表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5話 音楽室の怪談

 ◇ ◆ ◇


 次の日から颯くんは、8月中旬の全国大会に出るため、調整に余念がなかった。

 それでも音楽室へ行きたいと言うと、休憩がてら一緒に付いてきてくれた。


 音楽室はしんと静まり返って、知らない教室のようだ。

 瑠璃の姿はない。

 今までなら、彼女はピアノを弾きながら、ニコニコしてわたしを待っていたのに。


「どうしてひとりで入っちゃダメなの」


 何度聞いても、はぐらかして答えてくれない。


「学校の七不思議ってあるだろ。トイレの花子さんとか。……ウチの学校の場合はさ、この音楽室の……」

「そんなの本気で信じてるなんて、颯くんらしくないよ」


 昨日はあんなに大人っぽいことを言っていたのに。

 急に幽霊が怖いだとか、小さな子みたいなことを言う。


「颯くんは、ここで幽霊を見たことがあるっていうの?」

「いや。ないけど」

「なんだか見損なったよ。きのうは少し尊敬したのに」

「俺は本気で心配しているんだよ」

「だっていい年して幽霊の心配なんて、おかしいでしょ」

「ゆずだけだよ、知らないのは。みんな知ってることなのに」


 颯くんは少し本気になって言い返してきた。


「ゆずは、死んだピアノの持ち主に取り憑かれているんだ。小さい頃から、みんなが噂していたんだよ。ひとりで音楽室に籠って、おかしな子だって」


 びっくりした。

 そんな噂が耳に入ったのは初めてだった。


「ゆずは友だちがいないから、陰で何を言われてるか知らないんだ」

「ひどいこと言わないで!」


 友だちがいないから、と断言されたのはショックだった。

 わたしにはね、ちゃんといたんだよ。

 瑠璃という親友が。


「俺だって最初は七不思議なんて信じていなかったよ。だけど……」


 颯くんは少し言いよどんだ後、続けた。


「このピアノの持ち主、ずっと昔、中3の夏休みに亡くなってるんだ」


 中3の夏休み。

 わたしたちにとって、それは今だ。

 小1のときから一緒に成長してきて、おととい、急に消えてしまった瑠璃。


「……それって、学校の怪談とかで、そういう言い伝えがあるっていうことだけでしょ」

「そう。単なる作り話だと思うだろう。だけど、そうじゃないんだ」

「事実だって信じてるの?」

「言ったよね、俺、県内のいろんな学校で陸上やってる子と友達だって。あと、いろんな学校の陸上の先生とも知り合いだ。それで何年か前の、夏合宿の夜に聞いた話なんだけど……」


 25年前、ある資産家の邸宅に凶悪犯が入った。

 県内を震え上がらせた凄惨な事件で、大人なら今でもみんな覚えてる。

 犠牲になったのは父親と、その家の15歳になる女の子。

 命を取り留めた母親は娘が愛したグランドピアノを、学校へ寄贈した。


「それがこのピアノ?」

「ピアノとバレエを習っていた可愛いお嬢さんだったんだって。当時同じクラスだったっていう他校の先生が話してた」


 ピアノとクラシックバレエ。

 それは確かに妖精のような瑠璃のイメージと重なる。

 認めたくはないけど、自然と納得してしまった。


「だからお願いなんだ、ゆず。せめて夏休み中だけでも、ひとりでここへ来ないでほしい」


 だから最初、あんなにも颯くんは音楽室を怖がっていたんだ……。


「みんな、ゆずが中3の夏に〝あの世に連れていかれてしまうだろう〟って噂してる。そりゃ、根拠はないし、誰も本気で信じちゃいないけど、万が一って思うと心配なんだ。ゆずには友だちがいないから……。心配するヤツなんて、俺くらいだし」


 そういう言い方もどうかと思うけど……。


 でも本当に、もう二度と会えないのだろうか。


 もういちど瑠璃に会いたい。

 親友として、せめて会って話がしたい。


 どうしてわたしの前に現れてくれたのか。

 親切にピアノを教えてくれたのか。


 でもその夏を境に、瑠璃の姿も気配も、音楽室から完全に消えてしまったのだ。


挿絵(By みてみん)



 ◇ ◆ ◇


 秋の合唱祭の練習は、体育館のピアノですることになった。

 その方が颯くんにとっても安心するようだ。


 旧校舎の音楽室とは違って、体育館にはいろんな子が出入りする。

 颯くんも館内でストレッチをしたり、周回したりして体を動かしながら、伸びやかに歌の練習をした。


 いろんな学年の子が来て、みんなで課題曲や自由曲を歌った。

 授業ではないせいか、みんなが遊びながら、声を合わせている。


 伴奏がこれほど楽しいなんて、初めて知った。

 みんなの楽しい気持ちが伝わってきて、それがわたしの心身を通して、またピアノの音に伝わって流れた。


「あのねー。あたし、ピアノ習ってるんだけどさあ」


 体育館で弾くと、下級生の〝ナナちゃん〟という女の子が、よくまとわりついてきた。


「ゆずちゃんみたいに弾けるようになりなさいって、親に言われるのー」


 わたしは今年で卒業。

 来年からは、このナナちゃんが伴奏するのかもしれない。


「でもさー、練習するの、めんどくさいのー」

「少しずつ上達するのが自分でも分かるとね、だんだん楽しくなってくるよ」

「だけどー、練習、しろしろって親に言われるの、すごくイヤなのー」

「だって、遠い街まで送り迎えしてもらっているんでしょう。それはとっても幸せなことなんだよ。ご両親に感謝しないとね」

「でもさー。友達のアっちゃんはさー、習い事なんて親のエゴだよ、一方的な押しつけだよ、ホント迷惑だよね? って、言うよー?」

「…………」


 ピアノは楽しいね、というのが瑠璃の口癖だった。

 瑠璃からはピアノの楽しさを思う存分、教わった。


『颯くんには、歌うことを楽しいって思ってほしいんだ』


 それは瑠璃がいつも言っていたこと。


『音楽の勉強だからやらなくちゃとか、イヤだけど練習しなくちゃっていう気持ちになってほしくないの』


 それは颯くんにも、ちゃんと伝わっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