番兵
「へい、おまちどおさん!」
ガヤガヤと賑わう飲み屋。
そのキスケの席に置かれたのは、シュワシュワと炭酸の泡立つ薄色の飲み物。
「おぉ!美味そー!」
「この村自慢の『りんご酒』、それから羊ステーキとハッシュポテト。以上でいいかい?」
「ああ。ありがとうおばちゃん」
そう答えたのは、キスケではなく、その隣に座る一人の男性。
先程キスケがこの村へやってきた時に居合わせた、あの番兵の一人だ。
「いただきまーす」
キスケはナイフを使わず、ステーキにフォークを突っ立て、ガツガツと齧って食べていく。
どこか品性の無い食べ方に、番兵は呆れた顔をした。
「……まったく。なんで俺が、知らねぇガキに飯を奢らなきゃならないんだか」
「まぁまぁ。そう言わねぇでくれよ、おっちゃん。モグラに追い回されて、腹減って死にそうだったんだ。金も無かったから、めちゃくちゃ助かった。お礼はいつかするからさ」
「丸腰で外を彷徨くような野郎に、いったい何のお礼ができるってんだ?」
「あんなのが現れるとは思ってなかったんだよ」
「アホめ。この辺りの魔獣なんて小せぇ方だ。旅でもしてんのか知らねぇが、ここのモグラに苦戦するなら、この先はもっとやべぇぞ」
それを聞いたキスケはステーキをグッと噛み、首を振って噛みちぎる。
それをスルルと飲み込み、肩を落とした。
「……だよな」
キスケは機動力の割に、攻撃手段としては拳と脚しか持ち合わせていない。
魔法適性があれば話は違ってくるものの、キスケは五人に一人の確率で産まれてくる『魔法非適性《魔力を扱えない》体質』だ。
────やっぱり俺が武器を持つか、頼りになる攻撃力を持った仲間を見つけるしかないのか────
キスケはそう考えながら、バクバクと肉を口に運んでいく。
この先を案じていながら、食欲は劣らない。
「高ぇステーキを飲み物みてぇに食いやがって。……ったく、気が済んだら南の丘にある屋敷に行けよ」
「?」
番兵が一口水を飲み、低く優しめな声でそう言った。
なんだかんだ言って世話見がいい。
「昔は領主が住んでたが、今は旅人に向けた宿屋になってる。安心しろ、値段もほとんどタダに近い」
「なんだそりゃ。どうやって経営してんだ?それ」
「……まぁ、いろいろあんだよ。話せば長くなる。実際に行ってみた方が分かるだろうしな」
番兵はそう言って立ち上がり、懐から小銭を出してカウンターに置いた。
キスケもフォークを離して立つ。
「ありがとうございました。肉とか、何から何まで」
「んだよ、敬語使えんじゃねえか。恩を感じてんなら、旅先でメシ代稼いでいつか返しに来い」
番兵はそれから手を振らず、背中だけを見せて店を出ていった。
なんの関わりもないガキに無上の優しさを向け、颯爽と消えていくその姿。
キスケの印象にえらく強く焼き付いた。
「……名前でも聞いときゃよかったな」
キスケはそう言って店の出口を眺め、やがて席に着いて再びステーキにかぶりついた。