第五話 神出鬼没
「いいわねカント、これが世界樹。百本のツリーダンジョンを内包する神樹よ」
エイルの指先にあったのはただの天井――いや違う、それはつまり。
「これは何かの建物じゃなくて……世界樹の根?」
「ええ、直径にして五〇キロメートル、世界の何より大きな木。そして、その根元に広がっているのが私たちの暮らす都市――挑戦都市ミーミルね」
『挑戦都市ミーミル』――あの天空落下中に見えた大きな都市。
これからは俺もエイルと同様、この都市で暮らしていくことになるわけだ。
「そしてこの場所がギルドの施設の一つ、集会場。〝ユミルの瞳〟をもつ挑戦者がダンジョンへ旅立つ場所ね」
「……ユミルの、瞳?」
「あら、聞き慣れないかしら。けれどあなたはもう持っているのよ」
言ってエイルは二本の指を目尻の横、こめかみに当てながら額の前へと振った。
すると、次の瞬間。
突如として空中にチュートリアルで見た半透明の、緑みがかった極薄の板が現れる。
「これがユミルの瞳、あなたたち挑戦者がダンジョンに入るための資格よ。これを持つ者だけがツリーダンジョンに侵入できて、スキルの発動が可能になるわ」
つまり――〝ユミルの瞳〟とは、いわゆるステータス画面だった。
出し方さえ分かれば迷う必要もなく、エイルに倣って指をスナップさせる。
それはチュートリアルぶりの再会、俺のステータスは更なる成長をしていた。
【 カント・イルマ 】
Lv.5
筋魔力:170(30) 耐久力:162(30) 敏捷性:178(30) 幸運:12(1)
装備:アイアンソード / アイアンプレート
メインスキル:【 】
サブスキル:【 】=『〝奥義〟』
「おおっ、レベルがフィーバータイムじゃん。……てか、スキルの欄が追加されてる?」
おそらく『オリジン・ワン』を撃破したことでレベルが飛び級したのだろう。
スキル欄の追加に関しては、チュートリアルをクリアしたからだと考えられる。
俺の能力値は〝敏捷性〟が伸びているな――と、ステータスを確認していると。
「ちょっと、あなたのユミルの瞳、見せなさいよ」
言いながらエイルがカウンター越しに乗り出してきた。
瞬間、瑠璃色の髪がフワッとなびく。
爽やかで甘い香りに脳を支配されかけ、だが間一髪で意識を覚醒し――おっと?
……見えそうだった。何とは言わないが、大きすぎないために適度なアングル。
試みれば見えそう、という最高にもどかしく希望的な状況。
身じろぎ一つで事足りる、完全犯罪まったなしシチュエーションだ。
――が、見ない。俺は見ないぞ。なぜかって、そんなものは決まってる。
順番がちげぇ、最初に見るのは彼女のだろうがッ、と。……でも、適度だなぁ。
過去最強の敵、己の理性と格闘していると、遮るようにエイルが言う。
「なんかレベルが……いえ、いいわ。スキルが空欄ね、セットをオススメするわ」
僅かに理性が競り勝ち、エイルに促され空欄のスキルをタッチする。
シュンと画面が――いや、瞳が動いて表示したのは〝スキルルート〟だ。
指で派生図を上下にスライドさせながら、俺はさっそくチュートリアルで獲得したスキルをセットした。
スキル欄にセットできるのは〝メインスキル〟と〝サブスキル〟の二つ。
メインは深度〝100〟まで、サブは深度〝50〟までのスキルがセットできる。
レア度の高いスキルを多用することはできず、サブスキルとの組み合わせが戦略性を生む。
そしてどちらかのスキルに『〝奥義〟』を武装する事で、触媒にしたスキル特性を解放した必殺技が使用できる――と、そこでエイルが。
「注意点が三つあるわ。――一つ、奥義は発動すると〝1時間〟使えない」
「随分と長いクールタイムだな……。まあバランス的には妥当か」
「――二つ、スキルはダンジョンの外でも発動する」
……スキルが、ダンジョンの外でも発動する?
