96.Interlude・5
ユタル神殿は廃墟と聞いていたけれど、そんなことはなくて、人がいないだけで清廉な空気が満ちています。人がいないから、布地の類はあまり綺麗ではないのでしょう。だから「廃墟」と言われているのかもしれません。単に古いだけではないかと、私は思うのですが。
私が小さい頃、この近くを通った時に回復魔術を使えるようになったと聞いていますが、近くって……どれくらい近くだったのでしょうか? でも、敷地内のような気がします。門を入った所、石造りの広場は、何となく見覚えがあるような?
ラルドと二人歩く後ろには、シヴァさんとシオンさんが続きます。その周囲に護衛が四人。私たちが到着する前に八人が来ていて、門の外には更に四人が待機してくれています。
ミワさんの言うお話……ゲームでは、私とラルドの他、ケイン君とロイさん、セリアさんで訪れたそうです。今は違うメンバーで来ているけれど、戦力は増しているといいます。出発前、「ここにいるのは中ボスレベルだから、これだけ手練れがいたら問題ない!」と、心強い言葉をもらえました。
実際、先に行っていた八人が、ここを根城にしていた大型モンスターを倒したという知らせが来ています。さすが、ロイさんが選んだ人たちです。いざとなれば私たちも戦うつもりでいたので、少し拍子抜けしたのは内緒。
神殿奥、祭壇を見つけて、私たちは歩みを止めました。ミワさんからは特に指示を受けておらず、ただ「ティアラを着けて膝立ちして、目を閉じてお祈りすればいい……はず」と聞いています。ゲームでは私が自発的にその行動を取ったそうです。確かに、ミワさんに何も聞いていなくても、そうしたくなる雰囲気です。
皆から一歩、二歩。少しずつ離れてから、祭壇の前に膝をつきます。シオンさんから渡されていたティアラを頭に乗せて、目を閉じて。
さて、どうしましょう。
ちょっとだけ悩んでから、私の好きにすることにしました。
(神よ)
心の中で呼びかけます。
(神よ。神様。私は、邪神を倒したい)
(ラルドとずっと一緒にいたいし、皆が幸せになれるといいと思ってる)
(私の力が必要とされるなら、私は頑張る。挫けそうになっても、きっとたくさんの人が支えてくれる)
(だから私も、たくさんの人を、支えたい)
(そのための力をください。ミワさんに言われたからじゃない。きっと、何も知らない私でも、そう思っていたはず)
思っていることを言葉にすると、そのほとんどが平凡な言葉となってすり抜けていきます。上手く言葉にできないのは、私の語彙が足らないからなのか、言葉にならない気持ちが溢れているからなのか、分かりません。伝わってほしいけれど、どうでしょうか。届いているのでしょうか。
だから私は、ひたすら祈ります。言葉にできない分も届くように。
ふっ、と、私の周りの空気が軽くなりました。目を開くと、世界がキラキラしています。それが、世界なのではなく、私の周りの空気なのだと、ラルドが教えてくれます。
水をすくい上げるように両手を開くと、ぼんやりとした光が収束していきました。身体を何かが巡ります。
「エマちゃん、先に来ていた兵士さんに、魔術かけてみたら?」
シオンさんがアドバイスをくれました。そうでした、ゲームでは敵と戦って怪我をした皆を、私が癒すと言っていましたね。
兵士さんに回復魔術をかけると、今まで以上の効果が出ました。
祈りは成功したようです。
******
次は、シオンさんの番です。ティアラを渡すと、慣れた様子で頭に乗せて、スタスタと私と場所を交代します。
同じように膝をついて、
「神様、あたしにも回復魔術くださいな」
と、茶目っ気を出して口に出した後、一転して真面目な顔になり、目を閉じて手を組み合わせます。
が、すぐに目を見開いて、周囲をキョロキョロと探し始めました。
……どうしたのでしょう?
再度目を閉じて、でもいくらも経たない内にまた目を開いて。
「は?」
シオンさんの声が響きます。
シヴァさんが心配そうな顔で、シオンさんの横へと進みました。シオンさんはというと、祭壇の上辺りに視線を固定して、眉を寄せています。
「何それどういうことよ」
シオンさんが私を見て、シヴァさんを仰いで、それからペタリと床に座り込んでしまいました。両手はお祈りの形から、腕組みへと変わっています。
私はラルドと顔を見合わせました。何が起きているのか、よく分かりません。
「はあぁ!?」
更に大きくなったシオンさんの声が響きます。反響した音が遠くから小さく聞こえてきました。
「ちょっと待ってよ、何それ! えー? えーと……シヴァ!」
「どうした」
「何か書くもの! 紙とペン!!」
もしかして、シオンさん、神と対話をしているのでしょうか? でも、私には何も聞こえませんでした。一体何が……?
状況が分からないなりに、皆が一斉に荷物を漁ります。ややあって兵士さんの一人が紙と鉛筆を手渡しました。
床に紙を広げたシオンさんは、屈み込んで勢いよく何かを書き出します。所々で手を止めて、宙を睨んだり、鉛筆をくるくる回したり。何やら忙しそうですが、私たちは足を縫い止められたように、その場から動けない雰囲気です。
横から覗き込んでいるシヴァさんも、首を捻ったり、眉を顰めて難しい顔をしたり。
どれくらい時間が経ったでしょう。
シオンさんが鉛筆を転がして、大きく息を吐き出しました。
「あーーーっ、腹立つ! この神様、役には立つけど、腹が立つ!
っていうか、ぶっちゃけ、前回の邪神関係者が一番悪いでしょコレ!!」
私たち全員の目が点になりました。




