第十七話 【向こうの世界から来た何か】
「オマエが――三人目か」
その言葉と同時、俺の未来視に映ったのは攻撃モーションと――【黒】。
謎の黒いエフェクト、オーラを纏うその武器は、恐ろしい速さで俺の前髪を刎ね上げた。
「ちょっと待てお前、どこからツッコめばいいか分かんねぇぞこれ……ッ!!」
研ぎ澄ます感覚、全力の構え、全身から汗が噴き出し心臓が倍速で脈を打つ。
……何者かは分からない。けど、こいつは今までで一番ヤバいやつだ。
あのヴォーダンに迫るほどの速度、挑戦者を狩る挑戦者。
この場所は百以上に分岐したダンジョンの最奥、偶然他のパーティに出会うことなど――……
「何が目的だてめぇ、その黒いエフェクトはどういうことだ!!」
このゲームに武器そのものを隠すような機能は存在しない。似たようなスキルはたしかにあるが、これはあまりにも別物だ。
問う俺に、だがドス黒い中髪の男は一切の返答をせず。
闇を内包するがごとき〝真っ白〟なローブからその金眼を覗かせながら――黒く覆われた武器を構えた。
――それは襲撃継続の意思表示。だが、俺とてこのままリタイアするつもりなど微塵もない。
そして音もなく開幕した対人戦。数撃高速で削り合うが、魔眼の先読みはこいつにも有効らしく。
虚を突いた一撃が黒いオーラを消し飛ばして――露わになったその武器は。
「なんでお前がそのソード――【剪定剣アルバトロスノヴァ】を持ってやがる!?」
「……ッ!?」
その名を聞いた瞬間、わずかな動揺。真顔を張りつかせた男は斬り下がって距離を取った。
――ここだ。不明なことなど山ほどあるが、ここを逃せば勝機はもう来ない。
「〝魔眼〟解放 ―― これは見えざる終焉、彼方より刻む必至の一撃 ―― 」
「ッ……!!」
それは一時間に一度きり、挑戦者のもつ最後の切り札。
相手に発動されれば敗北が確定する。先手で放って、ビフレストまで逃げ切るしかない。
「『奥義』――……」
構えたナイフを強く握り、必殺の技を振り下ろす――その間際。黒い男は大きく後退して奥義の当たり判定外へ。
ソードを収めたかと思うと、不愉快そうに表情を歪める。
「クソが……やはりオマエは三人目のバグ。【魔眼】の存在も演算外だ」
その声はひどく不安定で不気味、狂気的な感情を滲ませていた。
挑戦者を襲撃する黒い異常。見計らったように現れ、凶悪な能力値を有し、魔眼の存在を知りながら、最終兵器たるソードを持つお前はいったい――
「普通の挑戦者、のわけはないよな。ルール違反が多すぎるんじゃねぇか?」
「……リソース不足だ。埋め合わせはオマエたちのアカウントで行う、覚悟しておくのだな。――恐怖をもって秩序をもたらそう」
そう言い残して、謎の男はダンジョンの闇に消えていった。
やはり通常ではあり得ない移動手段、追う暇すらなかったが……今は生き残ったことを良しとするべきだろう。
ただ、手放しに喜べるような状況でもなく。
「バグとアカウント――どっちも、この世界にはないはずの言葉だ」
ならばあいつの正体は『向こうの世界から来た何か』ということだろうか。
あるいは俺と同じく転生者の可能性も――いや、だとしたら挑戦者を襲う理由に説明が付かない。
〝三人目〟というセリフ、〝恐怖〟というワード、もはや疑問は留まるところを知らないが。
――そんなことよりも。俺が一番気になったのは別のことだった。
「何も見ていないようなあの目、捉えどころの無いあの表情……似てる」
不本意にもそう感じてしまった。同一人物――のはずはない。
だが、全くの無関係とはどうしても考えられずに。
消化したクエストと消化できない不安を抱えながら、俺は第九枝を後にした。
× × ×
ぐるるるぅ~と、元気よくお腹が鳴った。
おっちゃんクエスト――『聖天使の羽根』を納品して得たリーフを、今晩の食事に変えて。
俺たちの現在地はギルドのキッチン――ヘヴンズ・ガーデンの〝三階〟。
「そんな顔しなくても大丈夫さカント。Aランクであるボクと同席だ、文句は言われないよ」
「違うぞエクスレイ。この顔は――お前Aランカーだったのかよ、っていう顔だ」
「はは、そういえば言っていなかったね。でも情報屋としては当然だと思うんだ。だって、Aランクじゃないと最前線の情報が得られないからね」
Aランクの《ソロ》パーティ――白髪の情報屋、通称《 神出鬼没 》。
黒いローブに身を包み、はにかむ笑顔からハスキーな声で。
運ばれてきた食事を美味しくいただきながら、エクスレイが口を開いた。
「聞いたよカント、Sランカーたちに――ヴォーダンに喧嘩を売ったんだって?」
「なんか少し盛られてないか? 単純に、昇格試験で待っとけって言ったんだよ」
「……それが喧嘩を売ったと言うんじゃないのかい?」
呆れたように言いながら、エクスレイはそっとフォークを置く。
俺も合わせるように皿を寄せて、それを合図とばかりに――……唐突な無音。
三階の角のテーブル、その空間から一切の情報が断絶される。
「それで。ボクを呼んだということは、何か情報が欲しいんだろう?」
察しの良い情報屋は自身のフィールド――機密を漏らさない【情報断絶】の空間を展開した。
商談を前に意気込むエクスレイだったが、しかし俺は。
「あー、たしかにそうなんだが、その前に一つだ。……なあエクスレイ、『バグ』もしくは『アカウント』――この言葉に覚えはあるか?」
何よりも先にハッキリさせる必要がある。
エイルにも同じ質問をした――が、知らないと。
ならばエクスレイという情報屋はどうか。そして、もし仮に知っているのなら、それは。
情報屋ゆえに知り得たのか――あるいは。
不気味な無音が響いていた。俺の問いに何か思うところでもあるように、ピクリともしない表情でエクスレイは――だが、やはり爽やかに言った。
「――いいや、そんな言葉は存在しないと思うよ。協力できなくてすまないね」
「……そうか。いやいいんだ、変な質問して悪かったな」
異様な緊張感が満ちる中、エクスレイは申し訳なさそうに口を噤んだ。
いや、そんな緊張感は一方的に俺が感じていたのだろう。本当に知らない者からすれば、そんな言葉はただ意味不明なだけであって。
ならばと俺は、止まった会話を切り替えるべく本題を投げた。
「でだ、エクスレイ。お察しの通り情報が欲しいわけよ――昇格試験の情報が」
「へぇ……でもカント、だとするとキミは昇格試験に参加できるようになった、ということになると思うのだけれど?」
「レイナさんから推薦を奪ったんだよ。代わりにリーフを奪われたけど……そんな感じだな」
「あのレイナが推薦を……? ――いいだろう、昇格試験の情報だね」
そしていつも通りの薄い笑みを浮かべ、エクスレイは試験について話し始めた。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―