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第三話 チュートリアル・ロード

 次に入手したスキルは、ある意味では激レアだったと言っていいだろう。

 それは、スタート地点の()()()()()

 奥へと進んでいくダンジョンにおける盲点、いわゆる隠し要素だった。


【 バックステップ:正面を向いたままの後方移動速度が上昇する:深度〝12〟】


 スキルは〝(ルート)〟――スキルルートで表される。

 スキルルートは複数のスキルが分裂・統合を繰り返しながら、根っこのように下へと広がり伸びていく獲得分布を示す派生図だ。

『深度』は根の深さを表し〝100〟に近づくほど入手困難、レア度の高いスキルとなる。

 二つのスキルが衝突した場合、深度値の高いほうがより強い影響を与えられる。


 と、一応の再確認を済ませて獲得通知を消した、次の瞬間。

 俺の目に飛び込んできたのは――そう、ステータス画面だった。



【 カント・イルマ 】

 Lv.1

 筋魔力:130(30) 耐久力:130(30) 敏捷性:130(30) 幸運:8(1)

 装備:アイアンソード / アイアンプレート



 ステータスの見方は簡単だ。

 まず名前、そしてレベル。これらは言うに及ばない。

 次に各能力。筋魔力がいわゆる攻撃力、耐久力が防御力、敏捷性(びんしょうせい)は素早さ。

 幸運は特殊項目でアイテムドロップやクリティカルの判定に影響する。1上がるごとに1%の上昇だ。

 能力値の下には装備による加算値が、その左には装備の名称が載っている。


 このゲームにおいて、能力値の向上は()()()()()と言えるだろう。

 走れば走力が、話せば話力が、学べば学力が上がるというのなら、ゲーム内でもまたそのように成長しなければ『異世界』足り得ない。

 予め用意されたパターンではなく、全アカウントの戦闘データをAIが分析しオリジナルの能力値に配分する。このゲームはそんな個別調整を可能にしたのだ。


「……まあ、まさか俺自身がその調整対象になるとは思わなかったけどな」


 恥ずかしくも誇らしいような、複雑な気分でダンジョンをツカツカと進む。

 特に何事もなく辿り着いたのは、道が左右に分かれた〝第一分岐〟だった。


 ツリーダンジョンはその名の通り、スタート地点は一本道、奥に進むほど分岐する。

 無数にあるゴール地点のうち、どれか一つに『ボス部屋』が存在する構成だが。

 これがチュートリアルならそろそろモンスターが――と、フラグを立てた結果。


「――プルルンッ!」


 いやまさに、自身の姿を形容したかのような鳴き声で。

 青色のプルプルとした、小さくて見慣れたモンスターが飛び出してきた。


「第一村人キタ――ッ!!  おいお前、スライムだよな!?」

「プルン、プルルン!!」


 話しかけても会話できるわけがないのだが、おそらくスライムの威嚇――敵対モーションが期せずして会話のようになった。というか……


「えーお前めっちゃ可愛くね!? 一家に一台必要な可愛さじゃない!?」


 気付いたら俺はスライムを手に抱えたまま叫んでいた。指先でモチモチ揉んで、頬っぺたでスリスリ堪能し――ついでに名前を付けようかと思った矢先。


「ブルルン、ブルン!!」


 ガッ――というあからさまに攻撃をくらった声が聞こえて、その後ゴンッ――という鈍い音が反響した。残念ながらどちらも、俺の口と後頭部が出した音だった。


「いってぇなおいスライム!! ツンデレにも許される範囲ってもんが――」


 言い終わるよりも先。再び眉間(みけん)を弾かれた俺は、ギッ――という音を発したようで、これ以上攻撃をくらうとガ行を制覇してしまう可能性がある。


「古文の変格活用は苦手なんだって――もう容赦しねぇぞ!!」


 ガとギまでの恨みを込めて、俺のアイアンソードがスライムを薙ぎ払った。

 ……余計な忠告かもしれないが、俺のアイアンソードというのは決して下ネタではない。

 初戦闘を無事に終え、ほのかに(はや)る心臓が落ち着きを取りもどす頃。

 ――ピロン、と複数のスキル獲得通知が届いた。


【 芽吹き:獲得する経験値が少し増加する:深度〝3〟】

【 ドロップ増加:モンスターのドロップアイテムが少し増加する:深度〝4〟】

【 観察眼:モンスターのレベルが見えるようになる:深度〝6〟】


 やはりRPGの序盤はこうでなくては。

 気持ちよく倒せる魔物、急速に成長する主人公。楽しさの加速するチュートリアルにのめり込んでいく自分を自覚しながら、それでも駆け出す足を止めることはもうできない。


 第一分岐を右に抜けると、第零枝はいよいよ本領を発揮しはじめ。

 岩の影から、壁面の穴から、ダンジョンの奥から大量にスライムたちが溢れ出る。

 赤、黄、緑、青――宝石のようにカラフルな敵影。無数の瞳と視線が交じる。

 恐怖と好奇心が手招く戦場で、わずかに震える足は武者震いか、あるいは。

 ヒリつく緊張感すら置き去って、ゲームに取り憑かれた男はソードを全力で振り続け。

 長く永く感じたほんの一瞬は、全モンスターのアイテム化をもって終結した。


『スライムの結晶』『スライムの体液』『スライムの外皮』――『スライムコア』


 そして同時に、大量のスキル獲得通知も届いていた。


【 筋魔補強:筋魔力の能力値を1割上昇させる:深度〝7〟】

【 耐久補強:耐久力の能力値を1割上昇させる:深度〝7〟】

【 敏捷補強:敏捷性の能力値を1割上昇させる:深度〝7〟】

【 幸運補強:幸運の能力値を+5する:深度〝7〟】

【 見切り:攻撃モーションに対する反応速度を上昇させる:深度〝10〟】

