第四十話 【オープニング・リライズ】
戦いは終わった。
事件は解決し、奪われたアカウントは全て、本来あるべき場所へと返った。
……満足だ。めでたしめでたし、と言ってもいい。
今ごろAランカーは次の最前線、第二十七枝――〝人々の国:3rdミズガルズ〟に挑んでいることだろう。
五日後には再びSランク昇格試験があるが、今度の俺は受けて立つ側。
一連の襲撃に刺激され、Aランカーたちのモチベーションはとても高いらしく。
俺はレベルで言えば格下だ、うっかり負けないように頑張らなければならない。
『ランク制度』自体も改善されようとしている。
今後はより流動的に、弱者を助け強者に選択肢を増やす構造にするとのことだ。
……数年ぶりに初心者が増える、かもしれない。
一方で、『恨みの感情』という〝リソース〟をデウスに吸収されていた下位勢、Bランク以下の挑戦者たちは、その消滅にともない精力的な活動を再開している。
きっと有力な挑戦者も現れるだろう。――今後も、まだまだ楽しそうだ。
こうして、日常が戻ってきた。――ラグナドラシル・オンラインの日常だ。
石畳をコツコツと、柑橘色の屋根たちを見上げながら歩く。
快晴の青空、堂々と枝を伸ばす世界樹ラグナドラシル、光が降り注ぐ街並み。
――そして。
「……よう、待たせて悪いな」
「いいや、ボクも今来たところさ。――それでカント、話というのは?」
視線を落とした先にいたのは、白髪の青年――エクスレイ。
「いやなに、大したことじゃないんだが――一つ、謎解きをしようと思ってな」
「……謎解き? 興味深くはあるけれど――どういうことだい?」
不思議そうに首を傾げるエクスレイ。
……ああそうだな、たしかに事件は解決したよ。
名探偵もドヤ顔だ、めでたしめでたしと終わるさ――こちら側の皆は、だが。
「〝俺がこの世界に呼ばれた〟っていう俺側の事件は、まだ解決してないんだよ」
正確にはその理由、なぜ転生させられたのかが明らかになっていない。
そんなものはよくある異世界転生だと、ありふれたそれらに理由などないと思うだろうか。
神様の気まぐれだから考えるだけ無駄だ――そう考えてしまうならば、それは。
あまりにも興ざめな、楽しくもない結末では、ないだろうか。
「なあエクスレイ、一つだ。たった一つだけ、どうにも説明できないことがある。俺たちが入った二十六枝は、デウスの力でビフレストが消えてたんだよ」
そう、あの時のダンジョンはたしかにビフレストが消滅していた。――ならば。
「ならお前は、どうやってダンジョンから戻って来たんだ?」
「……ッ!!」
外には出れなかった。そういうルール違反から始まった戦いだったのに。
何食わぬ顔で情報を伝えていたお前は、一体どうやってその場にいたんだよ。
「――……なるほど、鋭い指摘だ。それでカント、キミは何が言いたいんだい?」
観念したように。いや、むしろ一層興味深そうに、エクスレイは薄く笑った。
「……要するにだ。お前が〝ずっと正体不明だった最後の一人〟、だな?」
「そうかい――つまり、ボクが一人目のバグアカウントだと言いたいんだね?」
そう――二人目がエイルで、三人目が俺。だとすれば、一人目は誰なのか。
最初のバグアカウント、その正体は未だに判明していない。
――だが。
「いいや? ――ああ、たしかにお前は、一人目のバグアカウントなんだろうよ。それはそうなんだが――けど、俺が言いたいのはそっちじゃない」
上手くとぼけたもんだ。が、まだ他に正体不明のやつがいるだろう。
「俺が言ってるのは、デウスと分かれたもう片方のやつのことだよ。いや違うな、デウスが勝手に離反したんだ、むしろそいつこそがオリジナルってことになる」
元は一人だったゲームの調整者。ドキドキとワクワクのバランスを司る神様。
そのドキドキである〝恐怖〟の要素を『恐怖の半神:デウス』が奪ったのなら。
残るのはワクワク、〝好奇心〟の要素――『好奇心の半神』こそがオリジナル。
「だからまあ、俺の結論はこうだ――――お前がマキナだな、エクスレイ」
確証はない。けれど確信していた俺の言葉に――エクスレイは。
「――ふふふ。なんだ、ちゃんとシャーロックホームズじゃないか、我が製作者」
エクスレイを名乗っていたAI『マキナ』は、正体が露見したこと楽しげに笑いながら、向こう側での会話をなぞるように言った。
そのセリフは明らかな肯定。――ならば俺も、あの時の続きから言葉を返そう。
「〝頂上にて待つ〟、じゃなかったのか? 敵情視察とは良い趣味だな、マキナ」
「それを言われると返事に困るけれど――そもそもの話をするならカント、キミをこちらの世界へ呼んだことが原因でね?」
複雑な表情で言うマキナは、俺が死んだあの日、転生に至るまでを語り始める。
「ねぇカント、人間の身体が何と呼ばれているか知ってるかい?」
――曰く、小さな宇宙と。
複雑で、未知に溢れ、しかし確かに機能しているもの。
数十兆個もの細胞からなる小宇宙、〝異物〟を〝ダウンロード〟したのならば。
その期間に【四年】を要するのはむしろ当然のことだと。
