前世で悲惨な運命を辿って死んだ真面目な男が転生時に望んだものは、俺TUEEEでもハーレムでもなく『不死身』というチートだった(三十と一夜の短篇第33回)
ひとりの男がいた。
真面目で努力家だが、ことごとく裏目が出る人生を送っていた。それは幼少時から始まり、勉学、恋愛、その他においていつも貧乏くじを引いた。
だがそんな男にも、親友と呼べる相手がいた。
男は親友と小さな会社を建てた。二人で方々を回り頭を下げて資金を集め、寝る間も惜しんで仕事をした。
仕事が軌道に乗り始めたのは三年後のこと。
ようやく今までの努力が報われる。引き続き力を合わせて行こう――そう思った矢先に突然、共同経営者である親友が行方不明になった。
経理の女子社員とデキていたらしいと気付いたのは、親友が行方不明になった翌日。売り上げをすべて持って行ったのだ。
それからは今までにないほどの悲惨が男を待ち受けていた。
数年後、己の運命に疲れ果てた男は電車に飛び込んだ。
* * *
「あなたはこれから転生します」
男のものとも女のものともつかない声が、どこからか聞こえた。男は真っ暗な中で身を起こす。
「なんだって?」
「あなたはこれから転生します。今までと違う世界で新しい人生を歩むのです」
「新しい人生?」
男の記憶は、電車に飛び込んだ瞬間で途切れていた。
噂では聞いていたが、これが『異世界転生』というものか、と頭の隅で考えた。
「やった……いや、でもひょっとしたら、死ぬ間際の幻想かも知れない」
一瞬気分が高揚したが、すぐにまたしぼむ。男の人生では、都合のいいことなどほんの少しでさえ起こらなかったのだ。
「心配しなくても既に死んでますよ? 信じられないのなら、その瞬間を見せましょうか」
暗闇にぼうっとゆらめく光の玉が現れた。その中にちろちろ揺れて、灰色の建造物が見え隠れする――男が通勤に利用していた、そして人生の最後を決断した駅のホームだ。
「いや、いい。わかった、信じる」
男が慌てて首を振ると光の玉はふうっと消え、周囲がまた暗闇に戻った。
「そうですか――さて、転生する世界ですが、いわゆる剣と魔法の世界です。わたしはその世界をつかさどる神のひとり。新しい命への祝福として、ひとつだけ望みを叶えましょう」
チートとかいうものだ、という程度の知識は男にもあった。
だが仕事一筋に生きて娯楽のひとつも持たなかった彼には、物語のお約束がどんなものかまではわからない。
「望みを叶えるって言われても……何を望んだらいいか」
「あなたが――もちろん誰もがですが、その世界に果たす役割があります。それに見合ったものを望むのがよいでしょう」
「ほう……で、俺はどのような役割があるんだろう? せいぜい村人Aかな……はは」
自嘲する男に、声は優しく語り掛ける。
「いえ、あなたは世界を変える運命の下に生まれるでしょう。ただし勇者と魔王、どちらになるのか、今はまだわかりません」
「へえ……え? なんだって?」
「そしてあなたは生を受けてから丸十六年、つまり十七歳になった瞬間に今までの記憶を取り戻すでしょう。その時に自分の運命を知るのです」
「なんで今わからないんだよ」
男は思わず立ち上がる。足元の感触は頼りなかった。
「普通の人間は自分の運命などわからないでしょう? 今までのあなたのように」
「まぁそうだけど」
「あなたは目覚める直前まで、その世界のものとして生きています。ですから記憶が戻った時にも言葉の壁に阻まれることはありません。ただ少しの間、記憶の混乱があるかも知れません」
「そうか。でも言葉が理解できるってのは大きいな……あと、望みを叶えるって話だけど」
「はい、どのような希望をお持ちでしょう。無限のマナ、聡明な頭脳……あるいは強靭な肉体。勇者であれば必ずや魔王を倒すでしょう。また魔王となる運命ならば、その世界を支配することも可能でしょう」
声は嬉しそうに弾んでいる。
だが男は暗闇で首を横に振った。
「いや、それよりも俺を不死身にしてくれ」
「不死身? 不死ということですね」
「そう。不死身なら強靭な肉体じゃなくても死ぬことはない。いくら鍛えていても、毒や罠で命を落とす危険はある。勇者になっても、モンスターに咬み付かれるかも知れない。そうなればどのみちダメージは受けるんだ」
ふぅむ……と声は小さく唸った。