【 聞き耳:より広範囲の音を聞き入れることができる:深度〝10〟】

【 サーチ:周囲10メートル以内の生命反応を認識できる:深度〝11〟】

【 突進:移動モーション中の筋魔力を1割上昇させる:深度〝8〟】

【 撤退:移動モーション中の敏捷性を1割上昇させる:深度〝8〟】

【 アポート:装備された武器を手元に引き寄せることができる:深度〝13〟】


 我ながらよくもこれだけのスキルを一人で実装したと、感慨深さを感じつつ。

 だが、この程度では全体の1%にも満たないわけで、まだ休んではいられない。


「例えばこのドロップアイテム。デフォルト設定ではアイテムポーチがオート回収するけど、それを手動回収に切り替えて集めまくると――」


【 収束:周囲5メートル以内のアイテムを一ヶ所に集中させる:深度〝17〟】


 わざわざ不便な手動回収をせっせと行うプレイヤーはそういない。

 だが、その()()()こそがゲームの醍醐味、面白いところではないだろうか。


「そう、だからこそなんだ。だから俺は敢えて――今手に入れたアイテムを、()()()()()


 埋まったアイテムポーチを空っぽに。――充満から空虚へ。

 およそ狂気の沙汰に見えるだろうこの愚行は、だからこそ俺にしか成し得ない。


【 反転:スキルの効果を逆の性質へ入れ替える:深度〝42〟】


 知っている。スキルの効果、入手条件――その全てを。

 それに付随する情報を、隠し部屋を、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただ一人で開発したがゆえに、世界でただ一人、俺だけがスキルについて全知を語れる。

 全部知っているからこそ、世界で一番、俺がこのゲームを楽しめるのさ。

 ――ならば、辿り着くべき場所は。


 溢れ出るスライムをなぎ倒し、第二分岐を左へ抜ける。

 第三分岐を中央へ、第四分岐で隠し部屋を抜け、幻の第五分岐を右へ進んだ、その先に。


『 エンカウント№〝1〟 ― カント・イルマ ― チュートリアル:ライジング 』


 最高難易度の負けイベント、チュートリアルのライジングモード。

 俺以外の誰も()()()()()()()()()()()()()、初回限定のボスモンスター。

 原点にして頂点――『オリジン・ワン』を冠する最強の敵が、絶望的に降臨していた。


 これは負けるに相応しい戦闘だ。誰もが怖れ、放棄し、ごまかすように笑うもの。

 確定した敗北へ至る必敗のイベント――で、あるというのなら。

 だからこそ。確定敗北を必勝に、負けイベントをこそ勝利で飾る。


「――この俺だけは、勝ってみせようかッッ!!」


 ――――…………、そして。

 天地を焦がし空間を裂く、剣と魔法の大決戦は――ポップな通知音で幕を引き。


 ―『 〝Congratulation!!〟 』―


 鳴り響く効果音、崩れ去るボスモンスター。現れたのは祝福を告げるメッセージと。

 虹色に輝くダンジョンの出入口――〝ビフレスト〟だった。

 このビフレストに入ればいよいよ、俺も異世界の住人に――……いや、逆か。


 この先に進めば、もう帰れない。


 そんな予感に、ふと立ち止まる。

 取り返しのつかない境界線――この出入口は、世界と異世界を隔てる虹の橋。

 方法論以前の話だ。その選択に後悔はないかと、問いかける声が胸に響いて。


「帰りたいか、か。……ははっ。ゲームは、クリアするまで終われないっしょ」


 たしかに、向こうの世界は面白くもないゲームだった。

 全員が勝手に勇者を操作して、だが倒すべき魔王はどこにもいない。

 ステータスは見えず、バランスは崩壊、剣は違法で、魔法は不可能。

 そんなものに憧れることさえ(はばか)られる、仲間のできないソロモード。

 逃げようとすれば指をさされて、立ち向かうには多勢に無勢――まさにクソゲーだろう。

 ――ただ。


 どうしてだろうか。ゲームってのは起動した瞬間、どうしようもなく俺たちをその異世界に引き込んでしまうものなのだ。

 学校での憂鬱、家庭での軋轢(あつれき)――外側にある雑音は、ゲームの中ではモブにもなれない。

 俺たちの〝現実〟という強敵は、この異世界ではスライムにさえ及ばないのだ。

 同列に語るのもおこがましい、帰るか否かなど考えるにも値しない。

 楽しいゲームを笑ってプレイする。……それが唯一で、全ての答え。

 だからこそ俺は命を懸けて――その可能性に、賭けたのだから。


「このゲームをクリアする。それ以外のことなんて忘れちまったよ。それに――」


 ―『 〝頂上にて待つ〟 』―


 俺にしては珍しく、待っていてくれる者がいるらしい。

 ならば差し当たってこんな目標、クエストを立ててみるのも悪くはないだろう。


【 ゲームの完全攻略――世界樹の頂上に行き、神サマに会う。 】


 第百枝までの全ダンジョン、全ボスモンスターを攻略して頂上へ。

 その過程、その挑戦を、感謝と一緒にマキナへ伝えよう。

 会った時に話題が尽きない、笑顔の尽きない異世界生活になることを期待して。


「こっちの世界では、仲間ができるといいなぁ――」


 俺は、そんなドキドキと、ワクワクを胸に。

 異世界へ――ラグナドラシル・オンラインへの一歩を踏み出した。

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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―

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