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木々は陽を浴びて  作者: 村上博厚
5/7

監禁

 Y市へ向かう列車の中、朋子は窓の外に拡がる、陽に照らされた白い海を見ていた。私は顔を戻した朋子に思い切って言ってみた。

 「今度の事が終われば、北海道で暮らそうと思うんだ。一緒に行ってくれないかな。占冠ってところで獣医やってる大学の先輩がいるんだ。牛も飼ってるし、奥さんはペンションもやってる。人手が足りなくて困ってるそうなんだ。二人が暮らせるだけの仕事はあると思うんだ。」

 その事はずっと考えていた。今の街で暮らせば、以前のバーのような嫌な目に何度も遭うだろう。それに私自身、新しい土地で人生をやり直したかった。長い冬が終わり春を待つ喜び、北国で暮らして初めて解るあの喜びを朋子と共に感じたかった。北へ帰れば若さが戻ってくるような気がする。

 気が付くと、朋子は私を見詰め泣いていた。

 「ありがとう。」

 私は朋子の手を取り、横に座らせ抱き寄せた。暖かく柔らかい朋子の体が私の手の中にあった。

 Y市に着くと、すぐ予約していた駅前のホテルに入った。部屋は広くて清潔だった。

 「しばらく来ないうちにすっかりこの街も変わってしまったわ。」

 朋子は窓から町並を見て呟いた。

 「約束の時間だから行ってくるよ。僕の外は誰も入れないように。監視されてるかもしれないから。いいね。」

 朋子は頷いた。

 ロビーには誰もいなかった。ソファーが窓際に二組置かれている。奥はコーヒーラウンジになっていた。青木の指定した十二時になって、男が一人入ってきた。そして私の前に座った。タバコを吸う指を見ると、爪が黒い。顔色も悪かった。ジーンズに白の綿シャツ。知的な顔立だけがアンバランスだった。

 「堀さんですね。」

 咄嗟に「いいえ。」と言葉が出てしまった。

男は立ち去りかけた。保証はないが、賭けるてみることにした。彼が連絡役かもしれない。

「タバコ忘れていますよ。」

 私はセロハンカバーの中に伝言を挾んだタバコを男に渡した。

 “三時に五0七号室で待っている。”

 男は去った。私もおもむろに立ち上がると、部屋に戻り、朋子と二人で街に出た。アーケードの商店街を歩いた。人通りはほとんど無い。腕を組んで歩いていると、皆が振り返るそんな街だった。食事を済ませ、書店に入り市内地図とこの地区の五万分の一の地図を買った。部屋に戻ると、二時だった。男が来るまであと一時間。少し用心しすぎたかなと思った。待つ時間は長い。この間にも青木の身に危険が迫っているかもしれないと思うと、気が気ではなかった。早く状況を掴みたかった。

 二時半、ドアにノックがあった。早すぎる。身構えた。

 「誰だ。」

 「私、陽子よ。」

 私はドアを開けると、陽子の手を掴み素早く部屋に引き入れた。

 「こういうことだったの。私が来ちゃいけない理由は。」

 陽子は朋子から視線を私に移し、そう言った。

 「ごめんなさい。ちょっと妬けちゃったの。さっきロビーで二人の幸せそうな顔みて。私、立候補するの遅すぎたみたい。冗談よ不器男さん。そんな困った顔しないで。彼女のこと紹介して。」

 「こちら、藤澤朋子さん。そして、僕の友人青木の妹さんで、陽子さん。」

 「藤澤朋子です。よろしく。陽子さん、私知らなかったの。あなたのような素敵な人がいるなんて。」

 『何を言い出すんだ朋子。』

 「陽子ちゃん。今からでも帰るんだ。あそびじゃないんだ。」

 「いいえ、私残るわ。隣に部屋取ってるの。兄さんを連れて帰るまでは私ここに残るわ。そうでしょ。家で待ってろて言うの。そんなのやはり私できない。」

 気まずい沈黙。私はソファーに座った。朋子と陽子は二つのベットに分かれて座った。 三時きっかりにノックがあった。ドアを開けると、先程の男が立っていた。

 「さっきはどうも。佐竹といいます。青木さんに頼まれて来ました。」

 「どうぞ入って下さい。私は青木の友人で堀です。こちらが青木の妹さんの陽子さん。そして彼女は藤澤朋子さん。よろしく。で、青木は今どうしてるんですか。」

 「それが、今監禁されています。」

 「どこに。」

 「原発、御存知ですか。その敷地内にある労務小屋に監禁されています。私も青木さんも原発で働いているんです。働いているといっても青木さんは二ケ月前に起こった事故の事を調べるために来てたんだと思います。でも箝口令が厳しくて、青木さん苦労してました。M市でのジャーナリストの交通事故死の事みんなよく知ってて、自分たちもうかうか喋ると殺されるんじゃないかとビクビクしてましたから。あの死んだ記者は、やはりここで働いていたんですよ。」

