82.デート
私は今、ベッドに洋服を広げて悩んでいる。唸りながら上下を組み合わせてみたり、色を考えたりしてみるけど、コレという決め手がない。何って、明日、城下町に着ていく服だよ! マークと一緒に出掛けるんだよ!
ここに来てからは実用性重視だったから、お洒落服の量が圧倒的に足らない。高価でなくても、せめてマークと並んで浮かないくらいの見かけにしたいんだけど。普段はそう見えないけど、あの人、一応貴族出身だし。かといって、ロイに買ってもらった服を着ていくのは、さすがにどうかと思う。割高なのを承知の上で城表の店を覗くか……でもまだ給料日前だし、次の給料ではアロマオイルを買うつもりだし、そもそも明日の分のお金も残しておかなきゃいけないし。
匙を投げた。紫音に付き合ってもらって、表のレディースショップに行こう。手持ちで考えるよりも、予算を決めて買い足す方がいい。
翌日、お昼過ぎ。
私は休日だったから、執務室へは顔を出さず、マークとは表の広場で待ち合わせ。徒歩用通用口前は、ちょっとした街の公園くらいの広さがある。噴水近くのベンチに座って、空を仰ぎ見る。
今日は残念ながら暗い曇り空。天気、保ってくれるかなぁ。降らないといいなぁ。
あー、今日の服、何か言われちゃうかな。普段から私服勤務だけど、多少は雰囲気変わってるよね。紫音がめっちゃ張り切ってコーディネートしてくれたけど。シンプルに、淡いイエローのスクエアネック、チャコールグレーのタイトスカート。スカートなんてこっち来てから初めてかも。どっちも新調したけど、予想していたより良心的なお値段だったのが救い。化粧品も買っていなかったから、紫音に借りて久しぶりにメイクした。浮いてないかな。
ああ、マークはどんな格好で来るのかな。いつも通りかな。いつも通りでも充分素敵だし。あ、そういえば町で少し仕事があるって言ってたな。じゃあいつも通りの方がいいのかな。
今になって思い返すと、ロイとの外出はデートじゃないと自重していたせいで、あまり気合い入ってなかったかも。心持ち一つでこんなに違うのか。めちゃくちゃソワソワしてしまう。
「ここに来てから一番挙動不審だな」
横から声をかけられて、飛び上がった。というか、勢いで立ち上がった。
普段よりもラフに着崩したマークがいる。いつもはピシッとジャケット姿なのが、ストライプ開襟シャツにざっくりしたチノパン。セミロングの髪も後ろで括っている。雰囲気違う! でもカッコイイ! 何だよ、何着ても似合うって反則でしょイケメンめ!
じっと見ていると、目を逸らした彼がモゴモゴと口を開く。
「……城下へ出るのにはこれくらいがいいだろう、とレオナルド様にアドバイスをもらってな」
ああ、お忍びマスターのレオナルド様に聞いたのか。
確かにこれなら溶け込むね。纏う雰囲気も柔らかいし、違和感ない。シヴァとハーミッドに見せてやりたいよ。
「君は、張り切ってくれたみたいだな」
さすがマーク、さっと視線を走らせただけで色々気付いてくれたみたい。それがかえって恥ずかしいけども。気合いの空回り……じゃないよね? うん、微笑んでくれてるから、きっと大丈夫。
行こうか、と促されて、二人揃って城の門をくぐった。
「先に俺の用事を済ませたいんだが」
「うん、もちろん」
「さほど時間はかからないが、何箇所か回りたい」
見覚えのあるマップ――じゃなかった、城下町の景色の中。入ったことのあるお店から、入れなかったお店まで、あっち行きこっち行きとウロウロ。いくつかはその場で会話を交わしてから何やら書き付け、いくつかはあらかじめ用意してあったメモを渡し、と、確かに時間のかからない簡単な仕事だったみたい。
私は軍師補佐官という役職とはいえ、軍師の仕事とは全く別の作業をしているから、何をしているのかよく分からない。弁明させてもらうと、同じ職のケインだって、マークの仕事の手伝いではないよ。どちらかというと秘書さんの方がマークの仕事を知っていると思う。
一歩引いて何とはなしに眺めていたけれど、ちょっと退屈だよね。退屈凌ぎに隣の店を覗いてみると……おお、ここはゲームでもお世話になったアクセサリーショップじゃないですか。
実際に目にすると、素早さアップとか防御アップとか、どれがどんな効果があるのか、ぶっちゃけよく分からない。一般の人も出入りしているみたいだから、効果付のものはレジ前のショーケース内だけなのかも。手前側に並んでいるアクセサリーは、料金もさほど高くない。
これなら私でも手が出そうだなー、と色々眺めていたら、いつの間にか用事を済ませたらしいマークが、
「気に入ったものがあったのか?」
と横から覗き込んできた。
ふむ。
一通り見て回った店内を再度くるりと見渡して、ある一角へ進む。革とシルバー、小さな石を組み合わせたアクセサリーが置いてあるコーナー。
青と黒の飾り玉が編み込まれた、長めの革紐ブレスレット。マークの左手を取って、手首に巻き付けてみる。
「書類書くのに邪魔?」
「そうだな……ああ、いや、大丈夫だ。大丈夫。慣れる」
私の意図が分かったんだろう、驚いた顔で慌てて否定してから、手首から外している。
その間に同じものをもう一本取り上げて、レジへ進んだ。
「待て、俺が払う」
「ダメ、これは私が払うの。マークにプレゼント」
安いよ、これ。むしろマークには安っぽすぎるかもしれない。でも、このくらいの意匠なら、ジャケットを着ても浮かないはず。
買ったその場で値札を切り、マークと自分にそれぞれ着ける。
私の満足した顔を見て、諦めてくれたようだ。
お揃いだよ、お揃い。自分でやったことだけど、恥ずかしい。でもやっぱり嬉しい。ふふふ。
全ての用事が終わったというマークと、町を歩く。
歩きながら、私の話をする。私がしていた仕事、趣味のイラスト描きについて、学生時代に学んでいた分野。あえて、ゲームの話題を避けて。
私は普通に知り合うよりもたくさんの情報をあらかじめ知っていたけれど、マークの方は違う。今までゆっくり語り合うことができなかった分、私のことを少しでも知ってもらいたい。じゃないと、不公平な気がして。
「ああ、あと。就職して、しばらくしてからね。両親が亡くなったの」
思ったよりもすんなり、打ち明けていた。
一瞬、マークの歩みが止まる。
「戦争、見て見ぬ振りをしていた私が言うのもなんだけど。今はもう違うから。なるべく、死ぬ人が少ないといいな、って思う」
「俺は昔、小さかった頃に」
唐突なマークの声に、右隣を見上げる。
「ロイと約束した。いつか一緒に戦おう。そしてロイを死なせないよう指揮官になるため、勉学に励もう、と」
私の知らなかった過去。幼馴染みだった、マークとロイ。
「当時は仲の良いロイや自分の目に入る人のことしか想像できていなかったが、今は、できる限り多くの人を死なせない方策を常に考えている」
勝つだけじゃない。
前を向いていたマークが、目元を緩めて私を見る。
「ああ、そういえば。ロイとの戦いは、俺の勝ちだったな。
この勢いで、この世界の未来も、俺が勝とう」
「……戦い?」
「戦に喩えたのは俺だったが。今思えば、勝敗なんてものに落とし込むのは悪趣味だったな。戦利品は極上だが、人は物ではない」
うん?
よく分からない結論に一人頷いているマーク。
突っ込んで質問しようとした、その時。
鼻の頭に、ポツリと雨粒が落ちてきた。