「ですが、聡明な頭脳があれば罠や危険を回避できるのでは?」
「でも完璧じゃない。コンピュータでさえミスをする。人間ならもっとたくさん見当違いをするだろう。俺は今まで真面目に努力を続けて来た。間違ってると思っていなかったが、何故かあらゆることが裏目に出る人生だった。その結果、電車に飛び込む羽目に陥った――俺はあの時一週間以上、まともに飲み食いしてなかったし寝られなかったんだ。あのままではいずれ放っておいても死んだだろう。でもただ野垂れ死ぬのを待つよりも、自分でケリをつけた方がましだと思ったんだ」
「無限のマナがあれば、体力の回復にも使えますが……」
「確かにな。頭のよくなる魔法や身体強化の魔法もあるだろう。それから攻撃魔法も。そのくらいの予想は俺でもできる。でも俺は魔法使いではなく、勇者か魔王になるんだろう? 俺が勇者だったら、魔法は魔法使いに任せて俺は勇者しかできないようなことをやりたい。もしも魔王だったら――」
男の言葉を、声が遮った。
「ふむ……わかりました。では不死の身を授けましょう」
その声が響くと同時に、男がいた暗闇の空間が崩壊して行く。
音も衝撃もなかったが、それはまぎれもなく『崩壊』だと男は感じた。ここにいられる時間はごくわずかだったことをようやく知る。
「おい、まだ話は終わってな――」
その叫び声も、崩壊に巻き込まれて行く。
やがて、男の意識も砂時計の砂が落ちるように消えて行った。
* * *
次に『男』が目を覚ました時、男は左手で誰かの襟首を掴み、今まさに殴ろうと右手を振り上げたところだった。
新たな人生が始まってからきっかり十七年目の瞬間に、記憶が甦ったのだ。
「うわ、わわわわ!」
男は目の前の状況に驚き、そう叫んだつもりだった。だが自分で思った以上に男の声は凶暴に響く。雄叫びといった方が正しい。
この世界での男の名はフォリオ。
街一番の鼻つまみ者である。その日もいつものように仲間たちとつるみ、他グループの若者とひと悶着起こしていた。
そして記憶が戻った瞬間は、フォリオが相手グループのボスの顔面に重いパンチをくれてやろうとした時であり、いつもの彼ならその一発でカタがつくところであった。
相手ボスのショーンはその叫び声に慄いたが、ほんの少しだけ早く正気に返り、慌てて彼の手から逃げ出した。
男――フォリオの仲間はいつもと違う様子を見て訝しげな表情になったが、彼だけが気付く何かがあったのだろうとそれぞれ勝手に納得した。
フォリオは幼少期から粗野で無謀、前世の男とは正反対の性格だった。
遊びも喧嘩も自分の身を顧みない危うさがあり、何度も死にそうな目に遭っている。それにも関わらず、たいした怪我もしない。
いつしか仲間内では『不死身のフォリオ』と呼ばれていた。
記憶が戻った男はその二つ名が伊達ではないことを知っていたが、フォリオ自身も無意識に理解していたのかも知れない。
やがてフォリオはボルクファミリアというマフィアに関わるようになる。
昔の仲間たちは、ある者は『冒険者』と呼ばれる魔物などを退治する職業に就き、ある者はチンピラのまま野垂れ死んで行った。
王の近衛部隊が『勇者』の称号を賭けた魔族討伐隊募集の触れを出しても、フォリオは見向きもせず、ますます悪事に手を染めて行く。
ある時、彼はひとりごちた。
「この生い立ちを考えたら、俺は魔王になる運命だったことが嫌でもわかる」
だが彼はこの人生を嫌ってはいなかった。
前世では真面目で努力家、道徳的であったがために、少しの欲望も自分で『悪』と決めつけ、思い切ったことは何ひとつしなかったのだ。それが今では酒、金、女、暴力、裏切りなど、ありとあらゆる『欲望』に忠実に生きており、それに快感を見出している。
こんな俺が勇者であるわけがない。そう彼は考えた。
魔族討伐隊が旅立ってから五年後。フォリオは仲間の裏切りによって投獄された。だが彼は不敵に笑うだけで罪を認めない。
「どうせ俺は魔王になるんだ。きっとそのうち何かがあって……」
しかし彼は未だに、どうしたら魔王になれるのかわからなかった。『何か』が起こるのだろうと漠然と思っていたが、その『何か』すらまったく見当がつかない。
勇者は王が与える称号であり、多くの功績を上げた者だという基準がある。
しかし『魔王』とは……?
