第3話 見知らぬ風のように
◇ ◆ ◇
次の日、県央の陸上競技場にて。
颯くんは思っていたより、かなり凄い子だった。
中学の持久走では距離が長い1500mと3000mの2種目に出場して、どちらも先頭でゴールテープを切った。
きのう、「ゼッタイ」と公言した通りに。
こういうのを2種目制覇とか、2冠とかいうらしい。
しかも3000mでは、最後2位に3秒以上差をつけての独走。
なんと20年ぶりに県の記録を更新してしまった。
ユニフォーム姿でトラックを走る颯くんは新鮮だった。
まるで別人のようだった。
すっきりと脚が長く、上半身は華奢だけど鍛えられていて、軽やかにゴールを駆け抜けていった。
「県記録を3秒も縮めるとは、えらいのが出たもんだな」
「20年に1人の逸材か」
「いや3秒も縮めたんだから、20年どころじゃないだろう」
「こりゃあ全中でも期待できるんじゃねえか」
「将来、有名なランナーになるのかねぇ」
観客席にいた知らない大人たちが感心していた。
颯くんのお父さんとお母さんも応援に来ていて、息子が走る姿を真剣にビデオカメラに収めていた。
――昨日、音楽室から瑠璃が消えた。
あれからわたしは、彼女を見失ったままだ。
半狂乱で旧校舎を捜しまわったけど、とうとう彼女は出てきてくれなかった。
どうしよう。どうしたらいいだろう。
こんなことは初めてだ。
もう二度と会えないんだろうか……。
表彰式の後、颯くんの周りにはいろんな人たちが集まってきた。
カメラマンとか、記者みたいな人たち。
先生や他校の選手たち。
囲まれてしまって、わたしなんかが話しかけられる状況じゃなかった。
それにわたしも、消えてしまった瑠璃のことで頭がいっぱい。
早く学校の音楽室へ捜しに行きたかった。
だからひと言、
「颯くん優勝おめでとう! 見てたよ」
とだけ声をかけて、帰ってしまおうとしたら、
「待って! メシおごるから!」
と、颯くんに引き留められた。
車で来た両親や顧問の先生と別れて、彼はわたしと一緒に電車で村へ帰ると言い張った。
◇ ◆ ◇
仕方がないので、競技場に残って颯くんを待った。
着替えたユニフォームなどの荷物は、颯くんのお父さんが車に載せていった。
「ゆず、待たせてごめん」
村育ちのわたしは街が苦手だ。気圧されてしまう。
ここは田舎の県庁所在地なのに、ものすごく都会に見える。
県央競技場から電車の駅までは、2人で市バスに乗った。
その間、やっぱり颯くんは黙ったままで、あまりしゃべらなかった。
なんで誘ってくれたのか、ちっとも話さない。
バスに揺られて駅へ着くと、電車に乗る前に夕ご飯を食べようと言われた。
「まだ少し時間が早いけど、村で食べるよりはいいだろ」
颯くんがお店を決めて、駅前の洋食店に入った。
アンティーク調のこじんまりとしたお店。
小洒落た内装にどぎまぎしてしまう。
2人でご飯を食べるなんて、もちろん初めてだ。
というか、子どもだけでお店で食べたことは一度もない。
わたしが緊張でしどろもどろになっていると、颯くんがメニューを見て2人分を注文してくれた。
慣れない街で、よく堂々としていられるなあ。
今日は幼馴染ともいえる颯くんの、初めて見る一面に驚かされてばかりだ。
人は良い結果を出すと、こんなにも自信がつくものなのか。
なんだか羨ましい……。
わたしは緊張しているけど、彼はまったく緊張していない。
それがわたしを、さらに緊張させた。
「ゆず。高校のことなんだけど」
注文したハンバーグセットを待つ間、颯くんが急に切り出した。
「……高校?」
颯くんは鞄からパンフレットを取り出した。
それは、県外の有名高校の入学案内だった。
「俺、この高校へ行くんだ。さすがに遠くて通えないから、寮に入るんだけど」
陸上で有名な高校だ。
わたしでも知っている。
「へぇ、すごいね……」
「ゆずも一緒に行こうよ。このパンフの、ここ見て。音楽科があるだろ」
颯くんがパパっとめくって、指さした。
確かに音楽科があった。
ピアノとか声楽とか、弦楽器、管楽器など、細かく専門が分かれている。
「……音楽科へなんか、行けないよ」
わたしは尻込みしてしまった。
「両親が反対するもの」
「ゆずは高校へ行ったら、ピアノ本当にやめる気なの」
「やめるよ。前にも言ったよね」
「続けなよ」
余計なお世話だった。
でも颯くんは、なぜか引き下がらなかった。
※4~6(最終)話については、8月18日に更新する予定です。