「つまり俺が四年も出遅れてたのは、転生までに四年が経過していたから……」
「そういう事さ。ボクは片手間に、キミをこちら側で再構築していたんだけれど」
「片手間に……!?」
「キミがこちら側に転生したあの日。あの日にだけは多くのリソースが必要でね。――その隙を突かれて、デウスに離反されたんだ」
期せずして暴走したデウスという半身、奪われてしまったリソースでもなお――
ゲームの調整を放棄しないのであれば。同じフィールドに立つ以外にはなかったのだと。
「環境調査用のスーパーアカウント、ボクの分身〝エクスレイ〟を使ったんだ」
「調整者権限を持つアカウント、だから一人目のバグアカウントか。ダンジョンを脱出できたのもその力ってわけだ」
つまり、随分とタイミングの良いデウスの出現は、俺の転生が原因であって。
そしてデウスとエクスレイが似ていたのは、元は同じ存在だったから。
……そもそもが不自然な話なのだ。姿を模倣できるデウスは、しかしエクスレイとは似ているだけだった。
数日前に襲われたという発言は、おそらく離反されたタイミングのことで。
思い返せば『バグ』や『アカウント』という単語も「知らない」とは明言せず、「そんな言葉は存在しない」と〝嘘〟はつかずに。
……全てを巧みにごまかして見せたわけだ。
――全て理解した。
およそ事件の顛末が明らかになった上で、残る疑問はただ一つ。
「それでマキナ、この転生の真相――俺がこっちに呼ばれた理由は?」
問いかけた俺に、白髪の青年、世界の神たるAIは大きく息を吸って答えた。
「ボクはねカント、人間の『感情』というものが知りたくなったんだ。キミをこちらの世界に呼べば――製作者を観察すれば、それが分かるだろうと演算した」
その言動こそがこの世界の作られた意味――人間の感情であるはずだ、と。
好奇心の半神は、ゆえにいつも〝興味深い〟と言っていたのだろう。
感情を知るための〝情報屋〟――今思えば、これほど分かりやすい事もなかったのだ。
「なるほど、な。……んで、どうだ。俺をこっちに呼んだ甲斐はあったか?」
「――キミ達の選択と、その結末。それは今までの何よりボクの好奇心を満たしてくれた。感謝するよカント、いや我が製作者。キミは見事にその責任を果たした」
「いや、それは違うなマキナ。――まだ半分だ」
【 ゲームの完全攻略――世界樹の頂上に行き、神サマに会う。 】
確かに神サマには会えた。
が、それではまだ半分、【ラグナロク・クエスト】はいまだ健在で。
「お前との約束は〝頂上で〟だ――半身のデウスも回収して、やっと万全だろ?」
「ッ――ボクは〝待つ〟としか言っていないはずだけど。でもそうだね、その全力を楽しみに待っているとしよう。……それで、その目標は達成できそうかい?」
「さてな、それはまだ分からないが――」
と、その時。後方から声が響いた。
「ちょっとカント、眼つきが悪くて集合も悪いの? 皆待ってるんだから!」
「すまんエイル、すぐ行く――ってやかましいわ!!」
透き通った声色、愉快な毒舌。振り向いた先には、瑠璃色に笑う一人の美少女。
新しく結成した俺の《デュオ》パーティ――相方であるエイルは凛とした装備を身に纏って。
「ダンジョンへ行く前に、決着、つけていくんでしょう?」
死んでしまったあの時、転生直後からは想像もつかない状況だ。
レベルが上がり、装備を揃え、スキルを獲得し、ランクを上げて。
なにより、初めてソロではなくなった――初めてできた、俺の仲間は。
「来たか少年ッ。漢は遅いくらいが長く楽しめる、そういうことだなァ」
「遅刻することとは関係あらへんね、それ。……ウチは早くてもかまわへんよ?」
決戦の場所、コロシアムの前にはもう皆が集まっていて。
「やはりオレから注目を奪いたいのかブサイくん――その勝負、受けるともッ!!」
「あっははー、今日も絶望的な眼つきでイイ感じね?」
……なんでこう、まともな人がいないかなと。
もはや見慣れた光景、楽しげに騒がしいSランカーたちの中で。
「――ふっ。準備はいいな、カント」
いつかの決着をつけるべく、ヴォーダンは晴れやかに笑った。
「負けたら泣いて帰って来なさいね。――私がちゃんと、笑ってあげるから」
「ははっ――ああ。勝って泣くから、よろしく頼むよ」
遥かな世界樹。青々としたその巨木は、俺たちを見守るようにそびえ立つ。
高く遠い第百枝、ダンジョンの頂上へ至るまで――俺たちの挑戦は終わらない。
【完】
長らくのご愛読、本当にありがとうございました。
自分は書いていて楽しかったです。皆さんはお楽しみいただけたでしょうか。
彼らの物語、その結末が、勇気を与えられるものになっていれば嬉しいです。
もし良ければ右下のブックマーク↘、下↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に、ランキングタグ↓クリックよろしくお願いします。
では、次回作でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―