 「その事故はどんなものだったのですか。」

 「私にもよく分からないんですが、残業中に起こった事故のようでした。いくら秘密にしたってどこからか情報は洩れてくるものです。残業してた三人が残業があった翌日から見えなくなり、労務小屋が一つ閉鎖されました。今青木さんが監禁されている小屋なんですが…。噂では、大きな事故が起きて手がつけられなくて、あの小屋に三人とも入れられたんだという事でした。」

 「青木は何をして捕まったのですか。」

 「青木さん、電力の事務本館に忍び込んだんです。二日前の夜の事です。その前日、青木さんは私に計画を話してくれました。労務小屋から三人がいなくなった日の前後に作られた固体廃棄物を入れるドラム缶のナンバーを調べるんだと言ってました。そして自分が捕まったら、ここへ電話してくれと、電話番号と電文を教えられたんです。」

 「ところで、佐竹さんは青木とどういう…」

 「青木さんとは雇われていた会社が同じで、宿も一緒だったんで、話す機会がありました。私達の会社は菊池工業って言いますが、青木さん、社長の事をよく私に聞いていました。どこに住んでいるとか、どこに飲みに行くのかとか。青木さん夜はいつも外に出て、宿に帰るのはいつも夜中すぎでした。日に日に参ってきているのがよく分かりました。」

 そこまで聞いて私は青木のこの一ケ月の行動と彼の心情を想った。やはり来て良かった。彼をもう一刻も一人にしていてはいけない。

 「我々は、青木を助けるためにやって来たんです。佐竹さんも手伝ってくれませか。」 「勿論、手伝わせてもらいます。僕は一人でもやろうと思ってた程ですから。」

 「ありがとう。救出方法ですが、ちょっと地図を見てくれませんか。」

 私は地図を拡げた。地図を中心に四人は車座に座った。

 「無理な点があったら佐竹さん言って下さい。決行は明日の朝五時にします。私と佐竹さんは夜明け前ビジターセンターのある付近から迂回して山を降り、原発近くの海岸で決行の時を待ちます。海の方からだったら原発に入れると思うけど、佐竹さんどうですか。」

 「入れると思います。一応海岸の方にもフェンスを張ってますが、大きなレンチがあれば簡単に切れると思います。警備も手薄ですし、青木さんが監禁されている労務小屋は海岸のすぐそばですから好都合です。」

 「それは良い。佐竹さん、あとで原発の見取り図書いてくれませんか。朋子、原発の近くの港で、君が動かせる小さな漁船借りれないかな。」

 「原発のすぐ西隣りにK漁港ってところがあるの。そこで借れると思うわ。」

 「話が終わったらさっそく行ってみよう。朋子と陽子ちゃんは、夜中車で僕達をビジターセンターまで送ったあと、K漁港まで行き、朋子は五時二十分に船で海岸まで我々を迎えに来て欲しい。それまでに青木を助けて浜に出てるから。陽子ちゃんは、そのままK漁港で我々の帰りを待つこと。車はすぐ出せるようにしておくこと。朋子も最高待つ時間は十分とし、それまでに我々が来なかったらすぐ港まで引き返し、警察に連絡するように。無茶な行動は絶対しないこと。いいね。」

 「分かったわ。」と朋子と陽子は頷いた。

 「乱暴だけど、どうだろうこの作戦は。」

 「シンプルで良いと思います。」

 そう言うと、佐竹は腰を浮かした。

 「船を見に行きませんか。私も同行させてください。ついでに身辺整理をしますら。」

 私達は陽子が乗って来たランクルに乗った。市街地から二十分程走ると、もう原発のある地区だった。

 「この山の向こうが原発です。さきに見てみますか。」

 「いや、まず船を見に行こう。」

 しばらく海岸沿いに車を走らせた。診療所や公民館が新築され、民家も新しい。海は深緑に染まり穏やかだった。遠くに島が見えた。

 「そこの道右折して。」朋子が言った。

 山道にかかった。車が一台やっと通れる程の道だ。夏草が生い茂り道にはみ出しているので走りづらい。ギヤを四駆に変える。すぐ尾根にさしかかった。尾根から見晴らすと、我々が立っている場所が内海と外海を区切るように突き出している半島の上だというのがよく分かる。登り詰めた先に見えるのが内海であるはずなのに印象は逆だ。茫洋と海が拡がっているだけで島影ひとつ見えない。しかし圧倒される程の美しさだ。朋子が話していた故郷とはこのような所だったのか。眼下に小さな港が見えた。

 「あそこよ。」

 港と言っても入江に小さな防波堤があるだけで、護岸に数艘漁船が繋がれているのが見えた。屋根の低い十数軒の家が猫の額ほどの平地にへばりついていた。人気がない。すっかりさびれてしまったという印象だ。

