観察
私は、2-2に来た。
「はーい、静かに! 授業を始めます」
声は教室に響き渡り、ざわめきは波が引くように消えた。
「きりーつ」
号令係の間延びした声。
「きをつけーっ、れーい」
「お願いしまーす」
ガタガタと椅子を引く音。
(遠野成美ちゃんはどこかしら?)
座席表を見ると、窓際の一番後ろの席だった。
(……ああ、あの子ね)
ずっと俯いている、ここに入ってからずっと気になっていた子。彼女が遠野成美ちゃんらしい。
授業の間、私は彼女をそれとなく観察し続けた。
彼女の教科書が薄汚れていたことも。
彼女のノートに破れているところがあったのも。
彼女の筆箱が割れていて、その割れがセロハンテープで補修されていたのも。
彼女の筆箱の中身が空なのも。
彼女の席と隣の席との間隔が、他の机同士よりも開いていることも。
彼女の席に手紙が大量に回されていたことも。
その手紙の中身も。
『バカ』
『アホ』
『ブス』
『ドジ』
『汚い』
『死ね』
彼女はいじめられていることがバレないようにするためか、それを見ながら笑っていた。今にも壊れそうな、泣き出しそうな顔で。引きつり、張り詰めた表情で。
(この手紙には、いいことが書いてあったって思って。何も悪いことは書いてないから。嫌なことなんて、ないから……)
表情では必死にそう思わせようとしているのが、分かってしまう。
先生にバレたら親に言われる、だから先生にもバレてはいけない、と思っているのかもしれない。
でも、彼女の本音を私は知ってしまった。
(いや……助けて……もう、生きていたくない……死にたいよ……でも、死ねない……死にたい……!)
彼女の目は、その目から零れおちる涙は、そう言っていた。
その後、授業が終わってからも、休み時間も、彼女のことを気にしながら見ていた。
彼女にこんな苦しみを与えているのは、どうやらクラスのムードメーカー役の女子グループのようだ。クラスの子は彼女らに逆らえないから、それを止められないでいるか、加担している。彼女らは、泣きそうになる遠野成美ちゃんを見て、笑っている。もう、彼女らはそれに快感を覚えてしまっているようだった。
体操服を隠し、それを水浸しにしていたり。
机の中身を全てばらまいたり。
ノート一面に悪口を書き連ねたり。
彼女が歩いているところに足を出して転ばせたり。
陰で悪口を言って笑ったり。
「……」
私は胸が痛んだ。
そして、どうしても彼女を、遠野成美ちゃんを助けなければと強く思った。
「——という感じだったわ。あの手紙は本物よ」
私はホームルームの時に、2-1のみんなにそれを伝えた。
「——酷い!」
「遠野成美ちゃんのこと、助けたい!」
「俺も!」「私も!」
クラス中から、彼女を助けたいと声が上がった。
「——そうね。彼女を、助けてあげましょう」




