第三十六話 瑠璃色の天敵
元Aランク挑戦者:《 神の抹衛 》――エイル・ラグナリア。
二年前。ダンジョンから消えたその美少女は、再びこの場所へ降り立った。
無意味を悟ったのだろう、姿を戻したデウスは、スッとエイルに目を向ける。
「……オマエたちバグアカウントは、よくよく演算を狂わせる。なあ二人目?」
「エイルが、バグアカウント……ッ!?」
告げられたその言葉に耳を疑う。……俺が三人目で、エイルが二人目?
「神の末裔――ハイパーアカウントの残滓か。浄化作用をもつ抗生プログラムなどとは、忌々しい」
言いながらデウスはエイルを睨む。
……そうか、俺のバグが〝転生者〟である事なら、エイルのバグは〝神の末裔〟である事。俺の汚染を消したのは『浄化』の力だったのだ。
「何の話か知らないけれど、私たちの世界を狂わせたのはデウス、あなたの方よ」
「元から狂っていた世界だろうッ!! 理不尽な解釈だ、傲慢な上位勢めがッ!!」
怒りに顔を歪めたデウスは剪定剣を振り上げる。それは底抜けの本心、心からの叫びで――だからこそ。やはり相容れない、理解し合うことはできない。
なにより、奪われた仲間は返してもらうと――俺とエイルの共闘が始まった。
フワリと揺れる後ろ髪――その手に握られているのは『霊峰剣アクエリアス』。
「はあぁぁあああ――!!」
それはまるで舞踏のように。鋭く、楽しげに、なめらかな軌跡でソードは踊る。
繰り出される剣撃が瑠璃色を纏いながら、その一挙手一投足はかくも美しい。
――が、見惚れていた俺を咎める声が。
「集中なさい!! ――左、距離詰めて!!」
「戦場だと倍こえーな。というか、その未来もちゃんと視えてるって!!」
いまだに信じられていない可能性があるが、言われるまでもなくエイルの動きは予測済み、俺の行動に淀みはない。
魔眼を奪わなかったのはデウスの慢心以外の何物でもなく。
「一人増えた程度で何ができる――〝リフレクション〟!!」
が、失念していた。
〝反転〟を奪われた状態ではあのスキルを無効化することができない。
発動された理不尽な反力、俺の攻撃は当然のように拒絶される――と、同時に。
「あなたこそ、何でも思い通りになるとは思わないことね!!」
いかなる理由か、エイルはそのチートスキルを意に介さずデウスへ詰め寄る。
「ターゲットが消えただと――!? ……小癪なァ!!」
怒声を張り上げたデウスは剪定剣を邪悪に閃かせ、暗黒のオーラと瑠璃色の冷気が衝突する。
それはさながら清流と濁流、相反する二つの力。
互いを吞み込まんとせめぎ合う圧力は、両者一歩も譲らず凪ぐように相殺した。
フッと呼吸を整えるエイル。
その攻撃がデウスのスキルに弾かれない理由は――おそらく。
「【無警戒】――ターゲットされないスキルか!! その攻略法は盲点だ……!!」
「……ッ? なぜ分かるのかしら。やっぱりあなたの目、少しおかしいと思うわ」
怪しむようなエイルの視線。最後にボソッと「眼つきが悪いからかしら」などと言っていたが、俺の耳は超高性能なので聞き逃した。偉いぞ俺。
と、エイルの参戦で流れが変わったかに見えた――その時、デウスは無慈悲に。
「やはりオマエたちは世界のバグ、演算の不確定要素。……だが!! 我らが受けた屈辱、理不尽はこんなものではない、〝ブラック・アウト〟!!」
刹那に発動されるスキル。
これは俺とレイナさんからスキルを奪った――……まずい。
無警戒まで奪われたら反撃の手段が消えてしまうと、窺い見たエイルの表情は。
「……あら残念。何も起こらないわね?」
きょとんとした真顔。むしろ凍てつく微笑を浮かべて。
「クソがッ――抗生プログラムに弾かれたなどとッ!!」
効かないのだ――エイルの浄化にはあらゆる汚染が意味を成さない。
天敵だ。デウスの理不尽、ルール違反をことごとくエイルが無効化している。
自覚はないだろう、だが今はそれだけで十分。
自分と向き合い、壁を越え、戦うことを選択した意思こそ何よりも強力な力で。
「いけるぞエイル、今のデウスは『能力値が高いだけ』の挑戦者だ!!」
「ええ、このまま二人で――」
と、瞬間――俺の言葉を否定するようにあの黒球、超火力の魔法が出現する。
「あれは、魔法……ッ!? なんで、ソードで魔法攻撃なんて――」
「 ダークマター・デリートッ!! 」
剪定剣の先端から黒閃、スカジたちを消し去った暗黒の魔法が放たれる。