今まで起こした事件は殺人や強姦をはじめとする凶悪なものばかりだった。フォリオが罪を認めないまま、彼の刑は決定した。
同時期に投獄された凶悪な者たちは、斬首、火炙り、水責め、車裂きなどさまざまな刑罰を受けて死んで行った。
仲間が処刑されるたび、フォリオたちは刑場に引き出され間近で見せられる。それもまた罰のひとつであり、フォリオと同じように初めは罪を認めなくても、恐怖で罪を告白する者も出た。
「残ったのはお前ひとりだけだな」
ある日、衛兵のひとりが莫迦にしたような口振りでフォリオに声を掛けた。
「まったく悪魔のような男だよ……俺は早めに足を洗ってよかった」
フォリオがその言葉に顔を上げる。
その衛兵は、かつて彼がいたグループと諍いを起こしていた他グループのボス、ショーンだった。
「お前か……」
面白くもなんともない、という表情のままフォリオは吐き捨てる。
「フォリオ。お前は何故魔族討伐隊に志願しなかったんだ。お前ほどの力があれば、きっと選ばれただろうに」
多少同情的な口振りで、ショーンは呟く。
かつてのフォリオは確かに粗野で嫌われ者だったが、その半面、仲間内での信用は篤く仲間を大切に扱うという評判だったのだ。
「そんなことは決まっている。俺が魔王だからだ」
「……莫迦なことを。あなたは勇者になるべきだったのに」
いつの間にか、その声はショーンのものではなくなっていた。
思わずまた顔を上げると、見たこともない人物が牢獄の前に佇んでいる。
「あなたは勇者になる星の下に生まれていたのに、何故こんなとこにいるのですか」
その声は悲しみを含んでいた。かつて転生直前の暗闇で聞いた声だ。
「今度こそ、努力が報われる人生になっていたでしょうに」
「そんな莫迦な! では何故、俺が目覚めた時にマフィアまがいのグループにいたんだ?」
「この平和な街で、誰にも負けない強さと俊敏さ、そして戦闘の効率を身に着けるためには多少道を外れる必要もあったのです――現にこのショーンという男は、あの後更生してこのような職に就いているではないですか」
見知らぬ人物の姿は時々ぶれ、ショーンの姿が重なって見える。
「そいつの人生など俺には関係ない」
「本来ならば、あなたが討伐隊のリーダーとして魔王を倒したでしょう。あなたがいない討伐隊は、魔王と戦う時に甚大な被害を受けることになります――近い未来のできごとです」
そう言いながら片手でふわりと円を描くと、ぼうっと光る玉が浮かび上がった。
その中に見えるのは、どこかの洞窟で必死に戦っている大勢の人間――彼らが討伐隊だろう。
彼らの悲痛な叫び声や、なす術もなく魔物に倒されて行く様子を見せつけられ、フォリオは愕然とする。
「そんな……俺は……」
「もしも魔王になる運命ならば、目覚めた時街にいるはずがないでしょう。魔王とは異形の命、魔物たちの王。人ならざる姿をしていたでしょう。また、もしも人の姿をしていたとしても、その性質ゆえ、人の中には住めぬ運命であったでしょう」
「そんなこと聞いてないぞ!」
「あなたが訊かなかったからです――そろそろこのショーンなる男の意識が戻りそうです。最後にいいことを教えてあげましょう」
ショーンではない何者かは、にやあっと笑う。
「この状況で何がいいことだ」
フォリオは彼を睨み付け、吐き捨てる。
「それだけ元気があれば平気かも知れませんね――あなたの処刑は明日の昼に決まりました。火炙りだそうです。あなたのやったことは悪魔の所業ということだそうですよ」
「なん――」
彼は軽く手を挙げてフォリオの言葉を遮った。
