危機は静かにやって来る〜1〜
「…私が、あなたを守ります。」
レフトゥール王国の宰相であるリエンタールさんが、私の手を取りそう言った。私は、流れる涙を止めることも出来ず…彼に引かれるまま、王国を後にした。
〜〜〜
時は、2日前に遡る。王様と王妃様に謁見中、好戦的で野心家の差別主義者、アビゲイルさんが退室した後、私の成すべきことについてをお二人へ話した。
「私は、こちらの世界に来てから、沢山の人に出会いました。元の世界で、人からどうみられているかを気にし過ぎて身動きが取れなくなっていた私を、純粋に信じて、大切にしてくれた…戦争で、悲しい思いをしているのに、見知らぬ私を。私はちっぽけだから、世界を救うなんて出来ないかも知れない。でも、私が出会った大切な人達を、傷つけられたくない、守りたいんです。その人達の大切な世界を、守りたいんです。その為の手段を得るために、ここへ来ました。」
王様と王妃様は、私の話を静かに聞いてくれていた。そして、ある提案をしたのだ。
「ふむ…やはり、シンイチロウに似ておるな。優しい心を持っている。真に大切なものを守る為には、やはりこの戦争を終わらせるしかあるまい。だが、この戦争は、既に大きく膨らみ…互いの領土を奪い合う泥沼と化してしまった。」
「…はい。一体、どうすれば…」
「そこで…だ。この戦争のきっかけとなった魔力石の採掘場の所有権を、ライトゥナと分け合う提案をあちらにするのはどうであろう。魔力石には多大な価値があるからこそ、交渉のカードになる。以前から考えていた事だが…其方が中立の立場として取りなせば、上手くいくかも知れん。」
「ですが…よろしいのですか?アビゲイルさんとかから反感を買うかも…」
「そのような事、其方が気に病むことではない。これは、以前から余が考えていた事だ。其方が協力を申し出たお陰で、戦争を終わらせる可能性が見えてきたのだ。礼を言うぞ。」
お二人が、優しい笑顔で私を見つめる。私は、何故か泣きそうになったが、グッと堪えて頭を下げた。
「どうにかなるかも知れないな…」
王様と王妃様との謁見が終わった次の日、王女様の健診の時にお腹の赤ちゃんの心音をお二人へ聴いてもらう許可も貰った。王女様は嬉しそうに、2人の反応が楽しみね〜なんて、微笑まれて…すごく、幸せそうだった。だが、その日の夜…謁見の場面や王女様との会話、そしてこれからの事に思いを馳せながら、自室のバルコニーで涼んでいると、ドアを激しく叩かれた。慌ててドアを開けると、肩で息をしたリエンタールさんが立っていた。
「王が何者かに毒を盛られ、崩御なされた‼︎アビゲイル殿が、あなたを弑逆の罪で捕らえようとしている‼︎すぐに、私と共に来なさい‼︎」
私の手を掴み、リエンタールさんが城の隠し通路を通って馬小屋の側に出る。その道すがら、事の顛末を聞いた。
「王は、この戦争を終わらせる為、ライトゥナへ送る密書を書いていた。魔力石の採掘場の所有権を分け合う為、話し合いの場を設けようと。そして、この密書と、まだライトゥナが持たない魔力石の原石と、中立の立場に立つあなたを、争いが禁じられた道まで送り…交渉をする予定だった。」
ハァハァと息を切らして走りながら、リエンタールさんが話す。私は、黙って聞いていた。
「密書を書き上げ、王妃と夕餉を召し上がっている時…事件が起きた。ワインを飲んだ直後、血を吐いて倒れ…そのまま息を引き取られたのだ。すぐに来たアビゲイル殿が、混乱する我々に『こんな事が出来るのは、あの女しかいない‼︎』と叫び…あなたを捕らえる算段をつけていた。王妃が私に密書を託し、あなたを逃がすよう命じた。」
馬に二人で跨り、城門を潜る。城下の街を駆けながら、色々な想いが胸を通り過ぎていく。
王様の可愛らしい雰囲気、私を守ってくれた強い言葉、優しい笑顔…
王妃様、辛くて悲しいだろうに、私を逃がす為に心を割いてくれて…
王女様と約束したのに、赤ちゃんの心音を聞いてもらおうって…
涙がボロボロと溢れる。しばらく走り…街を眺める丘の上に着いた。そして、リエンタールさんが私に言ってくれたのだ。
「…私が、あなたを守ります。」と。
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