第十二話 一触即発
「俺の名はカント。――Sランクパーティに入れてほしい」
「貴様のような弱者では不可能だ。せいぜい下の階で遊んでおけ」
威圧的な眼光でヴォーダンは、出会った時と同じように吐き捨てた。
――ああ、確かにあんたの言う通りだ。
俺は初心者で、能力値も低い、眼つきの悪さしか取り柄がないFランカー。
あんたらが積み上げた四年間、ずっと居眠りでもしていたらしい男さ。
……けどな、古参が新参を叩くのは、あんまりカッコよくねぇぞ?
「他人を装備やレベルでしか判断できないなんて……可哀そうな奴だな、あんた」
「挑発のつもりか? 初心者が何を言ったところで空虚だな」
「熟練者の語る現実ってやつもな。教えてくれよヴォーダン、そんな仏頂面でダンジョンに挑んで――楽しいのか?」
「楽しいか、だと?」
ヴォーダンの眉がピクリと動く。――が。
「そんな感情は不要だ。立ち塞がる敵を殲滅し、勝ち続ける。強さこそが全てだ」
「……順番を間違えるなよ、楽しかったから強くなったんだろうがッ」
「――――」
それは、ほんの僅かな沈黙だった。届いたかに見えた俺の言葉は、しかし。
「ならば問おう。なぜ、リタイアする者が現れる? やつらは笑顔でダンジョンへ挑み、絶望しながら去って行った。それが貴様の言う〝楽しさ〟の結末だと?」
「……それは、」
「敗北すれば全てを失う。リタイアした者の前でもなお、貴様はそんな理想を語れるのか?」
――ただ、重く。数多の屍を越えてきた最強は、答えてみろと言わんばかりに。
「楽しんだ者が強者だと言うなら、なぜそいつらは俺の前に現れない? 誤魔化すように笑うあいつらが正しいと――貴様は、そう言うのか」
……下の階にいる挑戦者のことを、言っているのだろう。
勝つことを諦めたAランカー達。いや、そこに至ってもいないその他の全てを。
見せかけの試験に絶望したのは、なにもAランカーだけではなかったはずで。
モンスターとしか張り合えない世界で戦い続ける男が〝強さ〟を求めた――それはきっと必然の結末。
そんな最強に哀れみを、同情を、理解を示すべきなのかもしれない。
――いいや、それでも俺は。
「勘違いすんなよヴォーダン。〝強さ〟と〝楽しさ〟は、トレードオフじゃねぇ」
「……なに?」
「強さを求めるのは構わない。けどそれは、楽しさを捨てる理由にはならないよ」
……そうだ、あんたはそこを間違えてる。
弱者が楽しそうに笑ったとしても、強者がつまらなそうにする道理なんてない。
「一緒に戦えばいいじゃないか。ここにいるSランカーたちと、一緒に試験を戦えば楽しいはずなのに」
それができないのは、ただ、勝つことにしか価値を見出せないあんたの問題で。
モンスターとしか張り合えないのは、つまり、自分が周囲を斬り捨てただけの事で。
つまらない現状の理由を他人に押し付けて語る、ドヤ顔の最強なんてものは――
「とんだ笑い話、裸の王様だよ」
「……Fランク風情が!!」
ヴォーダンが咆えた。立ち上がると同時、円卓の対面に立つ俺へと腕を放って。
――刹那。届くはずがないその剛腕は、しかし未来で俺の胸ぐらを握りしめる。
回避は不可能、ならば弾き落とせばいいと繰り出した右手は――だが。
「ぐっ……!!」
間に合わなかった。有無を言わさずヴォーダンの腕に掴み上げられる。
……これは強力な能力値強化系のスキル――未来視すら無意味化するほどの圧倒的な速さ。
いやそれ以前に、空間ごと俺を掴んだのは――
「【リーチ】――当たり判定の拡大スキルか……ッ」
「貴様は死んだ。ダンジョン内ならば即刻リタイア――弱いとはそういうことだ」
まるで、その腕が豪壮なランスだと言わんばかりに。
死んだ者を見るような目で、現実を突きつけるようにヴォーダンは吐き捨てた。
――平行線だ。互いに互いの意思が認められない。
気持ちだけでは足りなかった、言葉を尽くして揺らぐ四年間ではないのなら。
その仏頂面を崩す方法は、俺とあんたが向き合うべき場所は……と、その時。
ヴォーダンの腕を止めたのは――猫目のお姉さんだった。
「落ち着きなよヴォーダン。カリカリしちゃって、寝不足? お肌に悪いって」
軽いノリでヴォーダンの頬をつんつん、ぺちぺちし始めたレイナさん。
その男になんてことをするんだとハラハラする周囲をよそに、マイペースに絡み続けて。
レイナさん態度に毒気を抜かれたか、ヴォーダンは俺の胸ぐらから手を離した。
「……もういいか?」
表情を変えずに受けきったヴォーダンは短く言った。レイナさんの方も満足そうにウンウンしており、場の空気がわずかに緩む。
……仲が良い、ということなのだろうか。
さりげなく助けられた俺に、ヴォーダンをイジり終わったレイナさんは向き直り。
「でもカント、そもそもの話、Sランクパーティに入るのはけっこう無理よ?」
――キキョウのパーティ《 スペルオブ・アリア 》、
――ランザスのパーティ《 トライ・バミューダ 》、
それらはすでに三人パーティ《スクワッド》でメンバーが埋まっているからと。
「残りは《デュオ》、オッサボの《 山髭工房 》だけど……ねぇ?」
「わしらは加工屋パーティだ。お前さんが加工屋になるなら――弟子からだなァ」
〝工房〟の理由はそれか。けれど、今の俺に加工屋を目指す意思はなく。
――残っているのは《ソロ》が二つ。
《 キング 》がヴォーダンで――……いや待て、ならばまさか。
「あなたが《 獅子 》かレイナさん!? ――猫じゃないじゃん!!」
「だからそう言ったでしょって。でも悪いけどカント、今のアンタじゃ――アタシもお断りね」
言いながらレイナさん、いや他の全員がヴォーダンへと視線を送り、そして。
「考慮にも値しない。断られた、などとすら思うな初心者」
視線を合わせることもなく、再び腕を組んだヴォーダンは席に着いた。
「……どうするの、カント?」
一部始終を見守っていたエイルに問われ、だが俺は――さて、と。
Sランクパーティに直接加入する作戦は不発に終わったと言わざるを得ない。
Aランカーたちにも断られ、まともな策は尽きてしまった。
まともではない策で言うのなら、試験に乱入する――そんな方法も無いわけではないが。
答えあぐねる質問に返す言葉を思案していると、その時。
「あーあ、辛気臭くてかなわんねぇ。――一つ、ゲームでもせん?」
突如、キキョウさんが提案したのは――激闘必至の〝リーフ争奪戦〟だった。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―