「ですが火炙りではあなたを殺せません。身体が煤だらけになろうとも死にません。そして翌日、今度は水責めの刑を受けるのです」
「どういうことだ!」
「その後も、たとえどのようなことがあろうとも、あなたの『死』は回避されます。時には世の理を超えた『奇蹟』も起こるでしょう。だがそれはあなたが勇者であればこそ奇蹟と讃えられること。今のあなたではますます悪魔の所業とみなされるでしょうね。決まっていることはひとつ。あなたは死なないということだけ」
「しかし……」
「ありとあらゆる刑罰を行ったあとで、王らはあなたを殺すことを諦め、深い深い牢獄の奥へ繋ぐことに決めるでしょう。そしてそこであなたはただ老いて、朽ち果てて行く――たとえ骨のみになろうとも、あなたは死なないのだから」
「そんな莫迦な!」
フォリオは思わず叫んだ。だが彼は嘲るように嗤う。
「何が莫迦なものか。この運命はお前が選び取ったものだ」
いくつもの『声』が重なり、その言葉はフォリオの頭の中に響く。
フォリオは顔色を失くした。
「もちろん火炙りは熱く水責めは息苦しい。苦痛を取り除く願いは受けておりませんから――そして、当然ですがあなたは老いて行く。その先にあるのは朽ち果てる未来のみ」
そう言って、ショーンの姿を借りた何者かは愉快そうに笑いながら去った。
遠くで錠をおろす音が響く。フォリオは暗闇にひとり、取り残された。
* * *
それからまた長い年月が経った。
牢獄の最下層、黴臭い石牢の奥深くにフォリオは繋がれていた。
その身は焼けただれ、腐り落ち、骨が見えている部分もある。もう何年も水すら与えられていなかったが、骨と皮のみになってもまだ彼は生きていた。
「……俺は前世で真面目に生きていたにも関わらず、その努力が報われなかった。そして今度はこの仕打ちだ。何故神はこのような運命を俺に与えるのだ」
フォリオは呻く。
その声はやすりをこすり合わせたようにざりざりと耳障りだった。火で喉を傷めたのだ。
「お前の前世は罰だ」
どこからか声が響く。
フォリオは驚いた。自分以外の声を聞くのは久し振りだった。
この地下牢にはもう何年も人が降りて来ない――忘れ去られているのではないかと、彼自身は考えていた。
「なに……?」
引き攣れて回らない首を、身体ごと巡らせる。片目は潰れているため、ほとんど視力の残っていないもう片方の目を必死に見開く。
やがて牢獄の更に奥から、ぼうっと光るものが近付いて来た。
かろうじて人の形を模していたが、顔も手足の細部も、フォリオの衰えた視力では判別不能だった。
光はまた言葉を発する。
「お前の前世は罰だったのだ。更に前のお前は、ここと同じような世界の住人だった。勇者の仲間として魔物の討伐に向かったお前は密かに盗賊どもと通じ、奸計により勇者を屠った……勇者の名を騙り、その栄誉を自分のものとするために。そしてその世界は真の勇者亡き後、魔王に滅ぼされたのだ」
「………」
「その時のお前に課せられた罰は、お前に寝首を掻かれた勇者の呪いだ。彼は幼い頃から自分の世界を救うため幾度の困難を乗り越え、苦難に満ちた人生の中で一心に努力を続けていた。その努力がようやく報われる兆しが見え始めた頃、仲間に裏切られたのだ――どうだ、身に覚えがあるだろう」
フォリオは自分の前世を思う。
真面目で勤勉であると言われていた『日本人』の中でも、更に真面目な努力家という評価はあったものの、その努力が報われることは決してなかった人生。
「そして罰を受けたお前の生が終わる頃、神々は決めた。『もう一度この男に世界を救う機会を授けてやろう』と――それが今の人生だ」
フォリオは干からびきった喉に無理矢理唾を流し込む。
