第二十八話 データミネーション・ライド
ヴォーダン奪還の意思は決まった。
勢いよく立ち上がった俺たちSランクに――しかしその瞬間。
「――許可できぬ」
低い声が空気を震わせた。俺たちを制止させる声はエイルの横から。
群青色の覇気を纏い、都市の代表たるフラッグの眼光が光る。
「……なんだって?」
「許可できぬと言った。其方らはこの挑戦都市が誇る最高戦力、ダンジョン攻略の要。それを失っては都市の繁栄に支障が出るというものだ」
ただ淡々とした真顔で。落ち着き払った様子でフラッグは言い放つ。
「ヴォーダンを失ったのはたしかに手痛い損失だ。が、損切も肝要。むしろこうして五パーティが残ったのだ、喜ぶべきだと考えることもできよう」
「―――……は?」
その言葉に戦慄が走った。
――本気だ。この男は本心から人の命を損得で計算している。
助けたいとか死にたくないとか、そういう次元の話じゃない。どっちがプラスでどっちがマイナスか、こいつはその差し引きでしか人間を見ていない。
「イカれてるぜあんた、意味分かんねぇよ……」
「では一度のみ教授しよう。この都市を支えるのはダンジョン産業だ。挑戦者がアイテムを持ち帰り、流通させ、加工屋が加工し、クエストを発行、報酬を支払う。それらを取り巻く衣食住など一連の循環こそがこの挑戦都市を繫栄させている」
ならば、と。フラッグは子供に言い聞かせるように続けた。
「その構造の崩壊は都市の崩壊、生活の崩壊だ。明らかな罠、みすみすSランクを向かわせるつもりは無い。対策を講ずるまでダンジョンは一時閉鎖とする」
「皆のためにヴォーダンを犠牲にしろってか? ――ざけんな、話にならねぇ」
「理解できずともよい。故に私が判断するのだ。もう一度言おう、許可できぬ」
毅然と言い切ったフラッグ。――が、そんな言い分は到底受け入れられない。
「俺たちはあんたの兵士じゃねぇぞ……ッ!!」
言うより早くフラッグへ詰め寄る。俺が一瞬遅ければレイナさんが動いていたであろうという状況、つまりそれほど誰も納得していないということであり。
文句をぶちまけてやると胸ぐらへ伸ばした腕は――次の瞬間、その美少女に止められた。
「ッ――なんで止めんだエイル」
「…………」
言葉はない。いや、それは言葉にならないという顔で。
悲しそうで、悔しそうな。初めて見る表情のエイル。その手は、胸の内を映すように弱弱しく俺の腕を握っていた。
――葛藤している、ということだろうか。
「いいのかエイル。誰かの犠牲で成り立つ都市、そんな場所で笑って生きていけるのかよ」
「……でも、それがお父様の、判断なら……」
「そうじゃないだろ、お父様じゃない。お前は――」
「私にはッ……、……どっちが正しいのか、分からないわ」
張り裂けるように言うエイル。片や代表の娘としての立場、片や受付で挑戦者を見続けた者としての感情、二つに挟まれ答えが分からなくなっているのだろう。
――けど。これはたぶん、そんなに難しい話じゃない。
「正解が分かる人間なんていないよ。そこにはただ、正しくあろうとする意思があるだけだ。なら、大切なのは自分がどう思うか――エイルはどう思うか、だろ?」
「私が――どう、思うか。……――私は――」
「そう心を痛めずともよいエイル、子供にはまだ分からぬこともあろう」
諭すように言うフラッグ。だが、そんな発想は傲慢で愚かだ。
大人にしか分からないことがあるというのなら、きっと、子供にしか分からないことだってあるはずじゃないか。
――わずかな無言。集まる視線に、エイルは逡巡を飲み込んで口を開いた。
「やっぱり、お父様の言うことは――間違っていないと思うわ」
「そうだろうとも。それでこそ都市の代表たる――、」
「――でも」
刹那、否定を告げる一節。同時、その瞳は意を決したように凛と輝き。
「挑戦して掴めるものがあることを知ったから。彼らにより良い明日を掴み取ってほしいと、私はそう思いますわ、お父様」
「エイル……!!」
その勇気の返答は力強く俺たちの背名を押した。エイルの顔からは、さっきまでが嘘のように迷いの色が消えていて。
予想外の反抗だったのだろう、息を呑んだフラッグは不満げに。
「……好きにするがいい。責任は己で取るのだな――ッ」
平手をテーブルに叩き下ろすと、吐き捨てるように集会場を立ち去った。
思わぬ形で水を差されてしまったが、これでヴォーダンの奪還に異を唱える者はいなくなり。
かくしてここに、デウス討伐戦の狼煙が上がった。
総勢十名、五つのSランクパーティに、問いを投げた白髪の青年は静かに呟く。
「それがキミたちの選択かい。……とても、興味深いね」
「エクスレイ、お前はどうするんだ?」
「ボクはこの情報をより多くの挑戦者へ伝達しよう。デウスの打倒はキミたちに託したよ」
はにかむエクスレイは、情報屋では足手まといだろうと付け足して肩を竦めた。
これは負ければ死ぬ戦いだ。無理強いできるはずもなく頷きで応じて。
――そして。そんな様子を見守っていた、一人の少女は。
「……気を付けて。いってらっしゃい――」
エイルは、いつものように。凛とした声音で強がりを隠しながら微笑んだ。
……変わらない。俺たちが出会ったあの時から、その寂しそうな顔は綺麗なままで。
けど、それだけだ。それ以外の多くは変わった、変えることができた。
レベルやランクだけじゃない、あの仏頂面だって、俺と君の関係だって。
だから今、いつかの質問をもう一度しよう。
「エイルのやりたい事は見つかったか? 受付の女神なら、きっとそんな顔はしないよ」
「私の、……やりたいことは――――」
「……帰ってきたら、その答えを聞かせてくれ」
テーブルに背を向け歩き出す。向かう先は第二十六枝の最深部、ボス部屋。
この戦いがエイルの希望になることを信じ――いや、必ず希望にすると誓って。
漆黒渦巻くビフレストをくぐり、デウス討伐戦、その火蓋が切って落とされた。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―