プロローグ
古池洋輔は平凡な男だ。
少なくとも彼は自分自身をそう思っている。
年齢28歳、製薬会社の企画部に勤め、毎日夜遅くまでせっせと仕事をしている。
どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
運動神経は中の中、学力も中の中、身長は170cmを少し超えるくらい、
容姿は少し子供っぽい顔をしていると言われる。
得意なことは……特に思いつかない。
まあ、強いて言うなら、ゲームは好きだ。
最近友達に誘われて始めたMMORPGゲーム、あれはなかなか面白い。
でも得意かと聞かれたら、違う気がする。
きっと人並みだろう。
とまあ、そう言うわけで俺はとことん平凡な男だ。
そんな平凡な男、古池洋輔は間も無く死のうとしている。
彼に自殺願望などは一切ない。
不可抗力というやつである。
元を辿れば、スノボーに行こうと言い出した晴丘が悪いのだ。
ゲレンデには女子大生がたくさんいて、
「社会人のオレらがナンパすれば絶対イケるっしょ!!」
とか言い出した晴丘が悪いのだ。
確かに俺も、その甘い蜜のような誘いに乗ってしまったことは事実である。
でもそんなもの男の俺に断れるわけがないじゃないですか。
だから、俺は悪くない。そんでもって、俺はまだ死にたくない!!
ちなみに晴丘っていうのは会社の同期で、俺が唯一心を開くことができる友人でもある。
(今まで二人でいろいろ無茶したなあ。)
そんなことを考えながら洋輔は落ちていく。
初めてのナンパは無事成功した。きっと浮かれていたのだろう。
洋輔たちは調子に乗ってコースを外れ、立ち入り禁止エリアで滑っていた。
良い子は絶対に真似をしてはいけない。
ナンパに成功して調子に乗っていた洋輔は、グループの先頭を滑っていた。
でも気付くと後ろに居たはずだった晴丘達は誰一人いなくかった。
後ろばかり気にしていたせいか、前に崖があることにも気づかず、
そのまま洋輔はフライした。
時間の流れがとてもゆっくりに感じた。
空には雲なんてひとつもなくて、太陽の光がとても気持ちいい。
ジェットコースターに乗っているときのような浮遊感のあと、
下を見て、あまりの高さに意識を失い、そのまま落ちていった。
◇◇◇◇
気づくとそこは病院のようだった。
ぼんやりとしか見えなかったけど、
白い天井
白衣をきた医者と看護婦
少し研究施設っぽい部屋で、周りの人達も多種多様な顔をしていたけれど、一体ここはどこだろう。
(なんとか、助かったみたいだ。でもなんだろうか、この人達は何を言っているんだろう。)
様々な言語が飛び交っている。
そして、すぐ近くで日本語も聞こえてきた。
「白馬先生、被験者が目を覚ましてしまいそうです。」
看護師さんが白馬と呼ばれる医者と何やら俺のことで話している。
「そうか、薬を投与してくれ。」
するとその看護師さんは、俺の腕に何かを注射した。
少しすると、瞼が重くなり、また目を閉じた。
◇◇◇◇
また目を開けると、そこには馴染みの深い景色が広がっていた。
(どこかで見たことがある気がする。)
これは、ゲーム、、、?