「そんな……でもあの時は、勇者と魔王、どちらの星の下に生まれるのかはわからないと言われたんだぞ?」
「もちろん、その時はまだ運命が確定していなかった。何故なら、前世代の勇者と魔王が相打ちとなり、両者とも存在していなかったのだから」
「世界を救うなら、勇者に決まってるだろう!」
「それは人間側の言い分だ。神々は人間にも魔物にも平等だ。何世代も前には魔王が世界を統べ、魔物たちが安寧の暮らしを手にしたこともある。当時の人間は世界の端々に少数で存在し、お互いに干渉していなかった」
それはフォリオが――男自身も、初めて聞く話だった。
「そんなこと有り得ない。だったら何故、今は魔物が忌み嫌われているんだ? あいつらが悪事を働くからだろう?」
「お前は何を言ってるのだ?」
光は少しずつフォリオに近付く。
「人間の方がよほど悪事を働く。お前自身が一番理解しているのではないか? 魔物とは異形、異能の者たちの総称でしかない。多種多様な生命を統べることができる魔王とて万能ではないが、彼らに対する理解と慈悲が深いからこそ、王となることができるのだ。もちろん人間に対しても同じだ。だからまだ少数の人間しか存在しなかった頃には、魔王が世界を統べる時代があったのだ」
「そんな話は嘘だ。魔王が正しいなんて話は聞いたことがない」
フォリオは痛む喉を軋ませて反論する。
だが光はわずかも動じる気配を見せない。
「数を増やした人間たちは、自分たちのための世界を作ろうと考えた。異能を持つ者の中で、役に立ちそうな者は勇者や魔法使いとしてもてはやし、都合の悪い者は悪魔や魔物として排斥する――突出した能力を持たぬ者が大多数であり、身体も弱い人間が知恵だけで作り上げた、人間にのみ都合のいいルールだ」
「そんな莫迦な」
「嘘も繰り返し唱えれば、いずれ真実として浸透する。人間は知恵だけはあったからな。そうして何世代も経て、今の世界のルールが確立した。それでも魔物や妖魔、そして魔王が存在し続けるのは何故だ?」
「それは……奴らが魔窟やダンジョンから湧いて出るから」
男はフォリオとして生きて行くうちに得た知識でこたえた。
「もし本当にそれが正しいなら、それらを壊せばもう現れないということではないか」
光はフォリオの言葉を聞いてゆらゆら揺れる。笑っているようだった。
「なのに人間たちはいつまでもダンジョンや魔窟を存在させておく。何故だ? もちろん魔物たちとて繁殖の形は異なれど、世界の理の中に存在するものだ。勝手に湧くというのは人間の妄想に過ぎぬ――そういえば、ここの王家も絶えて久しい。この地下牢も今では立派なダンジョンのひとつとして人間たちに知られている」
「なんだと?」
フォリオは思わず身を起こし、全身の痛みに呻く。ほとんどが朽ちていても、神経がまだ『生きて』いる部分は、傷付き、腐った身の苦痛を引きずっていた。
「いずれ勇者を目指す若者たちが、この最下層まで降りて来るかも知れぬな。その時彼らの目に、お前はどのように映るのだろうなあ……」
光はまたゆらゆらと揺れる。
「……神が何故、そんな残酷なことを喜ぶんだ」
「神? わたしがいつか神と名乗ったことがあったか?」
「なに……」
「ではそろそろわたしは去るとしよう――ああ、お前は確かに不死の身だが、この世界が崩壊する時には運命を共にする。よかったな。いずれまた違う世界で会うこともあるかも知れんぞ」
「それは一体いつのことなんだ?」
フォリオは声を絞り出すが、もう光はどこにも見えず、こたえる声もなかった。
やがて遥か上方から、かすかに足音が聞こえて来た。