第十八話 エネミー・ポジション
「レイナさんから推薦を奪ったんだよ。代わりにリーフを奪われたけど……そんな感じだな」
「あのレイナが推薦を……? ――分かった、昇格試験の情報『一万リーフ』だ」
言われて俺は、ドサッと情報料をテーブルに置く。
もしかしなくとも俺の全財産なわけだが、エクスレイはそのリーフには手を付けず。情報屋の流儀だろうか、先に試験の概要を話し始めた。
「前にも触れたと思うけれど、昇格試験は『市街戦』だ。この挑戦都市ミーミル内が戦場、試験会場になる」
主催はギルド――当日は都市全体が特殊なフィールドに変わり、焼け野原になっても試験後に再生するのだとか。
それを可能にするのが神の末裔の力、ラグナリア家が都市の代表たる所以。
――言い換えるなら、上位のアクセス権限を与えられている、という事だろう。
そういう力を解釈するうえでも〝神の末裔〟という概念は役立っているようだ。
「試験中、キミたちの命はパーティ単位で〝三枚のクリスタル〟に変換される。受けた傷に応じてクリスタルは欠け、全てが割られたらその時点で退場になるよ」
それは試験官であるSランカーも同様だ、とエクスレイは言葉を継いで。
「スタート地点は南の大門。Sランカーたちはそれぞれ都市内のどこかにいるから、キミたちは彼らを発見後、戦闘して撃破を目指す。強さを測る試験だ、具体的な合格事項はないが――『Sランカーとギルドの両方に認められれば合格』だよ」
もっとも、この二年間で合格したパーティはいないけれど、と。
珍しく挑発的な――いや、興味深そうな様子で、エクスレイは言葉を切った。
「なるほど、概要はよく分かったよ。――それで、誰がどこに陣取ってるんだ?」
「そこが気になるかい。まあ撃破しやすそうなパーティを狙うのは定石だからね」
そう言ったエクスレイは、突如としてなぜかその両目をつぶり始めた。
冷静に突飛な事をするなと指摘した俺を、だがその情報屋は制止して、シーッと息を潜めると――次の瞬間。
「――どこのパーティ狙うべ?」
その声は隣のテーブルから。とある《デュオ》パーティの会話が響いてきた。
「【聞き耳】のスキルさ。配置については彼らに教えてもらおう」
「これが情報屋の情報収集か……なんつーか、うん。似合ってるよエクスレイ」
ただ、それって実はお前が配置の情報を知らないだけなんじゃないか、と。
上手くごまかされたような気がするが、そんなことを言う暇もなく、調子の良い糸電話とでも言うべき音声が聞こえ始めた。
「あの魔女――キキョウのパーティ《 スペルオブ・アリア 》は噴水の広場だぞ」
「《 アリア 》は全員魔法使いだ、接近戦になれば倒せるだろ。……狙うか?」
「それができなくて二年経ってんだよな。――やめとくべ。あの女おっかねぇし」
……そっちが本音の気がするが。しかし気持ちはよく分かる。
「接近戦って話で言うなら、ランザスの《 トライ・バミューダ 》もありだよな。近距離ならあのライフルもそうそう当たらないだろ?」
「たしかにあのキザ野郎はムカつくぜ。……けど《 バミューダ 》の配置、ギルドの宿舎だよな? あそこは周りになんもねぇ、狙撃されたら一発――やめとくべ」
……やはりランザスはどこでもキザなようだ。むしろ安心した。
「じゃあやっぱオッサボの《 山髭工房 》か? どうせ今回も自分の店に陣取ってるだろうし、なによりデュオの加工屋パーティ。Sランクの中じゃ最弱ってな」
「《 山髭 》一択だな。……でもあの人、戦闘中にオトコォってうるせぇからな」
……ああ、それはある意味で戦いづらそうだ。
が、この会話の流れには違和感があった。なぜなら、普通に考えれば《ソロ》から狙うほうが勝率は良さそうなものなのに――
と、そんな俺の疑問を晴らすようにデュオの二人が言葉を続けて。
「一応〝あの二人〟を狙う可能性も考えてみるか?」