ゲームのキャラクタークリエイト画面に似ている。
というか、そのものだ。
他のゲームと違う点があるとするならば、何も選択肢がないこと。
本来のキャラクタークリエイト画面ならば、
名前を決めたり、容姿、職業、最低このくらいは選択できるものだ。
しかし、今回のケースでそういったことはなかった。
すなわち、すでにクリエイトは終了し、ステータスだけが表示されている。
そして顔や体つきは、ちょっとだけ補正がかかっているけど、ほぼ現実の俺のままだ。
しかも右上の方に、何やらカウントダウンが行われている。
と言っても、まだまだ時間に余裕があるようだ。
俺はせっかくなので、ステータスに目を移した。
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種族:人間
Lv:1
HP:100
MP:100
力:10
体力:10
精神:10
速さ:10
運:10
SURVIVOR:100/100
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スキル:【神の手】その手で触れただけで人を生き返らせることができる。
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ステータスを見たが基準がよくわからない。
この値が高いのか、低いのか、全く見当がつかない。
でもパッと見た限りでも恐らく強いとは言えないだろう。
あとSURVIVORというのはなんだろうか…。
このスキルはなんだ。
洋輔はステータス画面を凝視する。
スキル:【神の手】
言葉の通りであるのなら、だいぶ使える。
と言うより、チートではないだろうか。
とうとう、俺の時代が来たみたいだ。
しばらくすると、カウントダウンが残り10秒程になり、天の声的なものが聞こえてきた。
「チュートリアルを開始いたします。チュートリアルを開始いたします。」
その言葉の後、強い光に覆われて、俺は目を閉じた。
◇◇◇◇
しばらくすると、西洋風な街の大広場みたいな場所に転移していた。
そしてそこには、洋輔と同じように、どこからか飛ばされてきた人たちが何人もいた。
どんどん増える。
100人くらいだろうか、みんな頭の上にハテナマークを携えながら、周りの人に話しかけたりしている。
みんな今の自分の状況を理解できていないのだろう。俺もそうだ。
しかしなぜだろう。言葉は行き交っているのに、どの言葉もわからない。
かろうじて英語が少しだけ聞き取れた。
とりあえず、みんなこの状況に少なからず困惑しているみたいだった。
するとまた、天の声的なものが聞こえ始めた。
「チュートリアルを開始いたします。チュートリアルを開始いたします。」
(さっきと同じだな。早くどういうことか説明してほしいな。)
はやる心を押さえ込んで、洋輔は静かに説明を待った。
すると突如、大広場の中央にある壇上の上に一人の男が現れた。
その男は正装で顔がわからないように仮面をつけている。
「みなさん、初めまして。私はこのゲームのゲームマスターです。
今、あなた達はこの状況に対して、少なからず動揺していることでしょう。
ですがこれは、あなた達にとってチャンスなのです。あなた達はそのチャンスを得たのです。
私は、あなた方が現実世界で今どのような状態に置かれているかをきちんと理解しています。
今あなた方は現実世界で俗にいう植物状態に置かれ、生きる屍と化しています。
不慮の事故が原因であったり、また何らかの事情によりそうなってしまったのでしょう。
そんな不幸なあなた方を私達の手でお救いいたしましょう。
簡単です。
今から言う私の言葉に従い、このゲームをクリアしてもらえれば良いのです。
このゲームをクリアした暁にはあなた方は現実世界で目を覚まし、体も自由に動かせるようになっていることでしょう。」
どういうことだ?
俺はこの事態を飲み込むことができなかった。
ゲームマスターが言っていることが本当であるならば、俺はあのスノボーの事故で植物状態になってしまっているということである。
(確かにあの高さから落ちたらタダでは済まないよな、むしろ生きててラッキーと思うべきか。
あれ?、、、でも俺たしか一回目を覚ましたような気もするけど。。。)
そんなことを考えながら、周りを見渡すと、まだこの状況を理解できていない人たちがほとんどのようだ。
中には、ゲームマスターに向けて石を投げる男までいた。
当たり前である。そもそもこのゲームマスターなる人物は何を言っているのだろうか。
これは夢ではないだろうか、もしくは本当に死んでしまっていて、ここが天国なのかもしれない。
そんなことを考えながらも洋輔はゲームマスターの次の言葉を今か今かと待った。
そしてゲームマスターは話し出す。
「それでは、まずこのゲームのクリア条件について説明します。
このゲームのクリア条件。それは、今いるこの100人のプレイヤーの頂点に立つことです。
それすなわち、あなた方100人の中で、最後の一人となったプレイヤーだけがこのゲームの勝者となります。
