第十一話 スキル・アクティブ
「【スナッチ】ですか? 攻撃したモンスターのアイテムを盗むスキル――今は、スリのスキルだ」
「……へぇ。やっぱりアンタ、面白い目、してるね」
キレのある薄い声を放ち、ペロッと舌を出すレイナさん。
その優しそうな表情も今となっては獰猛にすら見えて。
一山越えたと安心するのも束の間――刹那に放たれた、警告するような訛り声。
「ちょっと待とうや、今のは少しおかしいんとちゃう?」
視線を集めたその淑女は、黒いトンガリ帽子にはだけた薄紫色の着物を纏い。
ヴァイオレットに染まる髪、惹きつけるような瞳を覗かせる――魔女だった。
「おかしいって何がよ、キキョウ」
「二度目の手ぇだけやった、そこの坊やが反応したんはね。ならそれは『スキルの発動タイミング』と『何のスキルが発動するか』が同時に分かった事になる――」
言いながら、その淑女がグラスを持ち上げ――パチンと指を弾くと同時。
「そんなスキル、ウチは知らんなぁ?」
突如、景色が一変。
キキョウ、という名前らしい女性が目の前に現れたかと思えば。
そのなまめかしい指先が、俺の顎をもてあそぶように持ち上げていた。
――いや違う。キキョウさんが現れたんじゃなく――
「俺がグラスと入れ替わった入れ替わった――【チェンジ】ですか」
「……ほぉら、やっぱり変や。ウチのスキルをなんで坊やが知っとるんかねぇ?」
妖艶な口元がニヤリと笑い、だが微動だにしない瞳が刺すように見つめる。
魅惑的かつ恐ろしい指先が首をなぞり、胸へ下りてきたところで――トン、と。
いたずらに軽く押された俺は、水中を沈むようにゆっくりと後方へ倒れて。
「気を付けろ少年、その女は魔女――わしのような漢でなければ喰われかねんからなァ」
すんでのところを、その大男に支えてもらった。
――太い身体に丸い瞳、力強い眉。角刈りの黒髪が髭へとつながった、上裸にそのまま重装備を着ている豪快なおっさん――
「ありがとう、ございます。あなたはたしか――」
「わしの名はオッサボ。最年長者だ、よろしくなァ少年」
白い歯でニカッと笑ったオッサボさん。――に、キキョウさんが。
「ヒドイ言い種やなぁオッサボ。あんたはただのおっさん、そろそろ引退やろ?」
「わしの耐久力を舐めるなよ?」
……なんというか、さっきから下ネタにしか聞こえないんだが。
「ならあんたがウチとヤり合ってや。……昇天する魔法、掛けたげるで?」
「ああ、それはだな……あれだ、また別の機会に――」
「いやおっさん奥手なのかよッ!!」
思わずツッコんでしまった。この大男が随分小さく見えるものだと感心すらしていると――その時、不満げにキザな声が割り込んできた。
「おいそこのブサイクくん――ブサイくん。このオレを差し置いていい注目度合いだね?」
言うと同時、キザな声の主は左手を天へとかざし。
「――〝カリスマ〟ッ!!」
瞬間、バッと。抗いがたい強制力でエイルを含めた六人の視線が吸い込まれる。
その青年はライトを浴びるような決めポーズで――メガネに指を添えながら。
「そうそう、スターのオレには注目される義務がある――ブサイくんも、そう思うだろう?」
「思うだろう、じゃないんだが? ……ブサイくんって何?」
「おっと違うさ、君は悪くない。天に愛された――オレの運が良いだけだとも」
……その青年は天元突破の自信過剰、爽やかな顔立ちのキザイケメンだった。
金髪の刺々しいオールバック、女子にモテそうな下がり眉にメガネを掛けて。
豪華な黒いロングコートからは、ギリシャ風の高貴な布が見え隠れしている。
「なぁランザス、いつも言うとるね。そのスキル、首痛なるからやめやって」
「オレのファンならばそれも運命――分かっている、照れ隠しだろうキキョウ」
「キキョウはおばさんだもん、気遣ってあげないとダメよランザス――ねぇ?」
「おばッ――ウチの年齢は非公開や!!」
レイナさんが煽り、キキョウさんが叫ぶ。――が、重要なのはスキルの方で。
……【カリスマ】は、モンスターからのターゲットを集中させるスキル――
それを『注目を集める』ために使うなど、どれほど目立ちたがり屋なのかと。
ランザスという名前らしいこの青年。おそらく俺と同年代くらいのはずだが、あまりに思考回路が違いすぎて、親近感の湧かなさに若干引いた――その瞬間。
「――おい」
ピリッと緊張感が奔る。その威圧的な声は、淡々と。
「無駄話が過ぎるぞ。――配置の件は、邪魔にならんよう距離を取れば十分だ」
それはまるで、自分の邪魔にならないよう近寄るな、とでも言いたげで。
仏頂面を崩さないヴォーダンはエイルを見やり――次にギロリと、俺を見た。
「用があるのは貴様だな。……答えろ初心者、何をしに来た?」
焔の視線が空間を焼く。……とんでもない圧力だ、見られるだけで気圧される。
オリジン・ワンにすら感じなかった感情が冷や汗となって額を伝う。
ヴォーダンの問い、注がれる五人の視線に――しかし俺は、それでも堂々と。
「俺の名はカント。ラグナロク・クエストをクリアして、世界樹の頂上に行きたいんだ。――だから、Sランクパーティに入れてほしい」
――小細工はいらない。捻った表現をする必要もなかった。
これが俺の本心で、これが真摯な、俺の本当にやりたいこと。
Aランカーには理解されなかった。元の世界でも同様に。……ただ、期待した。
希望を抱いていいはずだ。彼らがこの世界、このゲームのトップランカーなら。
本気で頂上を夢に見る、ゲームに挑みたいこの気持ちが否定されることなど……決して。
願いにも似た俺の言葉に――返って来た反応は。
「――あはっ。あはははっ!! Sランクパーティに直接入ろうなんて不届き者は、たしかに今まで誰もいなかったわ。――……ちょー面白いっ!!」
腹を抱えての大笑い。天井を仰ぎ、円卓に突っ伏して笑うレイナさんと。
「――ほんに、おかしな坊ややねぇ」
是とも非とも言わない――いや、辛うじて否定しなかった、という風なキキョウさん。
「ブサイクなのは顔だけにしてくれ。……笑えない冗談だ」
「少年よ、それはちと焦りすぎではないか?」
明確に拒絶するランザスと。そして、諭すように言うオッサボさん。
「わしらが頂上へ辿り着くにはあと十年は掛かる。どうやらただの初心者というわけでもなく……十年あれば、お前さんなら順当に上がって来れると思うがなァ?」
「それじゃあ間に合ってないんですよ。第百枝だけを攻略して、ラストに参加すればクエストクリアですか? ……俺は違うと思います」
「――ふざけるな。勝手が過ぎる、論外だ」
刹那、割り込む威圧的な声。腕を組み、俺を睨み付けながらヴォーダンは。
「貴様のような弱者には不可能な望みだ。せいぜい下の階で遊んでおけ」
出会った時と同じように吐き捨てた。
――ああ、確かに勝手な話、あんたの言う通りだよ。――けどな。
「他人を装備やレベルでしか判断できないなんて……可哀そうな奴だな、あんた」
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―