第九話 決別のAランク
――四階がSランク。
三階がAランク、二階がBランクで、一階がCランク以下。
エイル曰く、ヘヴンズ・ガーデンにはそんなルールがあるらしく。
吹き抜けの木造四階建て、片側に大きな階段が付いた食事処。
もはや見えない最上階と、和気あいあいとした一階の食事風景が店内に広がっていた。
「でかいサンドイッチが三百リーフ、セットで六百リーフか。物価は向こう側と同じくらいだな」
「あなたの目的が何かは知らないけど、空腹だったら何か頼むといいわ」
お望みなら私が恵んであげましょうか、と小癪に言うエイル。だがしかし、俺にはクイズのクリア報酬があるから懐は暖かいのだ。それに――
「飯より先にやることがある。――まずは、Aランクからだな」
メニュー表から視線を切って階段へ。
おもむろに歩き出した俺を、だがエイルが呼び止めて。
「ちょっと、本当に話を聞かないわねあなた! Fランクじゃ上の階には――」
「行きはFランクだが、帰りもFランクとは限らない。……だろう?」
「……意味が分からないのだけど!?」
なぜかキレ気味のエイル、を無視して階段を上る。
一休さんもこんな気分だったのかなと、勝手に感情移入しながら。
落ち着いた雰囲気の二階、Bランクのフロアを抜けて辿り着いたのは――三階。
「ねぇ、本当に来ちゃったじゃない!」
「目的地なんだから当たり前だろ。――じゃあ行くか、可能性に別れを告げに」
各々が丸いテーブルを囲む無数の挑戦者、Aランカーたちのフロアへと踏み込んでいく。
豪華な食事がズラリと並び、高レアな装備が景色を埋める。見渡す限りの猛者達と、下の階にはなかった僅かな緊張感――それらを全部、ぶち壊すように。
一番目立つ壁際で腕を組み、叫ぶ。
「――この中に、Sランクに上がりたい人、いますか?」
ザッ――と一斉に、百を越える瞳がこちらを向いた。
が、狙い通りゆえに言葉を続けて。
「三日後の昇格試験――俺がいれば、合格できるけど。……どうします?」
十秒にも満たない問いかけ。ただそれだけを言って、答えを待つ。
キョトンとした顔のAランカーたちは、食事をするのも忘れて硬直していた。
「ッ、このおバカ……!!」
横でエイルが小さく言う。脇腹をドスっと小突かれたが――しかし、元よりこれが目的だ。
受験資格に『Aランクであること』を求めるのなら、エクスレイが言っていた通り『Aランクパーティに入れてもらう』ことができれば条件はクリアだ。
そんなパーティを探すなら〝挑戦者が一番集まる場所〟に行くのがベストだ。
「あれ、返事もない感じですか?」
「……何言ってんだ、お前」
瞬間、一番近くのテーブルに座っていた若い男が立ち上がる。
「今言った通りですよ。本当に合格したいなら、俺を入れた方がいい」
「ざけんな、簡単に上がれりゃ苦労しねぇんだよ!! ……つーか待て、お前――」
――その装備……初心者、なのか?
