危機は静かにやって来る〜2〜
城から飛び出して3日が経った。私の心は、いまだ沈んだまま…現実と向き合う事が出来ずにいた。
「恐らく、アビゲイルは追っ手を仕向けようとするでしょうが…王妃はあなたの無実を主張し、戦争終結の後押しをする筈です。王が亡くなり、王女が懐妊しているこの状況ならば、王妃が代理となり執務を全うする事になるので…」
返事も碌にしない私に、リエンタールさんはポツポツと話しかける。私達は今、レフトゥール王国の南側からライトゥナへ向かっている。北側は戦闘が激化しており、避けた方が良いだろうと考えたからだ。追っ手に見つかった時に備え、馬の体力を温存しているので、歩きでの移動も多い。
「…今日は、こちらで休みましょう。」
太陽も大分傾いた頃、森の奥に小屋を見つけ、そこで一晩明かす事となった。リエンタールさんが、慣れた手つきで暖炉に火をおこす。ぼーっと見つめていると、沸かしたお湯で紅茶を淹れてくれた。
「疲れたでしょう。明日の朝までゆっくり休んで、移動に備えて下さい。」
コクリ…と紅茶を飲むと、甘いブランデーのような香りがした。少し驚いたが、強張っていた身体から力が抜けるようだった。
「美味しい…」
ホゥ…とため息混じりに言葉が出る。リエンタールさんが私の顔を見て、フッと笑った。
「母が、その飲み方が好きで…」
と、話しかけてやめてしまった。リエンタールさんを見ると、目を逸らされる。表情からは、何を考えているのか読めない。穏やかだけど、怖い人…でも、それだけではないのかも知れない。
「…あの、ありがとうございます。あなたがいなかったら、どうなっていたか…お城で、王妃様や王女様は、大丈夫でしょうか…」
リエンタールさんが、暖炉の火で焼いたナッツが練りこまれたハード系のパンに、カットされたチーズを乗せて私に差し出す。
「密書をライトゥナへ届け、話し合いの場を設ける事が出来れば…王の願いを叶えられる。しかし、もし捕まってしまえば、アビゲイルによって我々は殺される事になります。王妃は、とても強い方です。王女も…赤子を守る為戦うでしょう。我々は、出来る事をやるだけです。」
「…はい。」
淡々とした言葉に、逆に安心する。あぁ、この人は、戦争を終わらせようとしている。大変な状況なのに、私を支えてくれている。私は、貰ったパンにかぶりつき、ゴシゴシと涙を拭った。いつまでも落ち込んではいられない。リエンタールさんに、おんぶに抱っこのままでは申し訳ない。私は、久しぶりの笑顔で、リエンタールさんにもう一度お礼を言った。
そうだ、王様がくれた手段を、絶対に活かして戦争を終わらせるんだ。わたしは、もう一度固く決意した。
食事を終えると、リエンタールさんがゆっくりと話し始めた。
「しかし、王の暗殺も…あの手際から鑑みるに、恐らく…アビゲイルがやったと考えた方が良さそうだ。」
ギクリと身体が強張る。アビゲイルさんは、ライトゥナを目の敵にしていたようだから…あり得ない事ではない。だが、正直…あの嫌味の応酬をするような人が、暗殺をするだろうか。もっと、鬱憤を溜め込んだ人とかが、暗殺なんて手段に出るんじゃ…などと考え込んでいると、リエンタールさんに名前を呼ばれた。ハッとして呼ばれた方を見ると、存外近い位置に顔があって…固まってしまった。
「カレン、少しは元気になったようですね。良かった…」
そう言って、私の目を見つめながら、触れるかどうかギリギリの位置で頭を撫でられた。パチンと髪留めを外され、パサっと髪が落ちる。
「…ずっと気を張っていたでしょう。私は一度、小屋の周囲と馬の様子を確認して来ます。その間に、そこのお湯で身体を拭くといい。少しは楽になる筈ですよ。」
スリ…と頬を撫でられ、グングンと顔の熱が上昇するのが分かる。は、いえ、あの…とまともな返事も出来ない私を見て、フ…と笑った彼は、ドアから出て行ってしまった。そう、忘れていたけど、私は今、男性と2人きりなんだ。
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