第三十一話 集合する終点
逃げるように走った。――己の弱さから、逃げるように。
どれくらいの時間が経っただろう。五分か、十分か。分からないほど無我夢中で走り続けて。
飛び出すように現れたその分かれ道に、俺たちの足は止められた。
「ようやく第七分岐ね。ここを右に行けば――カント?」
「……俺のせいだ」
俺がバミューダをデウス討伐に連れ出した。試験の時もそうだ、俺を庇ったからヴォーダンはアカウントを奪われた。
ならこの状況は、ほとんど俺が招いたようなもの。
いや、元はと言えば、俺の作ったゲームが暴走したことが――
「――……叩くわ」
「――――ッッ」
気付けば首が右に曲がっていた。
傾いた視界、次第に左の頬がジンジンと痛みはじめ。
ダンジョンに反響する高い音、目の前にはレイナさんの平手があって。
「責任の取り方、間違えんじゃないわよ」
「……?」
「たしかに逃げた――アンタも、アタシも。逃がしてもらった責任は果たさなきゃいけない。……けど、そうやってウジウジしてることとは別」
勘違いするなと。噛み切れた唇を舐めながらレイナさんは言う。
「アイツらが目指した結末を掴み取ること――それが、アタシたちの責任でしょ」
「でも、その結末にはもう――」
「忘れたの? あれは黒いモンスター、負けたらデウスが回収する。――なら?」
「ランザスたちは、まだ生きてる――デウスを倒せば取り返せる……!!」
「――そうそう。アンタにはやっぱり、そういう顔が似合うわよ」
ふっと笑ったレイナさんは、俺の頬、叩いた場所をツンツンと触って前を向く。
……ごめんねと、そういう意味だろうか。
それに、この人は言った――それが私たちの責任だと。無念は俺と同じなら。
横に並んで前を向いた。
ボス部屋まではもうあと僅か、決戦の刻が近づいている――とその時。
「その声は――レイナと、少年か?」
呼び掛けてきたのは豪快な声。警戒しながら寄って行くと、ダンジョンの奥からモンスターに見紛う大男とその弟子――《 山髭 》がヌッと現れた。
「あっははー、オッサボだ。歳のわりに無事だったんだ」
「何かを叩いたような音が聞こえて来てみれば――ほぅ?」
再会するや否や、オッサボさんは何やらニヤと口の端を上げ。
その丸い瞳で弟子と一緒に、俺とレイナさんを交互に見ると。
「頬が赤くて、唇が切れてる――師匠、これは?」
「そうだなスカジ――ダンジョン内で行為に及ぶとは、なんと大胆なァッ」
「そうはならないでしょうが……」
非常に豊かな想像力だった。さすが加工屋というところだろうか。……我ながら黙ってほしい。
なんでこうSランカーには緊張感のない人が多いかなと、ため息をつくと。
「疲れたか少年、持久力がないぞ! ――ところでお前さんたち、他のパーティは見とらんか?」
ごく自然に問うオッサボさん。が、俺はその質問に答える気になれず。
「……バミューダが、後は任せるって」
答えてくれたレイナさんの言葉に、オッサボさんは俺をチラリと見ると。
「……そういうことか。ナニあいつらのことだ、きっと最高のステージだろうよ。――ならばこそ、わしらも顔を上げねばイカんな少年ッ!」
丸い瞳がカッと見開かれる。豪快に言いながら顎髭をわしゃわしゃと触って。
「スカジ、お前さんからも何か言ってやれェ!」
「……体が小さくても、ムスコが小さいとは限らない、だよ!」
「――なんのアドバイス!?」
ガハハと笑うオッサボさん。弟子のスカジは全然関係ないアドバイスをくれたが――レイナさんもクスリと笑っていた 。
……案外、悪くないアドバイスだったかもしれない。
かくして《 山髭 》と合流した俺たちは、残りの《 アリア 》を探しながら先へと進む。
第七分岐を抜けて五分。ここまで来てもなお、二十六枝にいたはずのAランカーとは遭遇していない。
それはつまり、すでに全員……と、認めがたい推測が立った、その瞬間。
不意に俺たちが飛び出したのは、一際広くなっている分岐した空間だった。
「ちょっと待ってカント、これって――」
「第八分岐……なのか? おかしいぞ、だってまだそんなに進んで――」
――……え?
そのモンスターを、俺だけが見ていた。
いや、俺の方こそ見られていたのかもしれない。
そう思うほどのプレッシャー、存在感。
目を逸らしたくなるほどの異常、その絶望に、しかしこの場の誰も気付かない。
――が、無理もなかった。なぜならそれは、数秒後に訪れる未来の景色。
魔眼に映るその脅威はありありと、俺の水晶体上で鮮烈な威容を放っていた。
「ッ――――全員構えて、死ぬぞ!!」
「――ッ!?」
瞬間、レイナさんが拳を握った。その異次元の反応速度に数瞬遅れて、オッサボさんが肩からハンマーを下すのと――ほぼ同時。
『 フォイア/ヴィント/ドンナー/ヴァッサァ :【エレメンタル・バースト】』
天空から、第二十六枝ボスモンスター『妖精神官ギルセリオン』が降臨した。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―