【第一話】契約
雨が降る夜、ひたすらに走り続ける。
背後に迫る恐怖からただ逃げるために。
後ろを振りかえる余裕はない。あの異形を見たくもないし、振り返ればすぐに捕まるだろう。
だから逃げ続ける。しかし、恐怖は着々と俺の背後に迫る。
目の前に人混みが見えてきた。あそこに入れば助かるだろう、そう思っていた。
だけど、誰もその異様な存在に気づいていない。どうして?あんなもの見れば誰もが恐怖するはずなのに。
皆、友人と会話をしたり携帯を見たり、まるで俺だけにしか見えてないみたいだ。
もしかしてただの幻覚なのか?一度はそう思った。とうとう病んでしまったのだと、そう思った。
しかし、そんなはずはない。今まで精神の病気はただの気のせいだと、そう考えてきたし、背後に迫る威圧感は本物だ。
そのように考えて走っていると、突然足に違和感を感じ、それと同時に目の前がコンクリートに変わった。
そう、何かに躓いたのだ。こんな時、一番やってはいけないことのはずなのに。
地面にたたきつけられ、じんわりとした痛みを感じる。しかし、今はそんなことを気にしてはいられない。逃げなくては。
そう思い、手に力を入れようとするが、俺はすでにその恐怖に包み込まれていた。
肌に伝わる生暖かい息。耳が腐ってしまいそうなほど不快な音。それらすべてが俺を恐怖させる。
これは夢なんじゃないか?そう何度も思った。この際、病気だってなんだっていいから幻覚であってくれと、何度も強く祈る。
しかし、これは現実だった。俺の肩に伝わるひどい痛みと、そこから流れる真っ赤な血がこれは現実なんだと確信させた。
痛い。怖い。
それしか考えられなかった。
だが、そんな中、ある一つの感情が少しずつ大きくなり、俺の心からあふれてきた。
それは、悲しみだ。
もっとやりたいことや見たいものがたくさんあった。けど、もうこれ以上それらを体験することはできない。死んでしまうから。
ただ悲しかった。涙がこぼれそうになる。
我慢しないと、周りに人がいるんだから。けど、涙がポロポロ落ちてしまった。
瞬間、視界は真っ暗になった。
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俺は死んでしまったのであろうか?けど、意識はある。
そもそも、死んだら無しかないという考えはただの空想であり、死後の世界がある可能性だって十分ある。
ならここは死後の世界なのか?周りに広がるただ白いだけの空間を見てそう思う。
白いということがわかるということは、どこかしらに光源があるはずなのに影がない。だからどこが地面なのか、壁なのか、天井なのかわからない。
頭がおかしくなりそうだ。けど、ここが俺のいた世界ではないことは確かだ。
「こんにちは」
後ろから声が聞こえてきた。俺はもちろん振り返った。
振り返った先には一人の少女が立っていた。
金色の滑らかな髪に宝石のように美しく真っ赤な目。年齢は10代後半のような感じがした。
「お名前は?」
少女は俺にそう問う。
「酒本総」
「総くんか、君がここにいるってことは死んだってことなのだけれど、その認識はある?」
「やっぱり死んだのか… ということは、ここが死後の世界ってこと?」
「うーん…死後の世界って言われれば死後の世界だけど、ここはセーフティネットなだけで一時的なところなの」
少女は難しそうな顔をして俺にそういった。
セーフティネット?一時的?ここは死後の世界じゃないのか?
「セーフティネット?」
「簡単に言うと、普通に死んだ人はそのまま死ぬ、けど君はイレギュラーに殺された。だからこの場所に来たの。つまり、ここはイレギュラーに殺された人を救うための場所」
「ということは、まさか生き返ったりできるの?」
「そう、ここはそのまさかができちゃうところなの。一方で、このまま死ぬことだってできちゃう。そして、この選択はすべて君次第」
少女は畳みかけるように続けて俺に言う。
「けど、生き返るといってもこれはちょっと特殊なんだ。蘇る世界は君が元いた世界じゃない」
「よく聞く異世界転生ってこと?」
「それともちょっと違うかな。違う世界といっても、君が元いた世界と時代は変わらない。だから、中世だったりはしない。けど、明確に違うのはその歴史。つまりは別の世界線、パラレルワールドだ。」
「けど、時代は現代と変わらないんだよな?なら、今までとそこまで変わらなさそうだし問題ないんじゃ?」
「確かに、君の世界とあの世界は一見変わりない、けどあの世界に行くには一つ条件があってね、これが君の運命を大きく左右するかもしれない。」
「条件…?」
「条件といってもそんなに難しいことじゃない。君と私が契約を交わすだけさ。君に私の力の一部を譲渡する、ただそれだけさ」
意外だった。こういう場合かなりの条件を押し付けてくるものなのに、逆に俺が得してるようにも感じる。だからこそ怪しい。
「なら、その代償に俺はお前に何を渡せばいいんだ?」
「私が欲しいのは成長する君の姿。私の力を持った君が肉体的に精神的に成長すれば私も強くなれる。」
「それだけか…?」
「それだけだよ。けど、これから先沢山の辛いことがまっているかもしれないよ?それでも生き返りたいの?」
「ああ、もちろんだ!たとえ辛いことがたくさんあろうと、俺はまだ生きていたいし死にたくない、それに生きることに理由なんて必要ないだろ?」
「フフッ、いいね君。これで契約成立だ!それと最後に、私の名は時空の魔女。」
「魔女…?」
「ああ、魔女だ。それじゃあ、頑張ってね総くん。またね。」
初めての投稿ですが、頑張ったので見てください。