第二十一話 スターの流儀
キキョウさんが指を鳴らした直後、景色が緑色に塗り変わった。
後方に豪華な門、周囲にだだっ広い芝生――目の前にはギルドの宿舎。
外周の木々からは十数のパーティがこちらの様子をうかがっているらしく。
つまり俺はただ一人、彼らが立ち入ろうとしない〝危険地帯〟へ放り出されたようだった。
「おや――また一人、オレの輝きに吸い寄せられてしまった者がいるらしい」
「えーっと……夜に虫が集まる街灯みたいな自尊心だな?」
そのキザ男は、宿舎正面のバルコニーに立っていた。
金髪の刺々しいオールバックに豪華な黒いロングコートを着こなして。
無造作にライフルを担いだランザスが、メガネをクイッと上げながら言う。
「というか君は、ブサイくんじゃないか。……どうやらキキョウに飛ばされたようだね?」
「ご名答、だから撃たないでもらえると助かるんだけど……どう?」
「当然、ファンには撃って応えるともッ!!」
瞬間、ガシャリと重い音。有無を言わさぬ謎理論は標的を補足したようで。
どんなファンサービスだ馬鹿野郎と。門へ駆け出した俺の背に、その照準は向けられた。
左腕一本、ハンドガンでも持つようにライフルを構えたランザスは叫ぶ。
「ソル、リック、第三幕のステージだッ!!」
その掛け声と同時――宿舎の敷地外。
門の外側にある建物から二人の青年が銃口を構える。
「響かせビート、クールに決める!」
「撃ち抜けハート、ポップに落とすよ!」
左右の建物に一人ずつ、宿舎のランザスと合わせて〝三角形〟を作るように展開し――刹那。
「〝カリスマ〟ッ!!」
瞬間、俺は理解した。
狙撃手は身を隠すもの、なのになぜ目立つスキルを使うのかと。
それは単に性格的な問題だと思っていたが――現に今、目が合っている。
自分から見えるということは、逆説的に、相手もこちらの顔が見れるということで。
――ズドンと三発。鳴り響く銃声、木に止まっていた鳥が一斉に飛び立った。
「……なるほど。あえてこちらへ踏み込むその度胸、オレといい勝負だね?」
「死んだかと思ったがな。カリスマで顔を向けさせるのは十中八九〝眉間〟を狙うからだ。着弾点が読めれば、あとは背後からの弾を避けるために踏み込めばいい」
これはまさに魔の三角域――《 バミューダ 》。
正面のランザスが強制的にターゲットを引き受ける。急所を撃ち抜けばそれでよし、できなくとも背後の二人が背中を狙うフォーメーション。
ランザスが絶対に撃ち負けないという信頼のもとに成り立つ戦術だろう。
「けどまさか、深度〝22〟のカリスマを〝眉間を露出させるため〟に使うとはな。ただの目立ちたがり屋じゃなかったわけだ」
皮肉と賞賛を込めた俺の言葉に、だがランザスは。
――何を思ったか、銃口を下ろして。
「ただの目立ちたがり屋、か。……なあブサイくん。一つ、昔話でもしようか」
イケメンの自分語り――とは言いがたい雰囲気で話し始めた。
「四年前――ツリーダンジョンが解放された。そしてその一年後――つまり三年前にランク制度が始まった。Sランク挑戦者が生まれたのもその時だ」
――ヴォーダンがコロシアムに陣取って三年。時期はぴたりと一致する。
「初期のSランカーはキキョウ、オッサボ、ヴォーダンの三パーティ。当初レイナは面倒だからと申請をしなかったらしいが、数週間後、ヴォーダンを追うようにSランクへ昇格した」
知っているだろう、そう前置きをしてランザスは言った。
「この二年間、新しいSランカーは現れていない。三年前にランク制度ができて、二年間だ。――なら、二年前に合格したパーティがある」
……そうか。ここまで聞けば誰でも分かる。
二年前。レイナさんまでを含め、元からSランク級に強かった挑戦者ではなく。
一年間。ずっと試験に挑み続けて――唯一〝合格〟を勝ち取ったパーティは。
「スターにも輝けない時はある。……ずっと見てきたんだ。だから、目立ちたがり屋と言われるくらいが丁度いい。――それは、知られないよりよほど良いことだ」
Sランクではなかった時を知る男。無名からのし上がってきたスターは、しかしいつでも当然のように振る舞い、注目を集めて。
「ランザス、お前――」
「だからブサイくんもファンとして撃ち抜かれるべきだ。そうだろうッ!?」
「……結論が台無しだよッ!!」
イカれたファンサービスにはもう付き合っていられない。脱兎のごとく逃げ出した俺に――刹那、ランザスの牽制射撃。
やはり腕一本での粗雑な構え、だが放たれる銃弾は正確無比に頭部へ飛来する。
……これは狙撃技術じゃない。ランザスのメインスキル、深度〝77〟の――
「【激運】で〝命中精度〟と〝クリティカル率〟を上げてんな、どうりで適当に撃つわけだッ」
「スターを前にすれば逃げたくなることもある――分かっているさッ!!」
何も分かっていないキザ男が再びカリスマを発動させる。走りながら顔だけがランザスを追ってしまうのは動きづらいことこの上なく。
なるほどキキョウさんの言う通り、首が痛くなると思いながら門を飛び越える。
早く射線の切れる街中へ入らなければ――とその時、視界に二つの影が。
「リクエストだリック、テンポ上げるぞッ」
「おっけーソル、バイブスも上げちゃうよ!」
右前方に塩顔、左前方に童顔の青年。レーダーでも搭載しているかのように一定距離を保ちながら、三角形を崩さないように付いて来ており。
――そして、後方百メートル。
「当たってしまうのはスターの運命か……自分でも怖い。オレは、運が良いんだ」
「それはスキルのおかげ――ッ」
言うより早く、弾が届いた。
相変わらずの正確さ――いや運の良さで。俺が裏路地に飛び込んだ数瞬後、三点から飛来した銃弾は互いに衝突して空中で散った。
……なんという命中精度。あの場所に頭があったかと思うと身の毛もよだつが。
しかし、ここまで逃げれば俺の勝ちだ。
銃弾は魔法と違って遮蔽物を易々と貫通できない。
そも『ライフル』は攻撃速度が速い代わりに重い。ナイフという軽装の俺に追手の二人がいつまでも付いて来られるはずはなかった。
裏路地を駆け抜けて引き剥がす。途中で少し迷子になったが、屋根上に出れば発見されるリスクが高くなる。
エイルがいたら田舎者だと笑われていたな、と。迷路のような細道をやっとの事で大通りに抜けた――その瞬間。
「ここで漢の〝重量加速〟だァッ!!」
その豪快な声と同時――俺の両足が石畳にめり込んだ。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―