「例えば【敏捷補強】をセットしていたなら、この都市内でも素早く動くことができるわ」
おいおいなんだその異能アクションゲーム的な要素は。
「もしかしてあれですか、街中にも敵がいてバトル始まりますか?」
「いや、あのカント。あなた時々意味分からないこと言うわよね。大丈夫……なわけないか」
「そこ諦めないでもらえますかね!?」
「そもそも期待してないもの、諦めてもいないわよ。三つ――」
「……さらっと酷い!?」
「――三つ。ダンジョン内での死は【失格】を意味し、ユミルの瞳を失うことでダンジョンに入る資格が消える」
「要するに――死んでも死なないが、二度とダンジョンに入れないと」
「ええ、リタイアしないよう頑張ることね。――じゃあ最後に、あれを見なさい」
必ず伝える決まりだと、エイルは近くにあった壁を指し示す。
そこには【 Quest 】と大きく書かれた板――クエストボードが鎮座していた。
大小様々な紙が貼りつけられた大きな板。
目を凝らすと、依頼者名と依頼内容が書き込まれているのが見て取れる――が。
「そっちじゃないわ。あなたが見るべきなのは、もう一つ上よ」
視線を上げるエイル。その指先には――威風を放つ、たった一つのクエスト。
【 ラグナロク・クエスト:〝――頂上にて待つ――〟】
聞き覚えのあるセリフが、四年間、俺を待っていたように掲げられていた。
「見えるかしら? あれこそが挑戦者の最終目標にして最大の謎。どこかの誰かが依頼した、最初で最後のラグナロク・クエストよ」
……ああそうか、あのセリフは宣戦布告だったのか。
神サマから俺たちへ、挑戦者に送る挑戦状。――言われなくても、元からそのつもりだよ。
「決めたよエイル。そのクエスト――ラグナロク・クエストは、俺がクリアする」
「……はあ!? あなた初心者なのよ、何言ってるか分かって――」
「そうじゃないだろ。ゲームをクリアできるのは、最後までプレイしたやつじゃんか」
「四年遅れの完全攻略者なんて――やっぱりあなた、ちょっと頭おかしいでしょ」
「ちょっとで済むとは驚きだ。それに、ちょっとおかしいくらいが楽しいだろ?」
「……そのにやけ顔、頭痛の元ね」
エイルはさも頭が痛いと言いたげに、眉を寄せながら額を押さえた。
「わお辛辣! いやしかし、眼つき以外で罵倒されるのは逆に嬉しいまである」
「……失礼、あなたの存在が万病の元だったわ。訂正して謝罪するわね」
「いや訂正できてないし、そんな謝罪は不名誉すぎるが!?」
「ぷっ――ふふ――。本当に、非常識な人ね、あなたは」
エイルは笑いながら非常識だと。言われて俺は、けれどなぜか悪い気はせずに。
文句の一つでも返せば俺らしかったかもしれないが、もはやそんなことすらも。
エイルの晴れやかな笑顔の前に、どうでもよく――
「でもカント、残念ながらFランクのあなたじゃこのクエストは受けられないわ」
「あーれ? おかしいな、急にFラン宣告されて死にたいんだが?」
「火葬と土葬、どっちが――……失礼。〝ランク制度〟は適正な難易度でダンジョンに挑戦することでリタイアを防ぐための、お父様の案だから――」
「俺は死ぬ前提か!? んで余計な事しやがったなお父様!! ――って、お父様?」
「あっ……ええ、そうよね――」
あなたは初心者だもの――と、エイルはどこか気まずそうに視線を逸らした。
……触れてほしくないところ、なのだろうか。
憂いを帯びたその瞳。俺の戯言で笑い飛ばすには、あまりに力不足な気がして。
「じゃあ、Fランクの初心者は大人しく――」
そう、言いかけた時だった。
――…… ド ク ン。
瞬間、両目を脈打つ衝動が奔る。
全身の血液が瞳に凝縮し、五感の全てが視界に吸い込まれていく。
「なんッ……だ、これ、は――……スキルか……ッ!?」
初発動の反動か。あるいは、その効果が強力すぎたのか。
それは瞳孔が未来に焦点を合わせるような、意識だけが加速する異次元の感覚。
静止した現在がゆっくりと未来に向かう風景が、俺の水晶体上で躍動していた。
――背後から手……? 誰だ――!?
ゾクリと背筋を伝う寒気、本能が俺の身体をひるがえす。
鼻先数センチまで伸ばされた黒い腕、不気味な人影に、俺はとっさに跳び退る。
「……どうしてバレたのかな?」
ハスキーな声。真っ黒なローブを被った謎の男は、訝しむように言葉を続けた。
「それにキミの装備……初心者、なのかい? へぇ――とても興味深いな」
……いきなり何なんだこいつは。
「そりゃあこっちのセリフだぞ不審者。足音もなく近づきやがって――……いや、そうか。これもスキルの力――【情報遮断】――より深いな【情報断絶】か!!」
「……おかしいな。ボクのスキルはSランクの彼らしか知らないはずだけどね?」
その口調を僅かに乱しながら、しかし黒いローブの男は冷静に言う。
「情報屋のボクでさえ知らない――スキルを見破るスキル、というところかな?」
「さあ、どうだろうな?」
なかなか鋭い質問だが、このスキルについて教えるわけにはいかない。
なぜならこれは『ライジングモード』の攻略報酬、チュートリアルの集大成。
【見切り】・【掌握】・【ホークアイ】・【神算鬼謀】・【初心覇者】――五つのルートが統合したスキル。
この男の持つ【情報断絶】――深度〝94〟すら上回る、未来視の異能。
【〝魔眼〟:周囲の全情報を掌握し、数秒後の未来を認識できる:深度〝100〟】
スキルの判別ができるのは製作者だから、その発動が分かるのは――未来が見えるからだ。
本当はただ親として子に会うような、入手することだけが目的だった。
ある意味〝チート〟なこのスキルで、当然のように勝っても楽しいはずがない。
――ただ。
事ここに至っては、四年というハンデを背負ったうえでは話が別だ。
レベル差にして【50】、Fランクから始まる最高難易度を用意するのならば。
俺は〝事前知識〟による〝製作者無双〟をもって攻略して見せよう。
「ボクのスキルを見破る初心者――最強の初心者か。……かなり興味深いね」
言いながらハスキー声の主は、はにかむ口元を晒すようにフードを上げる。
露わになったその姿は黒いローブとはまさに対照的。
色白の肌に真っ白な中髪、見透かしたような銀色の瞳が印象的な、青年だった。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―