理解
「罰ゲーム」は、これだけじゃなかった。
次の授業でも、そのまた次の授業でも、紙が回されて来たのだ。
『バカ』
『アホ』
『ブス』
『汚い』
『死ね』
しかも、一度に回される枚数はどんどん増えて行く。なんか、気味が悪い。しかも内容が内容だから、どんどん気持ちが萎えていく。嫌だなあ……。
ようやくお昼ご飯の時間になった。
授業中がずっとあれだったから、疲れちゃった……早く美味しいご飯食べたいな……。
4人班になる。斜め前にいるのはあの子。なぜかいつもより元気そうなのが気にくわない。
給食が配られる。今日はご飯にハンバーグ。サラダと味噌汁、そして牛乳。毎日牛乳が出るのがずっと謎だと思ってるけど仕方ない。ただ、牛乳パックを洗わなきゃいけないのが面倒なのだ。
いつも牛乳パックを洗うのは班ごとだ。水道が混んでしまうことを考えてのことだろう。他の班はだいたい日替わりか週替わりで洗う人を変えているけど、この班ではいつもあの子に押し付けてる。今日もあの子に押し付けとこーっと。
「……ね、ねえ。牛乳パック、今日は紗衣ちゃんに、頼んでもいい?」
——は? 何で?
「いつも、私ばかりだから……たまには、お願いしても、いい?」
——そう言ったのは、あの子だった。
「……そうだよね! 山本、たまにはいいんじゃない?」
「山本がやってくれるの? じゃ、頼むわ!」
他の子達もあの子の言葉に便乗して、うちの机に牛乳パックを置いていく。こうなったらもう仕方がない。でも……。
——何で。何でなの……!
蛇口をひねれば、ジャーっと音を立てて水が落ちてくる。冷たい。クラスのみんなの声が耳障りだった。
独特の臭さの牛乳パック。この臭いが嫌いだった。牛乳パックを洗い終えてからも、手に臭いが残っている気がして、石鹸で何度も何度も洗う。
もうこの空間が嫌だった。
取り敢えず教室から出よう……。
休み時間ももうすぐ終わるという時、トイレで用を済ませ、水を流してもう出ようとしていた時だった。
「ねえ、あの子って馬鹿じゃない?」
思わず、その手が止まる。
「そうだよねえ。ほんっとに何も考えてない」
「今日、牛乳パック洗わされてたし、いい気味ってかーんじ」
誰か、複数の声が響いていた。
——まさか、これって……。
「ほんっとに紗衣って馬鹿だよね!」
——私のことだ。
「もう、死ねばいいのに」
「——うるさいっ!」
扉をバンッ! と開けて、声の主を見ようとした。
だけど、そこには誰もいなかった。
隠れられる場所はないはずなのに。
水を流して、トイレの外に飛び出す。声の主を突き止めたくて。
その瞬間、体が浮いて、地面に打ち付けられた。
足を、引っ掛けられたのだ。
なのに、そこには誰もいない。
その場にいた人たちが、クスクス笑っている。
ここは、いつもの学校じゃない。
——もう、こんなの嫌だ。
「こういう思いを、成美ちゃんは毎日してるんだよ?」
「——ひより?」
突然現れて話し出したひよりは、いつもと何かが違う。
(——ひよりだって、あの子のことをいじってたよね? それに、何で突然、あの子を成美ちゃんなんて呼び出すわけ?)
「紗衣ちゃんは、毎日こういう思いをしたくないでしょ?」
(——な、なんで、うちのことまで、ちゃん付けし出すの……?)
「それとも……これから毎日、こういう思いを味わいたい?」
「嫌。こんな嫌な思い、二度としたくない」
反射的に、口から言葉が零れだす。
「なら、もう二度と、成美ちゃんにあんなことしないで」
がくがくとうなづいていた。頰が冷たかった。
「でも……ひよりだって、あの子のこと」
一緒にいじってたでしょ、と言おうとして顔を上げる。
冷たい目。冷淡な微笑。
思わず、震えた。
——気付いてしまった。
「——あなた、誰?」
目の前にいるのは、見知らぬ他人の女の子。
この学校のこのクラスに、ひよりなんて子はいない。うちらの友達に、ひよりなんて子はいない。この子を知っているわけがなかった。彼女について、うちはひよりという名前しか、知らない。その名前すらあっているのか、怪しい。
なのに、この子を知っていると思い込んでいた。友達だと思い込んでいた。
その子は首を傾げて笑う。
「私はひより。笹原ひより。昨日と今日は楽しかった。いじるということがこんなに楽しいことだとは知らなかった!」
しかし、彼女は不意に俯いた。
「でも、もう終わりよ。目的を果たした以上、私には戻るべき場所がある」
彼女はうちを、じっと見つめた。
「約束よ。もう二度と、行き過ぎたいじりは無しにしてね。それはいじりじゃない。それは最早、いじめよ」
うちはうなづく。
うちらが今まで成美ちゃんに何をしていたのかを知ったから。