簡単にいいますと、あなた方100人はこのゲームの中でプレイヤー同士の殺し合いをしていただき、勝利することがこのゲームのクリア条件になります。」
俺はこういう映画を知っていた。某大物有名人が教師役で出てたやつだ。高校生が同級生同士で殺しあう映画。
周りの反応を見てみると、思いの外皆冷静だった。もともと自分たちが植物状態だったというだけあって、暇つぶし程度の感覚で聞いているのだろう。
というより、きっとみんなこの男の言葉に半信半疑なのであろう。
何か悪い夢を見ている、きっとそんな感じなのだ。
その中で、洋輔だけは冷静を装っていた。
自分が植物状態に陥っているということも信じられないし、このゲームについても理解ができない。
なぜ自分がここにいるのか、そして何のためにこのゲームが行われているのか、全くわからなかった。
ついさっきまで楽しくスノボーをしていたはずなのに、訳がわからない。
洋輔はただただゲームマスターの話の続きを聞いていた。
「このゲームにおける死とは、HPが0になることを指します。
はじめにあなた方には自分自身のステータスとスキルについて確認していただけたかと思います。
あなた方にはそれぞれ唯一無二の特殊能力を1つずつ、スキルという形で与えています。
その特殊能力を存分に利用していただき、殺し合いに勝利していただきたいと考えています。」
冷静ではいられなくても、俺は耳に入る言葉をしっかりと整理していく、だんだんと冷静になってきた。
にしても説明が簡単すぎるな。必要最低限のことしか教えてくれないのか。
洋輔の思いとは裏腹にゲームマスターは淡々と話を続ける。
「それでは、今からあなた方が殺し合いをしていただくゲームの舞台について説明させていただきます。
ゲームの舞台は、中世ヨーロッパをイメージして作られた剣と魔法の世界です。
この世界には、大きく分けて5つの国が存在します。
人間の国、エルフの国、ドワーフの国、獣人族の国、魔族の国。
それぞれの種族間はお互い均整を保ちつつも、あわよくばお互いの領地を支配しようと考えています。
あなた方はこれから自分の種族と同じ種族の国のどこかにランダムで転送されます。
そして転送が終わり次第このゲームはスタートとなります。
この世界についてより詳しく知りたいのであれば、それぞれの国には多数のNPCが配置されておりますので、
彼らからお聞きください。さらにアドバイスさせていただきますと、
何もあなたの命を狙っているのは、ここにいるあなた方プレイヤーだけではありません。
この世界には魔物が生息しており、あなたを見つけ次第襲いかかってくることでしょう。
その点に関しても、皆さんくれぐれも注意してこのゲームをプレイしていただきたい。」
俺は正直驚いていた。普通この手のデスゲームは、今言ったような、ファンタジーな世界でやるようなイメージではない。
このゲームの目的がますますわからなくなる。どうせこのゲームマスターはそんな気の利いた説明なんてしてくれないだろうけど。
「最後に言い忘れていましたが、あなた方がこのゲーム内で死んでしまうとどうなるかを説明させていただきます。
あなた方がゲーム内で死んでしまった場合。このゲーム終了後、すなわち勝者が決まったあとに、
あなた方の脳を焼き切らせていただきます。つまり現実世界でも死ぬということです。
そうならないようにも、最後の一人になれるように最善を尽くして頑張ってください。
ちなみにあなた方のステータスウィンドウに、SURVIVORという欄があるかと思います。
これは、あなた方プレイヤーの生存者数を示します。今現在100/100と表示されていますが、
あなた方から一人死者が出ますと、99/100と表示されます。
さらにゲーム内にはそれぞれプレイヤーに関する情報が散らばっていますので注意してみてください。
質問に関しては一切受け付けません。必要な情報は全てゲーム内にあります。
それではこれよりゲームを開始します。皆さんご健闘を祈っております。」
信じられないような言葉を次々とまくし立てたあと、ゲームマスターは消え、ゲーム開始10秒前の合図が鳴った。
周りはもはや混沌としていた。
100人のうち1人が生き、99人が死ぬ。嘘か本当かもわからないまま1人、また1人と大広場から姿を消していく。
洋輔はさっきまでの自分が嘘のように冷静であった。なぜ自分がこんなにも冷静なのか、そんなことを考える余裕すらある。
転移される前に必要なことを頭の中で整理してみる。
まず自分はこれから人間の国に飛ばされることになる。そして単純計算で自分を含めた約20人のプレイヤーが人間の国にいることになる。
となると、まずはその20人の中の1人にならなくてはいけない。すなわち俺はこれから多くて19人の人間をこのゲームの中で殺すことになるだろう。
そしてそのプレイヤー達を殺すためにはそれぞれが持つ特殊能力を使うことが必須である。当然相手も自分とは異なる特殊能力を使って襲いかかってくるだろう。
そう考えたとき、ふと自分の特殊能力を思い出した。
(あれ、俺の特殊能力ってこのゲームじゃあんまり使えないんじゃね。)
そう思った瞬間、すぐに洋輔を大きな光が包み込んだ。