「冗談だろ、ソロの二パーティだけは絶対にないべ。まず《 獅子 》はどこにいるのかも分かんねぇ、そして出会ったら瞬殺される」
「ついでにアイテムも盗られるしなぁ。不合格になるよりタチが悪いか……」
レイナさんは配置を守らない。どこかで聞いた話の末に、デュオの挑戦者は。
――そして、と。
「あの怪物――《 キング 》は中央のコロシアム」
「ヴォーダン……本当に良かった、あのバケモノがコロシアムから出てこなくて」
心底安心したように言うデュオの二人。
そして、その言葉を引き継ぐようにエクスレイは言った。
「そう、ヴォーダンがコロシアムに陣取って早三年――これまでたったの一度も、あの場所を訪れた挑戦者はいない」
ただの一人も、ヴォーダンに挑んだ者はいないのだと。
「けど当然だ、勝てないのなら挑まない。それはある意味、試験に合格するために最善の努力とさえ言える。――そうだろう、カント?」
……ああそうだ、エクスレイの言う通り。
何も間違ってなどいない、誰もが勝つために全力を尽くした結果だ。合理的とさえ言える。
勝つことが全てだと言い切ったあいつも、その行動に納得しているはずだ。納得しているからこそ、その足を外に向けようとはしないのだろう。
――ただ、それはどれほど。どれほどつまらないことだろうか。
現れなかったのだ。誇張でも何でもなく、ヴォーダンの前には本当に――誰一人として。
世界樹に挑み続けた最強の男は、その果てに挑まれることさえなくなった。
……だとしたら。あんたは三年間その場所で、いったい何を待っているんだ?
「……ありがとうエクスレイ。必要な情報――必要だったものは、全部分かった」
「そうかい。試験の結果が、キミの満足するものになることを祈っているよ」
はにかむエクスレイは仕事を終えたと、テーブルに置いた情報料を手に取った。
と、その時。隣の席から会話の続きが。
「んでよ、あの噂聞いたか? ――お嬢様にボーイフレンドができたってやつ」
――おい待て、それってまさか。
「ああ聞いたべ、なんでもFランクの初心者だとかな。そんなやつのどこがいいんだかねぇ」
なるほど理解した。
全てにおいて間違っているが、一つだけ確かな、その情報の出所は。
「エクスレイお前ってやつは――ッッ!!」
「あははっ。ありがとうカント、なかなかいい値で売れたよ」
まいどあり、などと言いやがった情報屋は席を立って逃げの姿勢に入る。
せめて儲けた内の何割かをよこすべきだと思うのだが――いや、ならばその分〝質問〟をしよう。
「なあエクスレイ、お前は試験に挑まないのか?」
Aランカーなら資格はあるはずだ。たしかに戦闘向きのスキル構成ではないが、試験内部の情報を集めることはできるだろうに。
「……少し気になることがあってね。今回はパスだ」
「そうかよ。じゃあこれが最後の質問だ――お前は、俺たちの敵じゃないよな?」
似ていたのだ。その不本意な一致は、どうしても無関係だとは考えられず。
その疑いを忘れられるほど、お前をどうでもいいとは思えずに。
――それでもやっぱり、俺はお前を信じたくて。
問いかける俺に――白髪の青年は、優しく笑った。
「ああ、ボクはキミたちの敵じゃない。約束しよう、情報に嘘はつかないよ」
その銀色の瞳は、たしかに俺の両目を見ていた。……十分だ。
情報屋が情報に懸けて嘘はないと言ったのだ。ならば、これ以上信用に足るものはなく。
「じゃあカント、二年ぶりの偉業楽しみにしているよ」
ちゃっかりプレッシャーをかけながら、エクスレイは三階フロアを後にした。
「ったく、簡単に言いやがって。――けどまあ、頑張り甲斐はありそうだ……!!」
――そして、運命の日がやってきた。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―