 「ちょっと行ってくるわ。」と言い残すと、朋子は集落の中に姿を消した。しばらくして帰って来た。

 「オーケーよ。明日朝四時からお昼まで借りてきたわ。」

 帰途、原発のビジターセンターに寄った。周辺は整備されて公園になっていた。入口で原発のPR用のパンフレットを渡され、中へ入ると広いホールがあり、その奥は一流ホテル並みのロビーになっていた。

 「上へ行ってみますか。」

 佐竹の声に促され、エレベーターに乗った。展望台になっていた。眼下に原発が見えた。異様な風景だった。山の緑と海の青さの中に不釣合に灰色のコンクリートの固まりが横たわっていた。

 「海岸に面した左隅を見て下さい。掘っ立て小屋がいくつか見えるでしょう。一番奥の小屋に青木さんが監禁されています。」

 私は佐竹が指さした小屋を見詰めた。あそこに青木がいると思うと、気持が一気に高まってきた。

 「ゲートを見て下さい。ワゴン車が出てくるでしょう。菊池工業の車です。」

 「菊池工業って会社、どういう会社なんですか。」

 「原発の下請けをやってますが、実体は、人夫出しと言ったほうが良いでしょう。でも馬鹿にしちゃいけません。社長の収入はこの辺りで一番じゃないですか。ひと桁違います。私達日雇の日当が八千円程です。ところが電力から支払われる日当単価は一万八千円です。差し引き一人につき一日一万円の儲けです。」

 「そりゃひどい。不満は出ないんですか。」

 「菊池って男、もとはヤクザなんです。労務管理やっている社員はその筋の者ばかりです。金の事ばかりじゃありません。あそこで働いている者は使い捨ても同然の扱いです。」

 「どんな仕事やらされているんですか。」

 「大きく分けると、管理区域外と管理区域内の仕事になりますが、管理区域外では被ばくすることはまずありません。よくネッコーという作業をやらされました。高圧給水加熱器内でピンホールの検査やるんですが、入口が五十センチくらいで、直径一.五メートルくらいの半球の中で上下に分かれて二人で作業をします。中は狭くて当然無理な恰好になります。そして中はすごい金属片の粉塵です。五分も我慢できません。そこから出ると、口に巻いていたタオルは真っ黒、顔も墨で塗ったように真っ黒になります。そんなのを交替で一日中、くる日もくる日もやらされるんです。労働の喜びなんてありません。するたびに腹がたちます。設計者は機械の効率の事ばかり考えて、定検作業をする者への配慮なんて全然持ってないんです。」

 そこで、佐竹は自嘲するかのように笑った。その意味を私はその時理解できなかった。

 「管理区域内での仕事は放射線による被ばくの恐怖にいつもさらされています。放射線を浴びることを前提としたものですが、一応放射線管理教育というものがあります。でもなおざりです。僕など内部被ばく防御のマスクの着用方法すら教えて貰えず自己流で着用してました。でもマスクを着けると、息苦しく、熱くて長時間着用できる代物ではないんです。しぜんとマスクを外すようになります。 一度完全装備で、タービン建屋の中でバルブのパッキンの取替えをやっていた時ですが、分解中のバルブから汚染された水が噴き出たことがありました。防護服が濡れ、パンツまでびしょ濡れになりました。完全装備といってもそんなものです。そして、その噴き出た水で汚染された床をタオルで拭き取るのが“除染”作業といった具合です。

 もう一つ我々を馬鹿にした話があります。原発から出る固体廃棄物は一括してドラム缶に詰めてたんですが、最近燃えるものと燃えないものに分けて処理するようになったんです。可燃物は焼却したあとドラム缶に詰めるようになったんです。電力側にとっては、増える一方のドラム缶の減少になって好都合なんでしょうが、分別は我々の手作業です。馬鹿にした話だとは思いませんか。」

 私は聞いていて呆れていた。私達が先程貰ったパンフレットには、コンピューターとか最新の機器の並んだエアコンの効いた中央制御室が写っていた。しかしその裏では、非科学的とも言える手作業が原発を支えている。

 「あそこ見て下さい。大きな送電用の鉄柱が立ってるでしょう。あれが数百キロにわたって延々大阪方面までのびてるそうです。無駄な事だと思いませんか。鉄柱立てるコストだけでも。それに送電ロスもあるでしょう。都会で電気が要るのなら、大阪沖の埋め立て地にでも原発造れば良いんじゃないかと思うんです。送電ロスもないし、自然破壊もないし、温排水だって冷暖房に利用できますしね。風景としてもここにはマッチしないでしょう。あんなコンクリートの固まりは。」

 気が付くと、朋子は外をじっと見ていた。ここで朋子は暮らしていたのだ。朋子の言葉を思い出していた。楽しいそして悲しい思い出もあったろう、そんな様々な思い出の残っている景色を丸ごとコンクリートで塗り固めてしまうような仕打ち。そんなものが人に幸せをもたらすはずがない…。私も同感だった。

 「朋子、帰ろうか。」

 「うん。」

 たぶん、この峠で朋子と朋子の兄は故郷に別れを告げたのだ。

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