ターゲットが不可能ならランダムに命中させると、デウスはムチのように魔法を振り回し。
さながら火炎放射のような攻撃を、俺は魔眼で、エイルは無警戒で回避するが。
「無様に逃げ惑うがいい――〝キャッチ&リリース〟!!」
――自分で撃った魔法を、回収した。
ヘビがごとくボス部屋を這いずる黒閃は、デウスに従い剪定剣を覆い尽くし。
数倍に膨れ上がったかと思えば、命令と同時、恐ろしい威力で爆ぜて。
「きゃああああ――ッ」
エイルが被弾した。
……無警戒は上手く当てられないスキル、躱しているわけではない。
あれほどの広範囲攻撃には対応できず、エイルには二年のブランクもあった。
「クククク――よくよく抗って見せたが、この辺りが限界だな?」
再び優位に立ったデウス。
その顔には邪悪な笑みを浮かべ、剪定剣の切っ先をエイルに向けて。
これで残り一人――と振り上げる。
「エイル――ッ!!」
倒れ伏す可憐な少女。
頼むから間に合ってくれと、俺は全力で地面を蹴った――のだが。
「――……ふふふ。私の〝絶対領域〟に、入ったわね?」
「な、に……ッ!?」
瞬間、身じろぎ一つせず硬直するデウス。
対照的に、エイルはスラリと立ち上がった。
――そのスキルは深度にして〝90〟、名を【絶対領域】と。
横五十センチ、縦三メートル、発動者の正面にのみ顕現する〝動けない〟空間。
一歩と一刀、その清らかな動作を妨げることは成し得ない――絶対の領域。
霊峰剣が青く輝き、スカートが膝上を軽やかに舞う。
いかに相手がデウスでも、その高嶺に触れることは許されない――はずだった。
「いつも……いつもそうだッ!! オマエらは強力なスキルを次から次へとォッ!!」
咆えるデウス。その全身からは大量の黒いオーラ、リソースを噴出させて。
スキルの効果にすら違反し、ねじ伏せながら、振りほどくように剪定剣を頭上に構えた。
「うそ――そんなのって……!?」
「消えろ、理不尽な上位勢めがッ――――!!」
もはや、デウス自身が一つの凶器。溢れ出る害意がエイルに振り下ろされて。
「――視えてるぜ、デウスッ!!」
刹那、ナイフをもって割り込んだ。
……重い。これが皆の、恨みの重さなのだろうか。
砕けてしまいそうだ。足が震え、腕が悲鳴を上げ、そして心は一度砕けている。
――だけど。俺にはもう仲間がいるから、立ち向かう意思だけは壊れない。
「思いっきりいけ、エイル!!」
「〝絶対領域〟解放 ― 崇めよ、ひれ伏せ、奉れ。是こそ救済の御業なり 」
ソードを両手で整然と握り、半身で構えたエイルは――その双眸で敵を見た。
「 『奥義』 ―― アブソリュート・ゼロ!! 」
エイルのソードが空間を両断する。放たれる奥義は、絶対の一振り。
フ空中をストレートロングが舞い、その背後にはただ一閃の、瑠璃色の残像。
カチン、と響くソードを納める音と同時――デウスの右腕が宙を舞った。
ボトリと落下する黒い腕、そしてカラカラと剪定剣が地面を打つ。
デウスは強引に回避して致命傷こそ逃れたが、それは初めて当てることができた会心の一撃で。
「ぐッ……まさか、これほどとは……。だが――!!」
明かな危機に目を見開いたデウスは、残っている左手を前方へ掲げ、叫ぶ。
「システムロード――〝ウォール№26〟!!」
刹那、フラッシュバックする――スタート地点の光景。
「えっ――ダンジョンの壁が……!?」
「くそッ、まだこの裏技が残ってやがった……ッ!!」
そして再びまとわりつく枝葉。腕を固め、足を浮かせ、胴体を絡め上げる。
デウスの意思によるシステムの拘束は、ダンジョン内では回避できない。
が、そのルール違反は多くのリソースを消費するはず……あともう少しなのに。
「……演算からの逸脱だ、すでに半分以上もリソースを使っている」
苦々しく、怒りを滲ませ、しかし冷静に呟くデウス。
未だ残っている余裕の理由はおそらく、もはや俺とエイルが身動き一つ取れないからで。
次の瞬間、やはりニヤリと狂気的に笑ったデウスは――これで、と。
「これで残りは存在しない。失ったリソースはオマエらで補うとしよう!!」
「……いいえ。むしろあんたが、返せってもんでしょ……ッ!!」
瞬間、声が響いた。
同時に足音。苦しげながら、だが確実に一歩を踏みしめていたのは――
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―