ポツリと。心底驚いたとでも言いたげなその声に、周囲のAランカーたちが一気にざわめいて。
それと同時、男の顔は怒りから真顔を経由し、そしてニヤリと。
「ぷっ――ハハッ! なんだそりゃクソ面白れぇ! ギルドの用意した余興か!?」
確認するように見回した男は、エイルの存在に気付いたようで。
「そういうことですかお嬢様。いやぁ実に面白い試みですね!」
言われたエイルは、だが毅然として。――あなたが答えなさい、と俺を見た。
「ああ、たしかに面白い。あんたの言う通りだAランカー。――噓つきの自己擁護ほど笑えるものはないよな」
「……なに?」
「一つ聞こう。あんたら、いつまでAランクなの? 早くSランクに上がりなよ」
「このッ……初心者のお前に教えてやるがな、Sランクは最強の五パーティが、」
「そう、それだよ。あんたらの嘘は。――最強の五パーティ?」
……なにが最強の、五パーティ、だ。
「そんな呼び方、自分から勝てませんって認めてるのと同じじゃねぇか」
「……ッ!?」
「パフォーマンスで試験に挑むな、勝てない理由を他人に押し付けるなよ。諦めながら戦っても楽しくないだろうが……ッ!!」
そんな言い訳を、自身すら騙して見せる嘘を。
諦めに気付けないその無意識を壊さなければ、いくら挑んでも合格できるわけがないのだ。
「ふざけんな、初心者のお前に何が分かるッ!! 俺たちだって必死に――」
「――分かるよ。現実から逃げたくなる気持ちは、俺にもよく分かる」
偉そうなことを言えた義理ではない。その感情は誰にだってあるものだ。
けれど、それでも。自分の弱さから目を逸らしてしまったら、それ以上前には進めないよ。
「何なんだてめぇは……そんな目で、俺を見るなぁああ!!」
瞬間――ドクン、と。
冴え渡る両目、停止する現在。未来から逆行する情報を〝認識〟が追い抜いて。
――右手にフォーク、左下段から右肩へ……速いな。
刹那、一歩踏み込み皿を抜く。
軌道に合わせて肉を滑らせ、手首を返してフォークを弾く。
あとは、皿を返却すればいい。
「【クイックドロウ】か。良いスキルだが――フォークは食事に使うものだぜ?」
「んぐ――……ごあ!?」
瞬間、ザワッ――と。
フォークで肉を食べ始めた同僚に、Aランカーたちがどよめいた。
きっと今ごろ男の口には、遅れて〝味〟がやってきていることだろう。
「てめぇ、今のは初心者の動きじゃねぇぞ!! それに、なんで俺のスキルを――」
納得できない様子の男は、舌打ちをしながらフォークを向けてくるが。
「……ご飯の邪魔をして悪かったよ。気が向いたら、いつでも声かけてね~」
――目的は達した。望み通りではなかったが、予想通りの結末だ。
静寂の三階、呆気に取られるAランカーを置き去りにして歩き出す。
「なによ、顔に見合わずやるじゃない。……でも、これで良かったの?」
「一言余計だっての。それに、これで良かったんだよ」
分かっていた。エクスレイの言う通り、この方法は現実的じゃない。
いくら言葉を重ねても、俺が無名のFランカーであることに変わりはないのだ。
――ただ、可能性はあった。
俺の言葉に共感し、本気でSランクを目指そうという者たち。
真に仲間と言える存在……その可能性から目を逸らしては、確信をもって前に進めない。
だから、ちゃんと挑んで、ちゃんと諦めて。
その可能性に別れを告げて、そして――それすら越える策でまた挑むのだ。
フロアを抜けて階段の踊り場へ、次の目的地は――と階段を見上げていると。
「ちょっとあなた、Aランクなんだから相手の力量くらい測りなさいね?」
「え……それって、どっちの意味で……」
遠い後方から、諭すような声が聞こえてきて。
「……なんだ、たまにはいいこと言うじゃん」
「あら、何か言ったかしら? え、なによニヤニヤして、犯罪の気配がするわ」
「なんでもねーよ。それより、次行こうぜ」
「そう、まだ何か――って、ちょっと待って、あなた階段を上っているわね!?」
またしても叫ぶエイル。ちなみに君も一緒に上ってますよ、という指摘は置いておいて。
「おう、もちろん。だってよく考えてみろよ、俺はSランクになりたいんだぜ?」
――だったら、もっと簡単で、楽しそうな方法があるだろう。
「Sランクパーティに直接入れば、試験もなしにSランクじゃね」
もし良ければ右下のブックマーク↘、下↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に、ランキングタグ↓クリックよろしくお願いします。……お願いしますね!!!
では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―