ちになる。

 そんな子と仲良くなれて、とても幸せだ。


 本音を言うと、両親と離れて都会に近いところで暮らすのだと思うと、不安になるときもある。

 でも、颯くんが一緒の学校にいてくれると思うと安心できた。


 颯くんとは同じ高校へ通うけれど、寮は一緒じゃない。

 音楽科の寮にはピアノをはじめいろんな楽器があり、自由な雰囲気だ。


 打って変わって颯くんは、陸上の特待生。

 陸上部の寮で、起床から就寝までのスケジュールを、監督やコーチに厳しく管理される。


 あいさつ、礼儀、身だしなみ、時間の厳守。

 基本的な生活態度を、徹底的に叩き込まれるらしい。


「生活態度って、陸上に関係あるの?」


 って聞いたら、


「普段の生活態度が、勝敗を分ける1秒を左右するんだって」


 と颯くんは答えた。

 

「厳しいねえ。遊ぶ暇もなさそうだね」

「全くないことはないだろうし、それはゆずも同じだろ。ピアノを真剣にやるんだったら、お互い頑張らないとな」

「颯くんも、もう忘れ物できないねぇ」

「本番当日に忘れ物なんかしたら、もう敗けてるよ」


 そんな厳しい取り組みの姿勢を、会うたびごとに両親に説明してくれたので、「実績のある子がそこまで言うなら」と、だんだん納得してくれるようになった。

 最後は母も、


「颯くんが同じ高校なら安心だわ。ゆずのこと、お願いねえ。この子、頼りないから心配なのよ」


 と頼み込むまでになっていた。


 わたしは今まで、閉じた世界でピアノばかり弾いていた。

 でも颯くんと話すようになってから、将来へ向かう人生の扉が、明るく開いたような気がする。


 でも、閉じていた瑠璃との世界を否定するわけじゃない。

 わたしの音楽は、あの穏やかで温かな音楽室で醸成されたものだ。


 彼女のことは誰にも打ち明けられずにいた。

 たとえ颯くんにも。


 ◇ ◆ ◇


 卒業式。

 9年前に入学式をした体育館で、わたしと颯くんは旅立ちの日を迎えた。


 初めて出会ったあの日、グランドピアノの陰にいた青いドレス姿の瑠璃。

 今思えば、生前のピアノ発表会の衣装だったのだろうか……。


 きょう、壇上の同じピアノで最後の校歌を伴奏するのは、わたし。

 颯くんが、先生や保護者たちへ感謝の思いを込めて、校歌と、合唱祭の曲を披露する。


 そのとき、誰かがすっと舞台の袖から出てきた。

 その人は白くまばゆい空気をまとい、わたしと颯くんに向かって立つ。


 それは髪を小さく結った、白鳥のようなバレリーナ姿の瑠璃だった。


 肩甲骨から細く長い両腕、手首までを翼のようにしならせ、爪先立って片足を引く。

 すっと美しいバレエのポーズ。


「ゆず、久しぶり」


 気軽で屈託のない笑顔。

 まさか会えるとは思っていなかった。

 今まで、どこにいたの……?


「卒業おめでとう。ゆず、颯くん」


 わたしは息を呑んだが、誰も、颯くんでさえ瑠璃に気付かない。


「じつは私、バレエも得意なの。ピアノだけじゃないってところを、最後に見せてあげちゃう」


 弾き始めると、瑠璃はピアノと颯くんの歌に合わせ、しなやかに首筋を伸ばし、気品ある姿勢で舞った。


「ゆず、ゆず。あなたは私の大切な教え子」


 囁きが聞こえる。


「あなたに教えたことはすべて、私を育んでくれた、たくさんの人たちから授かったものよ。その目に見えない授かりものをどう活かすか、誰にどう繋いでいくかは、あなた次第」


 ――ああ、わかった。

 瑠璃はきっと今も、あの音楽室で待っているのだ。


 自分の姿を見ることができる、新しい教え子が訪れる日を。

 9年前のわたしのように、誰かが音楽室の扉を開く日を。


「すてきな人生を切り開いていってね。いつまでも見守っているから」


 それは瑠璃からわたしたちへの、別れと(はなむけ)のメッセージだった。


  ―fin―


挿絵(By みてみん)


あとがき


 このたびは素晴らしい企画に参加させていただきましたこと、主催者の仙道アリマサ様をはじめ皆々様に感謝を申し上げます。


 この物語は楽曲を何度も聴きながら自分なりに想像したもので、楽曲の展開がなければ、物語の設定や展開は全く存在しなかったものです。


 中盤、一番楽曲が盛り上がるスケールの大きな部分については、主人公の年齢より少し大人っぽい視点や、世代を超えて受け継がれていく気持ちを表現することが相応しいように思い、第4話あたりを書いたものです。


 (クラシック音楽に関しては全くの門外漢なので、音楽科への進学云々は想像で書いてしまいました)



 仙道様の楽曲からこのような場面を想像しましたことを、参考までに記します。


「少女の成長、未来への希望、切ない別れ」

「世代を超えて受け継がれていく思い」


①ピアノから始まる冒頭の部分……小学校に入学した主人公の少女が、可憐なピアノの妖精と出会う場面。

②多様な楽器が入って徐々に高まっていく部分……主人公がピアノを好きになり、妖精と一緒に音楽と戯れている場面。

③楽曲が展開し盛り上がる壮大な部分……同級生の少年が傑出したランナーに成長し、ゴールテープを切る場面。そして彼との出会いにより、閉ざされていた主人公の未来への展望が開かれてゆく場面。大人の視点が入る場面。

④楽器演奏の部分……妖精を失った主人公の心が、音楽室から出て現実を見つめ、成長していく場面。

⑤楽曲最後のピアノ演奏の部分……バレリーナ姿の妖精が、主人公たちの卒業と門出を祝して踊る場面。


 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラストシーンで瑠璃の人生のバトンが受け継がれたのだなと、心に染みました。 悲劇に襲われ環境に恵まれず生を終えた瑠璃が、行きたい未来を進めない同じような境遇のゆずを、変えるという構図が素晴ら…
[良い点] とても素敵でした。 環境の大切さをわかる部分とか中学生視点でみたら少し大人の会話でしたが、逆に大人視点で楽しいと感じました。 [一言] 読ませて頂き、ありがとうございました。
[良い点] 悲しさとあたたかさが、曲の雰囲気と重なってました。 どなたかも感想で書かれてましたが、児童文学のようなさわやかさを感じました。昔読んでいた森絵都さんとかを思い出しました。 ピュアなスト…
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